第12話 ケレブリエルさんのエルフ料理
お風呂を出て食堂に向かうとバロラはすでにカウンターに腰をかけ、ケレブリエルさんと談笑しながらコーヒーを飲んでいた。
ボクの存在に気づいた二人が声をかけてくれる。
「ニケ、たっぷり『
とバロラが解説してくれる。
「そしてもう一つ、女性魔法職の子たちに人気なのが、ケレブリエルさんお手製のエルフ料理よ!」
バロラの説明によると、エルフ料理はマクロビみたいなジャンルの料理みたいで「魂の無い魔物でも命をいただく限り無駄にしない」というエルフ独特の考えに基づいて、野菜の皮まで料理に使うということのようだ。
ただ少しマクロビと違うのは、鳥や魚、玉子や乳製品といった動物性の食材も調理するようだった。
「魔獣や魔性植物は討伐される際に体内魔素を放出してそのほとんどが冒険者に吸収されるんだけど、野菜の皮とかにはまだ魔素がけっこう残ってるのよ。だから実や肉の部分は確かに美味しいんだけど、栄養素的な面で見ると皮の部分も食べるのは理にかなっているのよ。そして何よりケレブリエルさんはそんなふつうは食べないところも美味しく調理するのがとっても上手なの!」
と、バロラはケレブリエルさんの料理をとても気に入っている様子だった。
今晩の献立を聞いてみると、
――――――――――――――――――――
・全粒粉のパン
・野菜の皮のきんぴらと葉物野菜を和えたサラダ
・根菜のポタージュスープ
・小豆入り玄米、根菜、ハーブのクロケット
・白身魚の香草焼き
・よもぎとレモンのスティックケーキ
――――――――――――――――――――
ということで、確かに女性受けしそうなメニューだなと思った。
「野菜の皮のきんぴらと葉物野菜を和えたサラダ」にはオリジナルのネギドレッシングがかかっており、とても食欲を刺激された。
野菜の皮のきんぴらも歯ごたえが良く、良いアクセントになっているように感じた。
「根菜のポタージュスープ」は見た感じが土っぽい色で味も少し滋養がありそうな……やっぱり少し土っぽい感じではあったけど、豆乳のまろやかさがその強すぎる個性をやわらかくしていて美味しくいただくことができた。
食べていると力が湧いてきそうな感じがして、これがエルフ料理の醍醐味なんだろうなと思った。
ボクが一番気に入ったのは「小豆入り玄米、根菜、ハーブのクロケット」でキツネ色に上げられた衣はサクサクで、オリーブオイルのようなもので揚げられていたのか香りも芳しかった。
「クロケット」とは、要は日本で言う「コロッケ」のことなんだけど、庶民的なスナックという感じではなく、ちゃんとした一品料理として仕上げられている印象だ。
ナイフで「クロケット」を切ると、「ザクリっ!」と小気味良い音を響かせる。
ボクはナイフで一口大に切った「クロケット」をフォークで自分の口へと運んだ……
中身は小豆入りの玄米の他に、ニンジンのような根菜、ニンニク、玉ねぎ、ドライバジルのようなハーブが入っている。
具材はそれぞれ玄米と同じサイズ感に統一して細かく刻まれており、食べやすい食感になっている。
それらを豆乳で作ったベシャメルソースがまろやかにまとめており、とても複雑で豊かな味わいが口の中に広がる……
玄米と小豆もすごく合う!
あめ色の玄米は小豆といっしょに炊くことでその色がうつり、ほんのりとした朱色に変わっている。
いっしょに炊いた小豆の影響なのか、玄米の食感はふっくらモチモチとしていた。
小豆のほっこりとした味わいがそれにマッチしていていくらでも食べられそうだ!
衣のザクザク、ふっくらとした玄米、ほくほくの小豆……それぞれの食感のコントラストが絶妙だ!
ソースはトマトをベースにしたものが皿に敷いてあり、ソースを付けて食べるとまた違った味わいを楽しめた。
「クロケット」を食べ終えた後、全粒粉のパンをちぎってトマトソースにつけて食べてみると、ナイフで切り分けた際にこぼれた「クロケット」の具がトマトソースに混じっていてさらに「クロケット」の味わいの余韻を楽しむことができた。
最後の最後まで楽しませてくれる料理だなぁと思わず感心してしまった!
料理を一通り食べ終え、最後にデザートの「よもぎとレモンのスティックケーキ」が出てくると、ケレブリエルさんがお茶かコーヒーのどちらが良いか聞いてくれたので、バロラはコーヒー、ボクはハーブティーをお願いした。
「確かにバロラの言う通り、ケレブリエルさんの料理は絶品だね!」
とボクが言うと、
「そうでしょ? 私も中級冒険者になった頃にケレブリエルさんの料理と出会って、それからずっととりこなのよ!」
とバロラが嬉しそうに答えた。
「こんなに美味しいなら、ケレブリエルさんから料理を教えてもらいたいぐらいだよ」
とボクが言うと、
「実は私もね、若い頃にケレブリエルさんから料理を教わったことがあるのよ。今でも冒険の合間に作ることもあるわ。さすがにダンジョンの中ではそんなに手が込んだものは作れないけどね」
とバロラがテレ笑いしながら言った。
バロラは一つの迷宮都市に定住するタイプの冒険者ではなく、けっこうあちこちの迷宮都市を渡り歩ているタイプの冒険者のようで、それでも一箇所の迷宮都市にしばらく滞在する時はホテルではなく冒険者用のアパルトメントを借りて生活していることもあるらしい。
そういう時にケレブリエルさんから習ったエルフ料理を作ったりするようだ。
ケーキも食べ終わり、お茶も飲み干すとさすがに昼間の冒険で疲れていたのか眠気のようなものに襲われた。
別にVR空間の中で眠るのはこれが初めてではない。
VRの進化は思っていた以上に早く、2027年にボクが寝たきりの状態になった頃にはフルダイブ型VRに近いようなものが実現していた。
当時はまだ「セミ・フルダイブ」みたいな中途半端なネーミングだったけど、それがいずれ本当のフルダイブ型VRになるのはそう遠くない未来に確実に訪れる確定事項だった。
2027年の段階では医療用の、ボクみたいな寝たきりで身体を動かせない人が普段過ごしたり、家族や友人、学校とコミュニケーションをするツールだったそれは、ボクが
すでに脳とコンピュータをつなぐBCI≪ブレイン・コンピュータ・インターフェース≫はヘルメット型のHMD≪ヘッド・マウント・ディスプレイ≫に搭載され、ボクの脳波を読み取ると割と正確にVR空間の中のアバターを動かすことが出来た。
「歩く」、「走る」、「ジャンプする」、「拾う」、「投げる」みたいなシンプルな動作が中心であんまり細かい動きは再現できなかったけど、それでも現実世界で生活するよりは遥かに快適で、ボクはVR空間の中で勉強し、予備校の先生に質問をし、VRMMORPGで知り合いになった友人といっしょに遊ぶこともできた。
ボクが部屋に帰って寝ることを伝えると、
「わかったわ。じゃあ先にあがってて」
とバロラは言い、ワインを飲み始めていた。
VR空間でもお酒で酔えるのかな?と少し思ったが、ここまで精巧なVRだったら酔ってる時の感覚くらいなら脳の中で再現できてもおかしくはないと思った。
ボクはバロラとケレブリエルさんにおやすみを伝えると、そのまま自分の部屋に戻り、眠りについた。
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