第4話 今日のクエストはウサギデート??

 今、ボクは冒険者ギルドの入り口に立っている。

 時刻は早朝、まだ東の空に太陽が昇り始めた時刻だ。


 入り口にはボクの他にもう一人、女の子が立っている。

 朝日に負けないくらい鮮やかなアプリコットオレンジの髪を肩まで伸ばしたその少女は、男の子なら二度見してしまいそうなくらいの美少女だ。


 淡褐色ヘーゼルの瞳は淡い緑色をおびていて、宝石のペリドットを思わせる。

 目もパッチリとしていて愛らしい。


 肌は白磁のように透き通ってスベスベした印象で、少し丸みをおびた顔は幼さを残しているような――男の子なら「守ってあげたい!」という庇護欲に駆られそうな顔立ちをしている。


 彼女はフード付きの魔術士用ケープ――ブラウンのツイード地に可愛らしい刺繍が入ったもの――と杖を装備しているところから、ボクと同じ魔法職だと思われる。

 冒険者証のタグを見ると鉄等級のようだ。


 しばらく待っているとテミス君がやってくる。


「悪い悪い! 待たせたね、二人とも。先に狩人ギルドの受付に行って今日の狩りの申請を出していたんだ」


 テミス君はお父さんが故郷のアヴァロン島の狩人組合の組合長をしている関係で、ここアンヌンでも狩人資格を持っている。

 アヴァロン島もアンヌンも同じログレス王国に所属しているのだ。

 ログレス王国の狩人ギルド本部はアンヌンにあり、テミス君のお父さんも年に何回かはアンヌンのギルド本部に会議や研修で訪れるらしい。


 あれ? さっき「待たせたね、二人とも」って言った?

 じゃあやっぱりこの隣に立っている綺麗な髪色をした美少女も、今日一緒に狩りに行くメンバーなんだな……


 もしかしたら今日はテミス君と二人きりかなー?でもそしたらちょっと緊張しちゃうな……と、思っていたボクだったけど、幸か不幸かもう一人メンバーがいたらしい。

 クエストの約束をした時に、テミス君はもう一人メンバーを連れていくかもしれないって言ってたもんね。


 でもボクは悟ってしまった……

 この女、メスの顔をしてやがる!

 さてはテミス君のファンだな!?


 テミス君を見つめる彼女の瞳にはハートマークが浮かんでいる。

 あれは完全にほの字ってやつだ。


 そして、次に彼女はきっと「テミス様、お慕いしております」と言うだろう……


「ああ、テミス様、お慕いしております……!」


 ――ハっ!


 って、ボクがハっ!としてる場合じゃないでしょ!?


 どうやら、彼女の名前はサルフェというらしい。

 サルフェは「おっしゃっていただきましたら私もいっしょに受付に申請に参りましたのに」と言って、さりげなくテミス君の腕を奪い、それに抱き着いている。


 あざとい!

 あざと過ぎる!


 何なの?

 美少女特権てやつなの?

 美少女の私に抱き着かれて嫌な気持ちになる男性はいないだろうってことなのか?

 ボクなんて男装しているからそんなことできないし、男装してなくてもテミス君の腕に押し付けるべきものさえないのに!


 そんな彼女に対してテミス君は、「まぁ申請するだけなら二人で行く必要も無かったし、手を煩わせる必要もないでしょ?」とサラッとした対応をしている。

 別にテミス君としてはサルフェに気があるという訳でもないのかな?


