第9話 冒険者ギルドに行く!

 なんとか無事、ダンジョンを脱出することができたけれど、ボクはまださっきコボルトを殺した時の感触が手に残っており、手がわなないてしまう。


 バロラは「大丈夫?」とボクに声をかけ、口を手巾で拭ってくれるとそのままそれをボクの手に持たせてくれた。

 どうやら手についた血も拭えということらしい。


 ダンジョンを出てもその周辺にはまだまだ危険なモンスターがいるらしく、バロラからは「まだ油断しないでね」と念を押された。


 ダンジョンの裏手には天を衝くかのような巨大な樹木が生えていた。

 これがバロラの言っていた【世界樹】ということらしく、その樹の根で形成された洞がダンジョン上層を形成しているようだった。


 【世界樹】はその枝を広く横に広げ、広大な影をつくっている。

 葉は柏餅に使う葉っぱに似た丸みを帯びた形をしており、枝にはドングリのような実がたわわに実っていた。


 猪のような姿をした魔獣が地面に落ちたドングリをせっせと食べている。

 コリコリと音を立てながら食べるその姿を見ると【世界樹】のドングリはきっと美味しいんだろうな……ということを思わせる。

 またその美味しい【世界樹】のドングリをたくさん食べたあの猪のお肉もさぞかし美味しいことだろう……


 だが、その猪型魔獣の体長は優に3メートルを超え、体高だって2メートルを超えている。

 貧乏苦学生が借りる安アパートの小さなワンルームが収まりそうなサイズ感の巨体を見れば、それを討伐してお肉を食べようという気も失せるというものだった。


 確かにバロラの言う通り、世界樹の周りにはまだ樹木型のモンスターや妖精族、狼や熊の形をした魔獣など、数多くのモンスターが生息しているようで、彼女に注意を促されなければ少しの隙が命取りになるかもしれなかった。


 ボクが辺りの【世界樹】の森林の様子を伺っていると、バロラが右手の親指と人差し指を咥え、「ピーっ!!」と口笛を吹く。

 すると少し離れたところから緑色の羽毛をした鳥のようなトカゲのような大きな生き物が駆け寄ってきた。


 モンスターかと思い、ボクが身構えると、


「大丈夫よ! この子は私が契約している幻獣、走竜のクイタよ。敵じゃないから安心して」

 とバロラが説明してくれた。


 一見するとよく分からないが幻獣は魔獣とは異なる存在らしい。


「モンスターは体内に魔晶石を持っている魂を持たぬ者たち。幻獣は私たちと同じで体内に魔晶石を持たない魂を持つ者たちよ」


 と、バロラは説明してくれた。


 バロラの契約している走竜は名を「クイタ」と言い、バロラがしゃべる言葉をちゃんと理解しているように思えた。

 バロラが額を撫でてやると目を細め、嬉しそうに「クルルルッ」と喉を鳴らした。


 クイタの全長は馬よりも二回りくらい大きい感じで、おそらく人間であれば3人くらいは騎乗できそうだった。

 キレイなエメラルドグリーンの羽毛を全身に生やし、胸毛の部分だけ白い毛が生えている。

 走る竜という名前の通り、翼は生えておらず、頭頂部からは後部に伸びる鞭のようにしなやかな長い冠羽が生えていた。


 バロラに命じられてクイタが身を屈める。

 「どうぞ?」と勧められてボクが先にクイタの背に乗ると、バロラはボクが落ちないようにとボクの後ろに座り、手綱を掴む。

 クイタが身を起こすと思ってた以上に視点が高く感じ、少し恐怖を覚えた。



 ▼▼▼



 走竜のスピードはだいたい乗用車と同じくらいのように感じた。


「あなたが振り落とされないように少しゆっくり行くわね」


 と、バロラが言っていたので、本当はもっと速いのかもしれない。


 【世界樹】の森林を抜け、草原を二、三十分走ると城壁が見えてきて、そこがバロラが今回の依頼を受けた冒険者ギルドのある街、「迷宮都市アンヌン」だと教えられる。

 街の城門につくとバロラは門番をやっている槍を持った兵士に冒険者の身分証である銀色のドッグタグのようなものを見せる。

 門番はそれを確認すると城門を開き、中に通してくれた。


 バロラによるとダンジョン側を向いたこの城門は基本的に閉ざしていて、冒険者が通る時だけ開けてくれるらしい。

 城門を通ると人口が多い街なのか、けっこう人通りが多く、にぎやかな喧騒が聞こえてくる。


 白い石畳でできたメインストリートの両脇には大き目の店舗が立ち並び、路地に入っても露店や小規模店などが軒を並べ、商業も活発なようだ。

 買い食いのできる屋台もいくつか並び、鶏肉に香草やスパイスを効かせたものを串に刺して炭火で焼いているお店や、クレープ生地にこれまたスパイスを効かせた豚の切り落とし肉を焼いたもの・生の葉物野菜・よく分からない黄色の果物(野菜?)をサイコロ状にカットしたものを包み、ソースで味付けしたトルティーヤ風のものを売るお店など、実にエキゾチックな雰囲気を漂わせている。


