第3話 セーフティ・スポット

 バロラの話によればセーフティ・スポットはダンジョン内の数少ない安全地帯とのことだ。

 古代神だかなんだかの加護のおかげで魔物も湧かず、近くにいたとしても襲ってはこないらしい。

 何の神の加護かは伝承が古すぎてよく分からないと彼女は言う。


 古代遺跡然としていた深層とは違い、中層からは洞窟のような雰囲気になっていた。

 空気も少しじめっとしている……


 深層は壁や天井がうっすらと発光していたのか多少の明るさはあったが、中層の洞窟ダンジョンからは少し暗くなっており、目で見て全容を把握することは困難だった。

 一寸先の闇に魔物がひそんでいるかもしれないと思うと恐怖を覚え、鳥肌が立つ。


 セーフティ・スポットは洞窟の中にぽっかりと空いた少し開けたスペースになっており、奥には清廉な水が湧き出る泉があった。

 その泉の脇にはいくつかテントのようなものも見られる。


 バロラが言うには、それらは冒険者がわざわざテントを持ってこなくても良いようにと過去に冒険者の有志が設置していったもので、冒険者であればだれでも自由に使って良いらしい。

 世界中に存在するダンジョンのセーフティ・スポットにはそういった冒険者用の設備があれこれと置いてあるそうだ。


 今回は先客がいるらしく、テントの内の二つはすでに誰かが使用している。

 使用されている二つのテントの内の一つから男が出てきてバロラに声をかけた。


「やぁ、バロラ。こんな所で会うなんて奇遇だな」


 髭モジャで丸眼鏡をかけた中肉中背のその男はどうやらバロラの知人の冒険者のようだ。

 灰色のローブといかにも魔術師らしい黒い三角帽子をかぶっていることから彼も魔法系の職種と思われる。


「ええ、ヨハン。久しぶりね? これから深層に潜るところなの?」

「ああ、冒険者ギルドからの依頼でな。ちょっとやっかいなクエストなんだが深層に設置されている箱の封印を解いて、中にあるものを持ち帰ってきて欲しいってことらしい。『深層』で『封印』、しかも依頼主が『魔法協会』とあっては嫌な予感しかしないが報酬が報酬だからな」


 あれ、なんか僕が眠っていた箱のことを話してないか?

 もしかしてクエストの依頼がバッティングしてしまったとかなんだろうか……?

 ヨハンと呼ばれた男は僕の存在に気づいたらしく、こちらに一瞥してまたバロラに話しかける。


「そういや、お連れさんは新しいお弟子さんかい? いくら弟子だからってセフィラ級難関ダンジョンの深層にあんな軽装備でつれてきちゃ、まずいんじゃないの?」

「うーん、弟子という訳ではないんだけど……まあ、あえて言うなら『お宝』みたいなものかしら?」

「ヒュー! 私の大事な宝物ってか? あんたらそういう関係かい?」

「何言ってるのよ、ヨハン。あなたが思うような関係じゃないわ。お金の為よ、お金の為」


 ヨハンは「難関ダンジョンの深層にいかにも足手まといな軽装備のガキを連れてくるなんて不自然だ」とは思ったようだけど、深くは追及してこなかった。

 冒険者の間にはお互いの事情には首を突っ込まないといったルールでもあるのかもしれない。


 確かに「貴族のご令嬢を暗殺者の手から守れ!」みたいなクエストに相手が取り組んでいたら、「お前が連れているのは何者だ?」と深く追求すれば暗殺者と間違われて戦闘になるというようなこともありうるだろう。

 好奇心は猫をも殺すと言う。

 トラブルを避けたければ余計なことに首を突っ込まない方が賢い。


 ヨハンはひとしきりバロラを茶化した後、手持ちのポーションが心もとないから譲ってくれと交渉を始めた。


「バロラの作るポーションは市販のものよりも効果が良いからな」

 

 と言ってるところからすると、どうやらバロラは魔女に相応しく、ポーションなんかも自分で作れるようだ。


「そう言えば深層から戻ってくる途中に巨人族ギガントに遭遇したわ。討伐した際のドロップ品があったけど、私はこの子を連れてたし、ドロップ品が重たそうな棍棒だったからそのまま放置してきちゃった。迷宮遺物なら回収したら良い儲けになるかもよ?」

