第15話 帰って来たのは何者なのか

 応接間から出たシャーロットが公爵家の様子がおかしいことを説明してくれる。


「ご覧なさいませ。わたくしたちに気付かれぬようにしているのかもしれませんが、殿方の使用人の数が多くなっていますわね。彼らの腰には剣が下がっていますでしょう? 屋内であんなものを用意する必要はありませんわ。そして彼らの身のこなし……ジャネット様ならおわかりでしょう?」


「戦う訓練を受けた人のそれね。なるほど、屋内も警戒態勢なんだ」


「そうなりますわね、そして、それとなく右後ろの通路をご覧なさいませ」


「……道を塞ぐみたいに立ってる」


「ええ。しかも、彼らの注意は通路の奥に向けられていますわ。そこは屋敷の奥まったところ。この大きなお屋敷の中で、恐らく中庭に面しているのでもなければ、窓も何もないところですわ。これ……幽閉みたいなものではありませんの? そして彼らはドッペルゲン様への護衛と言うよりは、公爵を守るための兵士」


「真っ黒……。なるほどねえ……」


 説明されると、公爵家を覆う違和感がよく理解できるようになる。

 いつの間にか後ろまでやって来たデストレードも、うんうんと頷いている。


「公爵家では、なかなか捜査はできんでしょうが……。クロと言う確たる証拠があれば踏み込める」


 権力に屈しない人だなあ、デストレード。

 公爵を前にしてもそう言えるのは、ちょっと敬意を感じる。


 ちなみにナイツは退屈そうで今にも寝るところだった。

 危ない危ない。


 彼の尻を叩いて御者台に押し込む。

 そして去る前に、公爵邸をざっと眺める。


「あれ? 鎧戸が取り付けられている窓とそうじゃない窓がある」


「ジャネット様、鋭いですわね! つまり、あれが閉じ込められている何者かが脱出するためのルート上にある窓というわけですわね。あるいは、既に一度脱出したのかも知れませんわ。二日連続で、賊による襲撃が起こったのですから。ですから、問題は謎解きではありません。だって、これだけ証拠が揃ってしまったら、あからさま過ぎて……」


「どうやって、この奥に閉じ込められているドッペルゲンにたどり着くかねえ」


「ええ。ドッペルゲン様に化けた何者か、ですわね」


 その発言を公爵家の周りでするのは危ない!

 私はシャーロットを馬車の中に押し込むと、ナイツに命じて馬車を走らせた。


 デストレードもちゃっかり乗り込んでおり、あろうことか憲兵所の前まで来たら、「ここで降りるので止めてくれますかね」などと言う。

 本当に度胸があるなあ。

 私と公爵のやり取りを見た後で、まだ平然とそういうことを言えるか。


 感心してしまう。


「こちらでも情報は集めてみますがね。お嬢様方はあまり勝手に動かないでくださいよ。こういうのは本来、憲兵の仕事なんですから」


「はいはい」


 言ってることはもっともだけど、その憲兵隊長が変装して公爵家に潜り込むみたいなことをしてるわけだ。

 説得力がない。


「それで、シャーロットはどう思う? いつまで公爵は彼を隠しておけるのかな。というか、私やグチエルを襲ったのはドッペルゲンに化けた何者かで確定?」


「ええ。状況証拠を積み重ねればそうなりますわね。あとは折られた剣の出どころ。これは今日にでもデストレードがつきとめるでしょう。日に何本も買われるものじゃありませんし、数打ちとは違って作りに鍛冶師の癖が出ていますもの。わたくしたちが今できることは何もありませんわ。でも、ジャネット様がたっぷりと種まきをしてくれましたから、すぐにあちらさんはぼろが出ますわよ」


「私は種まきしてたのか……!」


 今理解する驚愕の事実である。

 シャーロット、意外と手段を選ばないな?


 こうしてこの日は、他に何もなく終わった。

 もちろん、新たな犠牲者など出るはずもない。


 だが。

 犠牲者はその翌日に出たのだった。


「ジャネット嬢!!」


 咆哮にも似た叫びとともに、デストレード憲兵隊長現る。


「まだ午前中だと言うのに騒がしい」


 私は午前のお茶の最中だった。

 噂は私の耳に届いている。


 ここには各貴族の元に勤める兵士たちが集まっているのだ。

 人の口に戸は立てられない。


 そして、当たり前みたいな顔をしてシャーロットが、お茶とお菓子をパクパク食べている。


「シャーロット嬢までいる……」


「ええ。本日行う講義の予定が急遽キャンセルになりまして」


「私も。アカデミーが今日はなくなったのよね。だからここにいるわけ」


 賊が襲ったのは、アカデミーで教鞭をとる賢者の一人。

 遺跡探索を生業にする人物で、いわゆる冒険する賢者だった人だ。


「その人物についての情報は」


 デストレードの問いが示すものは分かる。


「その通りよ。ドッペルゲンの関係者。そもそも、ドッペルゲンは本来、彼が発掘してきた魔剣を使ってたんだから。なのに、襲撃したときに使ったのは普通の名剣だったんでしょう?」


「なるほど、なるほど……! ああ、こっちも裏は取れましたよ。これです」


 デストレードはずかずかと庭園に入ってくると、私とシャーロットに差し向かう形で腰掛ける。

 すると、うちのメイドがそそくさとやって来て、彼女のぶんのお茶も淹れた。


 いらないのに。


「ああ、こいつはどうも。……こりゃあ薄い紅茶ですねえ。香りばかり強い」


「辺境の紅茶はみんなそうよ」


「あ、そりゃあどうも」


 空気を読んだな、デストレード。


「しかしデストレード。仕事一筋のあなたがわたくしたちに憲兵の内部書類を見せるなんて珍しいですわねえ。ふむふむ、やはり、あの剣はホーリエル公爵家が買い求めていたのですわね」


「上がすっかりやる気をなくしているんですよ。公爵家絡みの案件なんざやりたくないってですね。お陰で、私は担当を外されました。これはあくまで私的な義憤に基づいての行動です。この書類、上には提出してませんからね」


 なるほど、デストレードがイライラしている様子なのはそういう理由か。

 どこをどう調べていっても、公爵家に突き当たる。

 この事件、あからさまなだけに手出しのしようがないというわけだ。


「ではお二方とも。問題は二つございますわ。一つ。ドッペルゲンの姿を借りた何者かは、一体何なのか? 二つ目。本人ではないならば、どうしてドッペルゲンに関係した人間ばかりを襲うのか? ですわね」


「二回目は関係者じゃなくない?」


 二回目というのは、私とカゲリナ、グチエルが襲われた件だ。


「最初の犠牲者は、ドッペルゲンの従者ですわ。そして、グチエル嬢はその従者と恋仲でしたの」


「はあ!?」


 初耳過ぎる!

 つまりあれは、グチエルを狙って賊がやって来たということなのか!


「最初の犠牲者は頭部を損傷していましたわね。ねえ、デストレード。もしかして件の賢者も、頭部を大きく損傷していたのではなくって?」


「その通りですけど……どうしてそれを?」


「人の脳を食らって記憶を奪う、鏡像の悪魔というモノがいるのですわ。もしも今回の事件が、その悪魔によるものならば……次の標的を絞ることができますわねえ」


 推理を口にするシャーロットの目が輝き出し、言葉を繰る口は止まらない。

 どうやら彼女には、事件の全体像が見えたようだった。

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