兄に命令されて結婚したら、妻はニコリともしない女だった。

狩野すみか

第1話 結婚


 立場が不安定な貴族の次男にとって、長兄の命令は絶対。

 ある日、突然、執務室に呼び出されたかと思えば、笑顔で、

「アルベルト、おめでとう。イリーナ・メンデルとの結婚が決まったよ」

 と告げられた。

「……え?」

「あちらとはもう話はつけてあるから。式は来週の木曜日だから」

 死刑宣告にも似たそれは、俺の独身生活にピリオドを打ち、それから間もなく、兄リチャードの宣言通り、形ばかりの式が執り行われ、イリーナが嫁いで来た。

 昨今、ご婦人方に流行りのロマンス小説のように、愛のない政略結婚をさせられた俺たち2人に愛が芽生えることはなく、決して気位が高いわけではないが、ニコリともしない妻との生活はかなり重たいものがあった。

 朝も、食事を共にしながら、一切会話というものがない。

 心に決めた相手でもいたのか、妻は頑なに笑顔を見せようとはしなかった。

 ……ある程度の年齢になれば、親兄弟に、政略結婚させられることは分かっていただろうに……。

 次男とはいえ、今でも笑顔を振りまけば、ご婦人方が顔を赤くしてくれるだけに、俺のショックは大きかった。

「今日は遅くなるから。先に休んでて」

「はい、旦那様」

 ニコリともしない妻の返事は、まるで、礼儀をわきまえた使用人達のようだった。

 もっともそれは、氷のように美しい妻の外見に全く似合っていないわけではなかったが。

 ーー貴族の次男なんて、ちっぽけなもんだ。長男が亡くならない限り、爵位を継ぐこともなく、治める土地も持たないため、多くは聖職者や騎士になるか、本当の意味では平民になれない平民として生きていくしかない。

 有力な貴族の娘や、成金の娘に婿入りすることが出来るとも限らないし……。

 同じ次男坊という立場で、苦労している友人達の顔が、次々と浮かんでは消え、俺は、本日、何度目かのため息を吐いた。

 ニコリともしない妻は、その度に身体を固くする。

 俺は、たまたま運が良かっただけだ。

 生まれつき、兄の身体が弱かったため、こうして生まれ育った家に残ることを許されて、妻まで迎えることが出来た。

 実家の力が強い分、陰口以外は言われたこともない。

 俺がため息を吐くたびに、何故、彼女が身体を固くするのか?分からなかったが、俺は無言で席を立った。

 そろそろ支度をして、出かけなければならない時間だった。

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