第8話 ダンジョン脱出

 ボクたちはセーフティ・スポットを出て、ダンジョンの出口を目指す。


 中層からは思った以上に順調で、おそらく途中で休憩をはさまずにダンジョンを出られそうだ。

 洞窟型の中層ダンジョンでもモンスターは襲ってきたが、バロラは深層で見せた真剣な様子ではなく、どこか余裕がある感じだ。


 ふとモンスターを倒した後のバロラを見ると何かを拾っているようだ。


「ねえ、バロラ。それは何を拾っているの?」

「魔晶石よ。」


 バロラによると、魔晶石とは魔物の体内にある魔素が結晶化したもので人間にとっては貴重な資源となるらしい。


「魔道具の材料や燃料になったり、精霊に与えて使役したりするのに使うのよ」


 とバロラは言っていた。

 魔物によって魔晶石の色や形、大きさは違うようで、キラキラ光るそれは宝石のようで美しい。


「どうして深層では拾ってなかったの?」


 とボクが尋ねると、


「深層のモンスターは手ごわいから、ニケを守りながらだと拾ってる余裕が無かったのよ。少しでも隙を見せたらその瞬間アウトってこともあるから」


 ということで、足手まといのボクが居た為、拾っている余裕が無かったということのようだ。



 ダンジョン中層には豚のような鼻で屈強な肉体を持つオークなどの人型モンスターも生息しているらしく、よく見るとその集落のようなものが見かけられる。

 人型モンスターの集落は人間のものに比べると劣悪なもので、見た目の悪さだけじゃなく、悪臭など衛生的にも嫌悪感を感じるような様子だった。


 泥や汚物で塗り固めたような茶色くまだらな模様の土壁はところどころ剥げ落ち、あるいは崩れており、骨組みに使われている木材もちゃんと成型されたものではなく木そのものを乱雑に切って組み合わせたようなものになっている。


 建築技術は低いらしく、ほとんどが平屋だ。

 高層の建造物は洞窟ダンジョンの崖の斜面を利用して段々畑のような形で建てられている。


 高層建造物というよりだな……

 増築に増築を重ねて形成されたそれはまるで迷路のような構造になっていて、まるでダンジョン内にある小さな迷宮ダンジョンのような趣になっている。


 あの中にはオークどもの王でも居るのだろうか……?


 他にも複数の頭を持つ大蛇、頭が獅子で胴体は山羊、尻尾が毒蛇といった異形のモンスターたちもいて、そいつらの巣のようなものもあった。


「冒険者になったらこいつらの集落や巣に入ってモンスターが隠し持ってる財宝を取りに行くみたいなクエストも出てくるのかな?」


 とボクがつぶやくと、


「そういうこともあるわ」


 と後ろを振り向かずにバロラは答えた。



 ▼▼▼



 中層の洞窟型ダンジョンを抜けたら雰囲気は一変し、巨大な植物の根が張りめぐらされた森のような環境になった。

 割と開けた感じの場所で、中が吹き抜けになったすり鉢状に広がるような形をしており、ボクたちはその巨大な植物の根っこに沿って上を目指した。


 巨大植物の根は太さが2~3メートルあり、ダンジョンの上層はその根の一本一本が階層を形成している。

 バロラにこの根っこについて尋ねてみると、それは【世界樹】という巨大樹の根っこだそうだ。

 世界中に点在するダンジョンはこの世界樹と関連があるらしく、大きな世界樹の根元にあったり、世界樹自身がダンジョンだったりするとバロラは教えてくれた。


 根はかなり入り組んでいて昇ったり、下がったり、絡み合ったりしている。

 フィールドも広大で、ちゃんとしたルートを把握していなければすぐ道に迷ってしまいそうだ。


 中層までの薄暗く鬱屈とした雰囲気と違い、上層からは太陽の光も差し込んできて森のようなダンジョンの美しさに感動を覚える。


 太陽の明るさや日光がダンジョンをほぼ真上から照らしていることを考えると、今はちょうどお昼くらいの時間だと思う。

 上層の森林型ダンジョンに出て外気に触れると肌寒さを覚えた――――季節は春くらいの設定なのだろうか……?


 世界樹の根に寄生する形で他の植物も生えていたのだけれど、その植物たちが咲かせる花々を見る限りでは秋というより春の花々を思わせるような明るいパステルカラーのものが多いように感じた。


 美味しそうな木の実、かぐわしい芳香をはなつ果実を実らせている樹々もある。

 試しに拳くらいの大きさのオレンジ色の果実をもいで食べてみる。


 薄い果皮は歯で簡単に裂け、中からは黄色くてみずみずしく、柔らかそうな果肉がのぞいている。

 果肉にかぶりついてみるとジュワジュワっと果汁が溢れ、ボクの口元を濡らす。


 これは……マンゴーかな!?

 その爽やかで甘酸っぱい上品な香り、溢れでる果汁がボクの乾いた喉をうるおしてくれる。


 ねっとりとした舌ざわり、その甘酸っぱい香りにしては意外な程の強い甘みが口いっぱいに広がり、ボクの頬をほころばせる。

 柔らかな口当たりでありながら時折感じる適度な弾力も食べていて楽しく、ボクを幸せな気持ちにさせてくれた。

 こういうのを食べててもレベルがアップしたりするのだろうか?