「本当か!? そいつはありがてえ! じゃあポーション代には情報提供料も上乗せしてちょっと色をつけて渡さないとな♪」


 ヨハンはよっぽど嬉しかったのか、ニマニマしながらちょっと多めにバロラにお金を支払ったようだ。

 バロラにしてもどうせ持ち帰れないアイテムの情報のおかげでポーションが高く売れたから嬉しそうだ。


 ヨハンは仲間に声をかけ、いそいそと出かける準備をし、仲間たちといっしょに深層へと向かっていった。

 余程機嫌が良かったのか、出がけには僕にまで愛想よく挨拶をしていった。


「じゃあ私たちもそろそろ休憩しましょうか?」


 とバロラに声をかけられ、余っているテントの内の一つに陣取る。


 バロラは火をおこす準備をしはじめ、石を積んで作った簡単な竈に薪を組み始めた。

 手持無沙汰だったので「何か手伝うことはないか?」と尋ねたら、水を汲んできて欲しいと言われ、コッヘルのような小ぶりの鍋を渡される。

 

 泉に水を汲みに行くと、それはダンジョンの深い層にあるというのに、とても綺麗な澄んだ水をしていた。

 確かにこの泉からは神秘的なものを感じる。

 これも古代神の加護によるものということなのだろうか……?


 水を汲んで帰るとバロラがすでに火をおこした後で、鍋はそのまま火にかけられた。


 バロラは自分の鞄からパンを取り出すと、それを切り分けてくれる。

 今度はチーズを取り出し、それを串に刺して火で炙った……


 三角形の形にしっかりと成型されていたオレンジ色のチーズは、火に炙られることでそのしっかりとした輪郭がゆるんで丸みを帯びてくる。

 炙られたチーズの香ばしい香りが鼻孔をくすぐると僕のお腹が「ぐぅーっ」と鳴った。


 仮想VR空間にも関わらず、お腹が空くのはちょっと不思議な感じがしたが、お腹が空いたものは仕方がない。

 バロラは炙ったチーズをパンに載せ、僕に手渡してくれた。

 僕はバロラにお礼を言い、渡された炙りチーズ載せパンを口に運ぶ。


 食べてみて思わず、唸ってしまった。

 僕が冷凍睡眠コールド・スリープに入る前のVRゲームでも頭にかぶせた「脳とコンピュータをブレイン・コンピュータつなぐ装置・インタフェース」の機能でなんとなく甘い、なんとなくしょっぱいみたいな感覚は感じられる位まで技術は進んできていたけど、この味ははるかにそれを凌駕している。


 パンの柔らかな食感、炙られたチーズの香ばしさ、芳醇なうまみとコクといった味わいはほとんど現実と遜色がない――あるいは普段味わっているパンよりも美味しく感じられるくらいのクオリティだ。

 僕が眠っている間にそれだけ技術が進んだということなのだろう……


 僕がパンの味に感心している間に鍋の湯も沸いたようで、バロラはそれを使ってお茶を淹れてくれた。

 鍋で煮だしたお茶は銅のような赤茶色い金属で造られたカップに注がれ、そこに更にハチミツが加えられる。


 お茶っぱと一緒に生姜も入れていたのか、仄かに生姜の良い香りも漂ってくる。

 そのさわやかで木のようなウッディな甘い香りは不気味な洞窟のような空間に晒され、緊張で凝り固まっていた僕の心を優しくほぐしてくれる。


 ハチミツ生姜入りのお茶を受け取り、それを口に入れるとまたも豊かな味わいが広がる。

 生姜の効果なのか身体もポカポカ温かく感じられ、味だけでなくそんなことまで再現できるようになったんだなと思うと感動するとともに、いったい自分が眠りについてから何年過ぎたんだと少し不安な気持ちになる。


 僕は出会った当初から気になっていることを思い切ってバロラに聞いてみることにした。

「ねえ、バロラ。ちょっと変な質問になっちゃかもしれないけど、一つ聞いても良い?」

「ええ、良いわよ」

「バロラってひょっとしてさ……」

「うん……?」

「僕のお姉ちゃんだったりする?」


「――――はぁ?」

 少しの沈黙の後、バロラの素っ頓狂な声がセーフティ・スポットにこだまする。

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