 でもあれだけの美少女である……

 彼女に迫られたらきっとロイなら軽く陥落してしまいそうだった。



 ▼▼▼▼



 今日の狩場はアンヌンの東側、ゴンサクさんの畑とは反対方面のダンジョン側出口を出て10分ほど歩いていったところにある森だった。

 ハンノキ、トネリコ、ブナ、白樺…… ハシバミの樹にはヘーゼルナッツが生っていたし、野生の林檎の樹もある……


 こういった森の中の樹も、都市に近い森なら邪樹妖トレント化する前に間引きされたりするのかもしれない。

 様々な種類の樹々が生い茂る鬱蒼とした森の中には、太陽が昇ってからもあまり日が差さず、すでに初夏となっていたこの時期にしてはずいぶんと涼しかった。


 森に着くと、テミス君がさっそく狩りの方法について説明してくれる。


「ウサギは日中、巣穴に隠れていてどこにいるか分からないので、本来は手懐けた狼魔獣を使って臭いを追跡し、穴を煙で燻して出てきたウサギを狩るんだけど、オレは獣人族だから自分の鼻で追跡ができる。オレが穴を見つけたら穴に木の枝を詰めるので、火炎弾ファイア・ボールを放って穴の中を燻してくれ。出てきたウサギをみんなで協力して狩ろう!」


 今日の狩りのターゲットである一角兎ホーン・ラビットは魔獣の脅威度でいうとF rank、冒険者で言うと木等級相当なので対した強さではない。

 角がちょっと危険だけど、あらかじめ剛力の盾フォース・シールドを張っておけば特に問題は無いだろう。


「ああ、後、巣穴だと思ったら出来て日の浅いアルカナ級のダンジョンの入り口ということもあるから、自分で穴を見つけても勝手に中を探らないでほしい。オレがウサギの臭いを追跡して巣穴を特定するから安心して!」


 と、テミス君から注意を受ける。


 どうやら『王国マルクト』ダンジョンの周辺には、それより下位のランクのアルカナ級ダンジョンが複数存在するらしい。

 アルカナ級ダンジョンはセフィラ級ダンジョンと違って、世界中に無数に存在する。


 セフィラ級ダンジョンは世界に10個しか存在しないけど、アルカナ級は各セフィラ級ダンジョンに紐づくような形で世界に無数に存在し、生成と消滅を繰り返している。

 新しくできたばかりのアルカナ級ダンジョンは規模も小さいし、入り口が動物の巣穴のように見えることもあって、中に入った狩人が魔物の被害にあう事故が毎年何件か発生しているらしい。


 テミス君の説明によると、アルカナ級のダンジョンには「世界樹の枝」と呼ばれる比較的大きな樹と結びついて存在していることが多く、近くに大き目な樹がある穴はダンジョンの入り口である可能性が高いようだ。

 世界樹自体が多様な生態系を自身の中に持っている為、樹の種類では判断できないそうで、他の樹よりも大きいなと思ったら『鑑定』で見てみれば「世界樹の枝」かどうかの判断ができるそうだ。


 そもそも巨大な樹は魔素を蓄えて邪樹妖トレント化しているケースが多いだろうし、大きな樹を見つけたらめんどくさがらずに『鑑定』した方が良いのだろう……


 しばらく森の中を探索していると、テミス君がウサギの巣穴を発見する。

 テミス君が巣穴に木の枝を詰め始めるとサルフェがそこに火炎弾ファイア・ボールを放つ。


 サルフェの手慣れた手つきを見る限り、どうやらサルフェがテミス君といっしょにウサギ狩りに来るのは今回が初めてでは無さそうだ……



 ボクは一角兎ホーン・ラビットの攻撃に備え、自分に剛力の盾フォース・シールドを張る。

 テミス君にも張ろうとしたが、テミス君からは「オレはウサギ狩りに慣れているから大丈夫だよ」とやんわり断れてしまった。

 それで仕方なくサルフェに剛力の盾フォース・シールドを張ってあげたんだけど、「私も自分で自分に防御魔術くらい張れますわ!」と言われてしまう……


 いや、そこはそうだったとしてもせっかく張ってくれたんだからありがとうで良くない?


 まあ、良いや、狩りに集中していこう。


 狩りはおおむね順調に進んでいった。

 ボクたちが三人で合わせて10匹くらいのウサギを仕留めたところで、時間がちょうど正午になる。


 テミス君から昼休憩を取ろうと言われ、ボクたちは狩りをする手を停めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る