牙を研げ

桜木薫

牙を研げ

 教師が教室に入った。生徒たちは教師などいないかのように振る舞う。ある者は友人とゲームに興じ、ある者はグループ内の一人を生贄に表面上楽しい時間を過ごしながら戦々恐々と怯え、ある者はクラスのそんな様子を見ながら馬鹿にし、ある者は空気となってある者は亡霊となっている。

 教師はそんな日々に絶望している。生徒たち個人の未来は、これまでの人間と同様に成功や失敗を繰り返しこれまでの人間よりも苦しむ羽目になると教師は思っていた。そしてそんな彼らを見捨てるのも教師には荷が重すぎた。

 教師が手を挙げた。否、教師だったモノが手を挙げた。

 教師のいつもと違う様子に気がついていた一人の生徒は逃げ出したが遅かった。教室は底なし沼と化した。

 ある場所では、自分が助かろうと他人の足を引っ張り、他人の背を踏みつけて這いあがろうとする者がいた。だが、幾人もの重みがかかることにより、より一層沈んでいく。そうして一番上に残った者以外は皆死んでいく。一番上に残った人間も、いずれ沈む。幸運であれば、他の助かった者たちに助けてもらえるかもしれない。

 ある場所では、互いに声を掛け合い、運良く教室の端にいたため上がることができた者が引っ張り上げようとする。しかし、抜け出せない。それどころか、引っ張られた人間は激痛で悲鳴を上げた。この悲鳴を聞いてさらにパニックに陥り、どんどんと沈んで行く者もいた。

 一人は、正しく抜け出し教室の端まで辿り着いた。その一人に、友人を助けようと必死な一人が尋ねた。尋ねられた一人は、教えなかった。そして、業火に呑まれた。

 目の前でその様子を見ていた者たちのうち、何人かは自業自得だと言った。何人かは可哀想だと言った。何人かは、何も言わずただ己が助かるにはどうすれば良いか考えた。

 一人が、生き残っている者たちに声をかけた。抜け出し方がわかったといい、実際に抜け出して見せた。その者を真似して、皆が抜け出した。頭数は半数を切っていた。

 生き残った生徒たちは、教師を探した。教師は鉄格子の檻に入れられ、晒され、そして最後は絞殺台に乗った。教師は微笑んだ。台は消えた。

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牙を研げ 桜木薫 @Skrg_K

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