一夜の夢
双眼鏡で夜の街を見ていた時暗がりにちらちらと何かがいくつも舞っていた。
蛍、ではないだろうが虫の交尾か。
一興として眺めているとそれは服の袖についたボタンが僅かな光を反射させているようだった。
腕が激しく振り上げられては振り下ろされる。
不出来な機械のように時折強張ってはまた繰り返される。
振り上げているのが人ならば振り下ろされた先もやはり人だ。
胎児のように丸まりながら腕で顔や胴といった重要な部位を遮っている。
そして今まで身じろぎする程度故か気づかなかったのだがそれを数人で眺めている。
視界に収めているが彼らにとってはありふれたもののようでスマホを覗き始めた者もいる。
成る程初めて見るリンチという奴だ。
殴っている方は蹴りを小突くように入れ、脚を振り下ろし転がそうとする。
殴られた側は胎児のように丸まりながらも背中を晒さないように身を転がし続ける。
起き上がり小法師を思い出して含み笑いを零してしまう。
どうやらそれは現場も同じようで冷やかしを示唆するジェスチャーを頻りに飛ばしている。
それも酷く親しみのない。
リンチに意識がいっていたため気づかなかったが殴る方はあまり体つきがよくない。
小男と言ってもいい、周囲の方ががっしりとしている。
それに慣れていないのが遠くでも見て取れた。
暴力に酔っているというよりも暴力を振るうことに意識的になっていて半開きのままの口は直感的に嫌悪感を催させるし時折周囲を伺うような卑屈な視線を肩越しに向けている。
明らかに下の者の挙動だった。
恐らくは周りへのアピールではあるが目を向けていると時視線を向ける時眉が上がっておりどうやら期待をしているようだ。
恐らく仲間に入れてやるとでも言われたのだろうか。
周りが嗤っているのを見てまた作業を繰り返すが庇護を受けるために慣れないことをしており、それ自体が滑稽だから嗤われているのに気づいていない。
その内周囲の者は思い思いに手をいじり始め視線を宙に彷徨わせ飽きているのを隠そうともしない。
だが一人背丈の大きい男が躍り出て丸まっている男の右肩に蹴りを入れると蹴られた場所を地面で庇うように虫のようにもがきはじめた。
それが小男の使い慣れぬ萎んだ加虐欲求を刺激したのか肩を切らしながら子供の駄々のように手足を振り回す。
丸まった男の頭や胴を遮るために掲げていた腕は支えを無くし体はただ横たえられていた。
ふと一発蹴りが腹に突き刺さると男は一度体を震わせると勢いよく嘔吐した。
それでも歯止めをかけるものとはなり得ず顔を吐瀉物で汚しながら今度は泡あぶくを口から零した。
小男は吐瀉物に触れることを嫌ってか腹を蹴り仰向けに転がして踏んづける。
いつからか蹴られた男は腹を出したまま顔を覆っていた手を頰に添えるように下ろしていた。
小男は取り乱し辺りを振り返るが周囲の男達は何らかの言葉を投げかけた後散り散りに去っていた。
小男は男の足を引きずりながら陰に消え遮二無二に走り去っていった。
その二日後ニュースを流しているとまさにリンチの件が流れていた。
警察は情報提供を求めているようだがそのつもりは毛頭ない。
酷く滑稽なものだからだ。
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