 冒険者ギルドは中心市街地のメインストリート沿いにあり、石造りの大きな建物――現実世界で例えると市庁舎くらいの大きさの3階建ての建物――がそれだと言う。

 バロラは騎乗用の幻獣や魔獣の為の獣舎にクイタを停めると、リンゴのような果実を一つ与え、「後でもっとあげるね」と優しく声をかけた。

 一階正面玄関をくぐるとその先の突き当りに冒険者用の受付カウンターがあった。


「おかえりなさい! バロラさん!」


 受付に着くと小柄の愛くるしい少女が対応してくれる。

 身長はかなり小さい?

 小学生くらいに見えるが小人族ホビットとかなのだろうか?


 くるくるとカールした栗色のショートボブで、左側の耳より前の髪を三つ編みにして一房垂らしている。

 パッチリとした瞳はまるでアーモンドのようにクリクリしている。


 ぱっと見、絵画に出てくる天使のような容姿をしたその受付嬢はバロラとずいぶん気心が知れた関係のようで気さくに話しかけてくる。


「ただいま、アイシャ。例のクエスト、達成したので報告に来たわよ」

「やや、さすがはバロラさん! 超難関のA rankクエストをこうもあっさりと達成されるとは……では、その成果物を拝見しましょう」

「この子がその成果物よ!」

「――んんっ!?」


 クエストの成果物が人と聞いてちょっと面食らったのか、アイシャと呼ばれた少女は目をまん丸に見開き、ボクを見つめてくる。

 品定めをするようにボクを上から下へと見ると、


「バロラさん……。これ、人ですよ?」

「ええ、そうね」

「今回の依頼はセフィラ級『王国マルクト』ダンジョンの深層にある封印された箱の中身を持ち帰るという依頼ですよ?」

「ええ、分かってるわ」

「つまり、箱の中から人が出てきたと?」

「ええ」

「難関クラスのダンジョンの深層にある『封印された箱』の中から人が出てきたと?」

「そうなるわね」

「邪神でも魔神でもなく?」

「ええ、『鑑定』で見てみたら分かると思うのだけどただの人よ」

「それはさっき見てみたので分かります」


 アイシャは手元にあるクエストの依頼書を見つめながら、悩まし気に「うーん!」と唸り、自分のくせ毛をくるくると指に絡ませている。

 クエストの依頼内容と何か食い違いがあるのだろうか?


「バロラさん、あなたを信用していない訳ではないのですが……」

「なに? この結果じゃ不満?」

「いや、私が不満という訳じゃないんですが、これだと上がクエスト達成の許可をおろしてくれないんじゃないかと……」

「あらやだ、それは困っちゃうわね」


 今度は二人して「うーん!」と唸り始めた。


「あっ、あの、クエストの依頼書には何か書かれていないんですか?」


 とボクが質問してみると、アイシャは、


「それが、特に箱の中身については言及されていないんですよね。とにかく箱の中身を回収しろとしか書かれていません」


 と、依頼書に目を落としながら答える。


「依頼者に確認してみたらどうなの?」


 と、バロラが助け舟を出してくれる。


「いや、それが依頼者の欄には『魔法協会』とだけ書かれていて、魔法協会の誰が依頼したのかは分からないんですよ。おそらく魔法協会のそれなりの地位の人から冒険者ギルドの本部に直接依頼が行ってる案件ですね。うちのギルド長にも確認してみますが、ギルド長もギルド本部に確認してみないと分からないかと思います」

「それじゃあ、いったんクエストの結果については保留ということ?」

「ええ、少しご迷惑をおかけしますが、また明日の朝、ギルドにお越し願えますか?」


 バロラが「うーん」と少し思案気な表情をしている。


「それは構わないけど、その間この子はどこに置いておくのよ?」

「申し訳ないですけど、バロラさんと同じ宿屋に連れて行ってもらうしかありませんね……」

「この子の宿代も私持ちで?」

「いやぁ、困っちゃいますよねぇ……」


 そう言ってアイシャは頭をぽりぽりかいているが、冒険者ギルドから宿代を出すつもりは無さそうだ。

 バロラは「もう!」と言って怒るが、


「分かったわ。でも明日の朝にはちゃんと確認できるようにしておいてね」


 と釘を刺し、受付カウンターから離れた。


 とりあえず、それ以上冒険者ギルドには用がなかったので、ボクたちはギルドを出て、バロラの宿泊している宿に向かうことになった。

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