第16話 シャーロットの推理

 今日も馬車で屋敷を飛び出す私たち。

 せっかくアカデミーが休みだというのに、ゆっくりする暇もない。


 まあこんなこと、辺境では日常だったのだけれど。

 蛮族やモンスターの襲撃に、こちらの都合は通用しないもの。


 まずはホーリエル公爵のお屋敷を外から覗く。


「窓が修繕中になっていますわね。ご丁寧に、鎧戸を破ってドッペルゲンだったものが屋敷を脱出したようですわ。ご覧あそばせ。塀の上が凹んでいますでしょう? あそこに着地し、飛び出していったのでしょうね」


「シャーロット、よく見つけるわねえ……」


「推理をしていくには、観察力が大事ですもの」


「ほんと、なんでシャーロット嬢は侯爵家なんかに生まれたのやら。憲兵隊にいれば……」


「デストレード、わたくし、規律に縛られるの嫌いですの」


 とにかく、ここでドッペルゲンが脱出し、昨夜の犯行に及んだということは間違ないだろう。

 続いて向かうのは、王立アカデミー。

 併設されている賢者の館で事件が起こっている。


「一応、憲兵隊も出てはいるんですがね。何分、あそこは王宮の管轄。詳しく調べる事が許されてないようで」


「どうしてデストレードはここにいるわけ?」


「捜査から外されたんですよ。公爵絡みの事件ってことで、上が怖がってしまっているって話したでしょう。私はそれでもやるべきだと主張したんですがね。そうしたらこの有様です」


 彼女は鼻息を荒くする。

 本当に正義の人なのだな。

 ちょっと見直した。


 アカデミー前まで馬車を乗り付けると、王宮の騎士たちが集まってきた。


「こらこら! ここは封鎖している!」


「何者だ! 立ち去れ!」


「おいちょっと待て、あの紋章……」


「アッ」


 扉を開けて私が降り立つと、騎士たちが静かになった。


「さすがですわね、ジャネット様」


「私は何もしてないんだけど。人の顔見てドン引きされるのはどうなの……?」


「いやはや、お顔が通行証になるってのは本当にありがたい……」


 ありがたくない。

 先日あった、エルフェンバインの醜聞事件で、私の顔は王宮勤めの騎士の隅々まで知れ渡ってしまったらしい。


 ワトサップ辺境伯の紋章と、私の特徴的な容姿、そして第一王子コイニキールを廃嫡させて辺境送りにした女傑……。

 ありがたくない噂が広まっているのではないか。


 ちなみに、第二王子はこれで自分が第一王位継承権を得たので、彼の派閥ともども私には大変好意的になっている。

 裏では、第二王子と私の結婚の話が進んでいたりしないだろうな?

 ありうる。


「ほらジャネット様! 怖い顔をなさっている暇はございませんわよ! 賢者の館へいざ、いざ!」


「うおー!?」


 シャーロットにすごい力で引っ張られていく私。

 謎の武術バリツを扱う彼女、身体能力もかなりのもののようだ。


 こうして、私たちは力づくで賢者の館に突入した。

 私が前面に立てられて進んでいくことになるが、この顔を見ると、誰もがハッとして道をあける。



「恐怖の象徴として私が知れ渡っていく」


「あら、そうでもございませんわよジャネット様。彼らの表情は畏敬ばかりではなく、美しく愛らしいものを愛でる色も混ざっておりましたわ。口角の緩みは、理性で制御しきれぬことの現れ」


「そんなところまでシャーロットはチェックしてるの……」


「そりゃあ、プラチナブロンドの髪に澄んだ青色の瞳の美姫ですからねえ。私もジャネット嬢のイメージは、外見通りの儚げなお人だと思ってましたが、まさかこんな女傑だとは」


 デストレードもうるさいぞ。


「モンスターを相手にすると容姿は関係ないので!!」


「至言ですわね」


「そりゃその通りで」


 一言で二人を納得させて、件の研究室へ。

 その場を調査していたらしい賢者たちが、振り返りざまに驚いて立ち上がった。


「ジャ……ジャネット様!!」


「どうしてここへ!? アカデミーは今日は休みのはず……」


「事情があって来たんです。皆さん、大人しくシャーロットに状況を教えてあげて」


 私の言葉を受けて、シャーロットが前に進み出た。

 そしてざっと室内を見回すと、ふむ、と頷く。


「ご説明は結構ですわ。大体のところは理解しました。かの賢者の死因は絞殺。つまり犯人は寸鉄を帯びていなかった。次に犯人の目的は武器の入手。脱出は窓から。時間は明け方。ここまで分かりましたわ」


「ど、どうしてそれが!?」


「まだ何も言っていないのに!」


 驚愕する賢者たち。

 私だって驚きだ。

 今の一瞬で、何も聞かされていないのにどうしてそれが分かるのか?


 そしてシャーロットの推測は、賢者たちの驚きから事実と符合するのだろうと察せられる。


「簡単な推理ですわよ、皆様。周囲には一切の血痕がございませんもの。そして床に擦れた布の繊維。もみ合いがありましたわね。死体が片付けられていても、痕跡でそこまではよく分かりますわ。刃を手にしているなら、かの賊は躊躇なくそれを振るうでしょう。その方が早く片付きますし、相手に暴れられる心配もありませんわ。だけれど、賊は死ぬまで相手を絞め続けた。そうする他に殺す方法が無かったのではなくて? それから」


 シャーロットが指差すのは、研究室傍らの、破壊されたガラスケース。

 高価なガラスを使ってまで、賢者は発掘品を並べて展示していたのだ。

 それらは乱れているが、ガラスケースの大きさに比して、発掘品の量が明らかに少ない。


「このケースは、大きなものを展示するために存在していたのでしょう。だからこそ、残ったものだけでは明らかにオーバーサイズになっていますわ。そして窓。これはすぐ分かりますわね。靴跡が付いていますわ。時間の推測については、テーブルの上に残った紅茶ですぐに。賢者の方はお砂糖とミルクを入れる派でしたのね。冷えた紅茶に、お砂糖とミルクが分離して浮いてきています。この状態を遡れば明け方ころに淹れられ、飲まれぬまま放置されたと知れますわね」


「相変わらず……すごいわね」


 私は感心と呆れ半々でため息を吐いた。


「それで、シャーロット。賊は武器を手にしたのでしょう? ならば、次に向かうところは明らかなのではないの?」


 私が問うと、彼女はうっすら微笑んで頷いた。


「いかにも。賊は昼間は動かないのか、または動けないのか。次なる夜までどこかに潜伏して次なる犠牲者の元へ向かうでしょうね。危ないのは……ホーリエル公爵ですわ!」



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