第11話 「銀の乙女亭」のお風呂とテンパイの話……唐突の麻雀回!?

 ケレブリエルさんに案内してもらい、部屋でくつろいでいるとバロラが部屋に訪ねてきた。


「ニケ、いっしょにお風呂に行きましょう。ここのお風呂は魔素が豊富な冷泉を沸かしたお湯で、あなたがドレイン攻撃で失った『体内魔素HPやMP』も回復させてくれるわ!」


 バロラの勧めに従って彼女について行く。

 共同浴場は一階の奥にあるらしく、ボクとバロラは女湯の方に入った。


 脱衣所でバロラが着替えているところを見ていると、どうやらバロラはお風呂でも目の布は外さないらしい。

 そこまで盲目キャラを貫くんかいっ!と心の中でツッコミながらも、そのことは顔に出さずにボクも服を脱いでいく。


 ローブを脱いだバロラはなかなかのプロポーションの持ち主で……なかなか良いパイをお持ちのようだった。

 生まれもってのものですか?

 最初から天から授かりしテ ン パイをお持ちパ イ だったと……?

 

 天和テンホーですか? 地和チーホーですか? 最初から私は役満だったってわけですか!?

 ボクなんて平和ピンフくらいしかないのに……


 パパから麻雀を教えられ、パパの仕事仲間たちからは「雀鬼」と恐れられたボクも生まれ持ったものには勝てないのだった……


 良いさ! 良いさ!

 パパは小さくても需要はあるって言ってたもん!

 需要……あるよね?


 でも同性の目から見てもバロラの美しいプロポーションは少し憧れてしまう。

 今までゆったりとしたローブを身に着けていたから気づかなかったけど、バロラはけっこう着瘦せするタイプなのかもしれない。

 アレはガチでメロンくらいのサイズは無いか……?


 バロラの胸を見ていると思わず「ええ乳してはりまんな~」と謎の関西弁を発してしまいそうなボクは、パパから悪い影響を受けているのかもしれない。

 いや、これはVRゲームで普段ボクが男性アバターを使用していたことが関係しているのかもしれないな……


 VR空間では、身に帯びているアバターから心理的な影響を強く受けるという話が合って、心理学者はこのことをギリシャ神話の変身する海神からとって『プロテウス効果』と呼んでいた。

 一般的な性的指向を持つ男性でもVR空間で長時間、女性のアバターを身に着けて活動していると精神が女性化していく……みたいな現象のことだ。


 最初の内は友人からスカートを捲られても笑って許せていたのが、女性アバターで過ごす時間が長くなるにつれ心も女性のようになり、スカート捲りをされるとガチギレするようになるらしい。

 『プロテウス効果』はVR空間からログアウトしてからもしばらく継続する、ということもあって、現実世界での生活に支障があるということでVR空間内ではネカマが少なかった。


 逆に性同一性障害で真剣に悩んでいる人たちや、トランスジェンダーの人たちにとっては自分が望む性を生きられるVR空間というのはとても居心地が良いものだったらしく、彼らが自分らしく生きて、働いて、恋をするのにVRはかなり役立ったようだ。


 ボクがバロラの胸についてあれこれ考えている内にバロラはさっさと服を脱いでお風呂に入っていく。

 ボクも遅れないように急いで服を脱ぐと、そのまま浴場へと入った。


 浴場に入ると浴槽の部分は石を組んで作られている感じで、室内風呂だけどちょっと露天風呂みたいな浴槽だなと思った。

 お風呂のお湯からは魔素の影響なのか、淡い青色の光の粒子のようなものがふわりふわりと浮かんでいる。


 ボクはざっとかけ湯をしてからいったん浴槽に入ったが、バロラは身体を洗ってから入るらしい。

 VR空間の中なのにわざわざ身体を洗うのはちょっと不思議な感じがした。


 ゲーム内に身体を洗ってからお風呂に入った方が回復効果が高いとか、何か細かい裏設定のようなものでもあるのだろうか?

 それとも現実の世界と同じようなリアリティを持つフルダイブ型VRだから現実世界と同じような行動をとってしまうのだろうか?


 そんなことを考えていたが、気づけばボク自身の身体も少しベタついている気がしてきたので、ボクも浴槽から出て髪と身体を洗うことにした。

 VR空間なのに汗でもかいていたの……?

 わざわざVR空間の中で、そんな煩わしいことまで再現することに何か意味はある?


 髪と身体を洗ってからあらためて浴槽に入るとバロラも洗い終えたのか浴槽に入ってきた。


「ねえ、ニケ。お風呂のお湯から青い光の粒子のようなものが浮かんでいるでしょ? これはね、水属性の魔素がこのお湯からあふれて放出されているのよ」


 とバロラが教えてくれる。

 試しに光の粒子をつかんでみようと手を伸ばしてキャッチしてみたが、やっぱり手につかむことはできなかった。


 魔素の濃いこのお湯はぬるぬる?とろとろ?まろやか?な感じで、この感触が水属性の魔素のイメージなんだろうなと思った。

 温かなお湯につかっているとじんわりとその魔素が身体に染み込んでいくようで、妖精からドレイン攻撃を受けたときからあった身体の倦怠感のようなものが和らいでいく気がした。


 しばらくお湯につかった後、バロラは、


「私は先にあがらせてもらうわ。ニケはまだ失った『体内魔素HPやMP』が回復しきっていないからもうちょっと入っていた方が良いわよ? それと、もうすぐで夕食の時間だから一階の食堂へ来てね。私は先に食堂に行ってコーヒーでも飲んでいるわ」


 とボクに声をかけ、先にあがっていった。


 お風呂場で一人きりになったボクは今起きていることについて少し考えてみることにした。


 普通、MMORPGの宿屋は回復場所にはなっておらず、ログアウト場所や食料品店のような扱いだったはずだ。

 バロラはこの宿に戻ってから部屋でいったん休憩をし、さっきまでいっしょにお風呂に入っていた。

 この後はこの世界で夕食も食べるらしい。


 バロラはいつログアウトするつもりなんだろう?

 やっぱりNPCなんだろうか?


 それとも実は宿屋の受付に来た時点でボクが知らない内にログアウトしていて、今のバロラはAIが動かしている――つまりNPC化している?

 そういうことは確かに可能かもしれなかった。


 VRが急速に普及し始めた2020年代、コンピュータはVRを使用中のユーザーについて、ものの見方、しゃべり方、身体の動かし方など、人間の行動や振る舞いについての膨大なデータを収集し始めた。

 収集した膨大なデータを解析することで、人間の行動や心理について新たな発見がいくつもなされ、AIは人間の行動予測について天気予報までの正確性では無いものの、かなりの精度で予測を立てることができるようになっていった。


 もし今が、ボクが眠りについた2030年よりもかなり年数が経っているのであれば、バロラがゲームをログアウトした同時に、これまでのバロラのVR内での行動パターンを学習したAIがバロラのアバターをあたかも本人が動かしているのと見分けがつかないように動かすということはおそらく可能なように思えた。


 そんなことをあれこれ考えていると、さすがにお湯につかりすぎたのかのぼせてきたような感じがしたので、ボクもお風呂を出ることにした。

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