 ボクがマンゴーのような果実をモグモグ食べていると、バロラが


「そいつらも年月を経て体内の魔素が結晶化して魔晶石になったら、トレントというモンスターになるから気をつけなさい」


 と忠告してくれた。


 

 しばらく進むと咲き誇る色鮮やかな花々の陰から美しい姿をした緑色の妖精が現れた。

 妖精はこちらに微笑みかけ、ウインクをしてくれる。

 妖精はモンスターと違い、人間に対して好意的な種族なんだろうか?


 妖精と戯れていると突然バロラの杖の先から炎の槍が飛んできて妖精を消し炭にする。

 ボクが抗議をするとバロラは、


「気をつけなさい、ニケ。妖精族は愛くるしい見た目をして一見、人間に好意的なそぶりをしているけれど、油断をしている人間に『混乱コンフージョン』や『誘惑テンプテーション』の魔法をかけてくるの。魔法をかけられたら正常な判断力を失い、彼らの『吸収ドレイン』魔法の餌食にされるわ」


 とまたも忠告してくれる。

 

 どうやら彼らに微笑みかけられたり、ウインクや投げキスをされたらすでに獲物としてロックオンされている証拠のようだ。

 そういった行為自体に『混乱コンフージョン』や『誘惑テンプテーション』の魔法効果があり、強い精神力であらがわないとさっきのような状況に陥ってしまうらしい。


 気が付くと身体に強烈な倦怠感を覚え、ステータス画面を見るとHPが40から25に、MPが60から31に減少している。

 バロラの対処があと数十秒遅れていたらそのままゲームオーバーだったかもしれない。


 バロラは妖精の緑色で小さく丸い魔晶石を拾った後、「いちおう何かあった時の為に」と自分の短剣を貸してくれた。

 魔術師用の短剣でSTR力、筋力値よりもINT魔力、知性値をダメージに反映してくれるらしく、今のボクでも当たり所が良ければ上層のモンスターなら倒せるらしい。



 ▼▼▼



 最上層までたどり着くと頭が犬で身体が人間の子ども位のサイズのコボルトという人型モンスターの群れを見つけた。

 彼らはバロラとのレベル差を感じたのか、遠巻きに見ているだけで襲ってはこない。

 人型ということもあり、ある程度の知性はあるようだ。


 そうこうしている内にダンジョンの出口が見えてくる。

 これでやっと外に出られる!と思うと思わず嬉しくなってしまう。


 ボクは気が付くと思わず駆けだしていた。

 そう言えばこうやって風を切って走る感覚も中学時代に陸上部で走っていた頃以来だな……懐かしい……


 ――ドっ!


 しまった!

 迂闊だった!


 ボクがバロラから離れたのを見て隙が出来たと感じたのか、さっきまで遠巻きで見ていたコボルトの内の一匹が猛烈な勢いでボクに突進してくる。

 そいつは手に錆びてボロボロになったショートソードを握っており、ボクに斬りつける為、それを上段に振りかぶった。

 ボクもバロラからもらった短剣を抜き、応戦しようとしたが間に合わない――っ!


 ――ズガンっ!


 次の瞬間、バロラが軽く杖を振るうと、コボルトがべしゃりと地面に叩き落されて呻き声を上げる。


「ニケ! 止めを刺しなさい!」


 と言われ、咄嗟に持っていた短剣でコボルトの胸のあたりをぐさりと刺す。


 コボルトはビクンっ!と痙攣し、溢れ出る血の生暖かいぬめりとした感触が短剣を持つボクの手を濡らす。

 コボルトの目に燈っていたともしびのようなものが消滅していくのを感じる。


「――?オエっ!!」


 ボクはあまりの生々しさに思わず吐き気をもよおす。

 何とか手で押さえようとしたがしたが間に合わず、コボルトの亡骸の上に嘔吐してしまった。


 これまでバロラがモンスターを殺すシーンは何度も見てきたのに、それを自分の手でしたことで物凄い生々しさと罪悪感を覚える。


 命を奪ったんだという実感がわき、気分が悪くなる。

 VRってこういう生々しいのは、精神衛生上良くないから表現しないんじゃなかったっけ!?


 VR空間での殺人は、それが仮想人間NPCであったとしても強い罪悪感を呼び起こすということはかなり早い段階で確認されていたし、そうだからこそVRのFPS(ファースト・パーソン・シューティングの略――主人公と同じ視点で操作するスタイルの3Dアクションシューティングでガンシューティングが多い)ではキャラクターを人間じゃなくロボットにして、激しい流血や内臓が飛び出るといった生々しい表現を避けていたはずだ。


 そんな2010年代には判明していたVRゲームにとっての基本原則に反したシステムを、未来の発展したVRゲームで実装したりするだろうか?



 もしかしてモンスターには流血表現を行うが人間のキャラクターにはもっとマイルドな形で表現する……?

 ――でもコボルトはいちおう人型モンスターだよね??


 ひょっとしてここはVR空間じゃないのか?

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