第54話 ユーリ×レティシア

 イリスの説教で兄ライティースが正座で3時間過ごしたのは昨晩の事。


 レティシアは厳重注意を受けた程度で済んでいる。姉イリスの般若が怖いのでイエスマンならぬイエスガールになっていた。

 淑女なんですからとか聖女なんですからとか言われて30分程度で介抱されていた。


 そして久しぶりの実家の自分の部屋。

 それほど経っていないのに随分と久しぶりな感覚を受けていた。


 「自分で着替え出来るから。」

 メイが担当メイドになってからというもの、他のメイドが直接レティシアに触れる機会は多くない。

 レティシアを着替えさせようとしていたメイドもかつては交代で業務を行っていた。

 ドレスを着用する時以外はほとんどがメイの担当となっていた。


 「成長しているか楽しみでしたのに。」

 聞いてはいけないものを聞いてしまったと思っていた。

 



 「それでは行ってくる。万一は想定したくはないが、いつ何があるかわからないのが世の中だ。」


 「父上、お気をつけて。」


 レオナルドは騎士100名を連れて屋敷を後にする。

 アトリエから取り寄せた各種ポーションも持って。


 「そんな顔をしない。」

 旦那が死地に赴くというのに一番気丈なのは夫人二人だった。

 沈んだ表情の子供達を励ましていた。


 


☆ ☆ ☆



 「おかえり。」

 ユーリの出迎えによってレティシアはアトリエに戻ってきた事を実感する。

 ベッドも調度品もカーテンも床も最近見慣れたものだった。

 若干ベッドのシーツには皺が残っていた。これは昨日家を出る前にはついていなかったはずとレティシアは記憶している。


 「ただいま。」

 その表情はいまいち晴れてはいない。その様子からも芳しくない事はユーリにも理解出来た。


 「無理しなくても良いんですよ。吐き出したい時は私が受け止めますから。」

 微笑んで両手を広げる。レティシアはきょとんとしていた。


 そしてその優しさに触れて一歩前に進んだ。

 頭をユーリの胸に押し付けて深く息を吸い込んで吐き出す。

 その息がユーリの胸を霞める。


 ユーリは胸に置かれたレティシアの頭を軽く撫でる。

 綺麗な銀髪をユーリのしなやかな手が流れるように何度も。


 「ところで……なんで私の部屋にいたのかしら?」

 体勢はそのままにレティシアは部屋に転移してきた時の疑問を口にする。


 「そろそろ帰ってくると思って。」

 ユーリは左手をレティシアの背中に這わせた。


 「なんで私のベッドのシーツに皺があるのかしら?」

 ユーリはレティシアを抱きしめたまま後ろに下がっていく。


 「それはね、シアの温もりを味わいたかったのと、私の温もりを残しておこうと思って。」 

 一歩、また一歩後ろに下がっていく。部屋の景色が少しずつ動いていった。


 「それに今もその温もりを感じてる。」

 重力に任せ、ユーリはそのまま身体を後ろに倒した。

 膝から折れるようにユーリはベッドに倒れ込み、レティシアはその上に重なるようにユーリの身体に収まった。

 二人の身長はあまり変わらない。ベッドに倒れ込むと、足の長さの都合でレティシアの体勢は苦しくなる。


 ユーリはレティシアを抱きしめたまま身体を180度反転させる。

 レティシアが下に、ユーリが上に折り重なる。


 「シア……無理しなくて良いんだよ。他の子には見せられないだろうけど、私には見せても良いんだよ。」

 ユーリは右手をレティシアの左頬に添える。

 

 「ユーリ……二人は私の回復でも目が覚めない。西方の師匠と戦ったみたい。何故敵対してたのかわからないけど……」

 ユーリは「うん。」と相槌を打ちながら話を聞いている。

 左手が押さえているシーツにはすでに皺が出来ている。

 ベッドドンなんて言葉はないけれど、身体の位置関係だけを見れば新しい〇〇ドンとなっている。


 「北の師匠も東の師匠も誰かに倒されたって。だからお父様が自ら出陣する事になったの。」

 だから今朝見送った。アトリエの者達もその様子に全くの無頓着ではいなかった。

 領主と兵士が出陣したのは流石に知っている。

 直ぐ隣でそれだけの人数が動けば気付かない方がおかしい。


 「多分北と東を倒したのも西方無敵師匠。アレこそが真の人外。人の環から外れた存在って師匠みたいな人を言うのよ。」


 「そんな師匠と戦うって……命賭けるに決まってる。無事でいてって気休めも良い所。分かっててお母さまたちも送り出してるのよ。」


 「大丈夫……なんて軽々しくは言えないけど、シア達が信じて待たないでどうするの。家族なら信じて送り出して信じて待たないと。」

 「シアのとんでもアイテムやポーションもあるんでしょ?私なんかが測れるものじゃないけどね。」


 かつて西方無敵の気に充てられてお漏らししてしまった事は忘れていない。

 あの化け物と相対する事は考えたくもなかった。

 近くの森の木は枯れ動物や魔物の死体も転がっていたという。

 


 「不安は拭えないよ……」

 レティシアの目からは涙が流れておりこめかみに向かって線が出来ていた。


 「れろっ」

 ユーリはその涙を舌で掬いとる。


 「ちょっ」

 

 「不安は吐き出せばいい。弱音は吐き出せば良い。私はシアの全てを受け止める。だから……」

 ちゅっとそのまま唇を重ねていく。

 レティシアは驚愕に目を開けたまま、眼前にユーリの顔があるのを確認する。

 もう何度目かわからない二人の接吻。


 十秒程経過すると、ユーリは顔を離していく。

 下唇から伸びた唾液は縦に伸びた橋となってレティシアに繋がっている。


 麗しい瞳のレティシアは、不安や心配から勇気や信頼に変わっていた。


 混じり合った涎の架け橋切れる前に、部屋をノックする音が二人の耳に入る。

 その音に気付いて顔を動かした時にあっさりと切れてしまう。

 ユーリは体勢を変えようと右手を一度離し、ベッドに下ろしたつもりがレティシアの左胸に重なる。


 ノックに対してレティシアが返事をすると、ねこみみメイドのメイが「失礼します。」と部屋に入って来る。


 「シアお嬢様、お客様です。アポイントはありませんでしたが随分と若い男性が……二人。」

 

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