ザ パッセンジャー①

 ……ま、正直ぼくの右で倒したようなものだけどね。

 男の持つ血に濡れた剣を見ながら、ぼくは口にするだけ損な負け惜しみをアクマにだけ吐露した。


「助かりました……ありがとうございます」


「間に合って良かったぜ。こんな森の中で魔物に出会うだけでも珍しいってのに、人が襲われてたなんてな」


 快活な笑顔を見せる男。爽やかな人だ。


「どした、こんな所で。森の奥には魔物がいるから入っちゃダメ、子供でも知ってる教訓だ」


「いやあ……旅の途中で道に迷ってしまいまして」


「旅? 一人でか、どこまで行くんだ?」


「北の街を目指してます」


「北の街? そんな遠くまで?」


「遠く?」


 聞けば、今居るこの森から北の街までかなりの距離があるらしい。歩いて五日はかかるのだとか。一体ぼくはどれだけ方向音痴なのだろう。新たな自分の一面が見えた。

 


「丁度いい、俺も北の街の近くの村に用があったんだ。兄ちゃん、どうせなら一緒にどうだ」


 渡りに船だった。自分の方向感覚にいよいよ見切りをつけなくては思っていた所だ。行き当たりに出会った、格好的に旅慣れた人に連れて行ってもらう方が絶対確実だろう。


「お願いします」


 ぼくと男は手を握り合った。



***



「センシさんはどうしてここに?」


 荷物を背負い、センシさんと一緒に川下へ下る。どうやら川下りが遭難生活からの脱出の近道という見立ては合っていたらしい。

 素朴な疑問をぶつけると、センシさんは難しい顔をする。


「あー……なんていうか、ちょっと用事があってな。そう、珍しい野草を探してたんだよ」


 すごく嘘っぽい答えを返された。確かに、あのお化け熊を一刀のもとに断った腕前があれば危険な森の中でもそうそう危険に陥ることはないだろう。でもごまかしの匂いがする答え方だった。


 よく見れば、センシさんの服は泥に汚れている。チェニックの下のチェインメイルにも穴の空いた部分がある。使い込んでいるだけかもしれないけど、どこかくたびれた様子だ。ぼくに会う前に何かと戦っていたのかもと思った。


「なんかと戦ってたんすか、その格好?」


「おいおい勘が良いな……そんなとこだ。勘弁してくれ、口が軽いのが弱点なんだ」


 手をひらひらと降参のポーズをとった。


「仲間に仕事の事情を不用意に話すなっつって、よく怒られるてるんだ」


「お仲間がいるんですか?」


「これだよ……我が口ながら、軽すぎて参るぜ」


 センシさんはため息をついた。


「ああそうだ、これから行く北の街近くの村で合流することになってる。これで良いか、これ以上聞いてくれるな」


 苦笑しながら万歳をするセンシさん。なんだか振る舞いが様になる人だ。


「しょうがないですね。貸し、一つですよ」

 

 負けじとぼくもくすっと口元を押さえて笑う、小粋な二枚目を気取ってみる。すごくぎこちなくて、体が拒否反応を起こしたのか嘔吐感を一瞬感じた。センシさんがやれやれ、なんて言って会話をまとめてくれたのが唯一の救いだ。


『貴様は何をやっているのだ……』


 随分久しぶりに感じるアクマの声。人間的に積み重ねがないと振る舞いに深みが出ないことを再確認していたんだよ。


『積み重ねか……まあその男ならあるだろうな』


 意味深な物言いだ。話したがってるんだろうなあと思った。


『——……別に良いなら』


『怒る前にぼくの話を聞け! ぼくはお前の話が好きだ。もったいぶってからする話は特に面白いと思う! だからこれからはお前の話したい時に話したいだけ、ぼくの心に惑わされずに話してみろよ』


 毎度毎度ぼくの冗談で話の流れを切られるのは面倒だ。ここらできっちり話しとこう。


『心の中にいるんだからわかるだろ? ぼくはただ人をからかったり馬鹿にしたりするのが好きなだけのクズだ。怒る価値もねえよ』


『……そんなだから貴様は根暗な落ちこぼれなのだ』


『知ってるよ、お前よりも』


 ややあって、アクマは嘆息を吐いた。これからはぼくの茶々にマジにならないようにね。


『貴様を助けたその男……センシだったか。そいつは魔族との戦争を何十年も生き延びてきた歴戦の勇士だ』


『おお、そうなんだ』


『本来武器を持って戦う戦士系の傭兵はいくら熟達していても腕のある魔法士には手を焼くものだが、その男は主に戦場で率先して魔法士を標的にし、自陣の戦士達を援護する変わり者だ。《魔法士殺し》と言えば、貴様でもわかるか?』


『知らない』


『そうか。人族では二番目ぐらいに強いんだが、温室育ちの勇者様ではそんなものか』


『二番目!?』

 

 熊とステゴロしてる所を助けてくれた人が、人族で二番目に強かった。とんだ偶然があったものだ。


『……だからこそ、変な話だ』


『何が?』


『貴様も気づいたろう。その男の出で立ち、まるで戦闘の後のようだ。ここは魔族との戦場から遥かに遠い場所だ。そんな場所で戦闘、しかもあのお化け熊を一太刀で葬る実力を持つ実力の持ち主が膝に泥をつけ鎧に穴を空けている』


 確かにアクマの言うことはもっとも、変だ。しかしぼくは別のことが気になった。

 こいつ、ここが何処か知ってたのか……それもそうだ、アクマはこの世の全てを知っているとか言ってたし、それが事実なら知ってて変じゃない。それを今まで教えなかったと言うことは、こいつ……ぼくが遭難してもがき苦しむのを楽しんでたな。


 アクマはぼくから向けられる遺憾の意をさらりとかわし、


『この男ほどの実力者に泥をつけた奴が関わるとなると……くふふ、少しずつ面白い方に転んで来たな』


 一人悦に浸ってしまった。根暗な身勝手同士、お似合いな二人なのかもな、ぼくたち。

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