第42話 乙女の戦闘服と言えば、メイド服か巫女装束という鉄板

 「久しぶりにクエストを受けたいと思います。」

 蜂蜜の件で実家に行った翌日、朝食を済ませたレティシアが開口一番言い放った。


 昨日ダンジョンに行っていたユーリが、帰りに寄ったギルドで近隣に盗賊が出現しているという張り紙を見たと報告していた。

 詳細としては商人や護衛、冒険者が盗賊に襲われ、荷等はほぼ全て簒奪され見目麗しい女性は連れ去られているとの事。

 数少ない生き残りの証言により、魔物ではく人間……盗賊に襲われ略奪された事が明らかとなっている。


 その盗賊団は山猫の文様が入った衣服を纏っていたり、旗を所持していたと証言している。


 フラベル領内にて盗賊騒ぎは数年振りの事なのである。

 脳筋と言われても否定出来ないフラベル家の領域で、盗賊行為はただの自殺行為でもあった。

 それはフラベル家の戦闘力は魔族をも恐怖させる。

 そんな一族に対して喧嘩を売る行為は国王に刃を向けるよりも恐ろしいものだという事を、悪党共も一定の理解をしていたのである。

 それでもひっそりと活動する盗賊は存在する。


 最後に確認された盗賊騒ぎは5年前。

 とあるC級女性冒険者5人組があるクエスト中に帰らぬ人となった。

 そのクエストは小さな商会の護衛任務。小さな商会なので護衛報酬が他の商会に比べ少ない事からこの5人以外に他の護衛は存在しなかった。


 彼女らはその護衛任務中に盗賊に襲われ帰らぬ人となった。

 商会の生き残りが命からがら街へと辿り着き、盗賊に襲われた事を伝える。


 それが5年前の盗賊団「山猫団」である。

 

 可愛い名前とは裏腹に、その残虐性は明らかだ。

 元々は他国にいた盗賊団でもあり、流れついたのが5年以上前だと言われていた。

 

 例の魔族との境の先にある山に根城があると噂されているが定かではない。

 誰も立ち入らないためだ。立ち入るのは森を通る必要があるため、強力な魔物との遭遇も懸念されるため、大規模な捜索や探索には向いていないため、調査も最低限にしかされてこなかった。


 男はほぼ皆殺し、積み荷もほぼ全て奪う、女は連れ去る。

 連れ去った女を使い潰すのも盗賊や山賊のお決まりだ。


 しかし山猫団は女を犯し、孕んだ女性の子を産ませている。

 中には生き残り次代の盗賊団の一員にしようとしているのかも知れないが、大人になった者は確認されていない。


 ゴブリンやオークのように、苗床にする事はもちろん、攫った女性自身や赤子の遺体は残った女性の近くに埋める。

 こうなりたくなければ、お前は死ぬまで相手をし、産めるだけ産め、役に立つようならそのまま団員にすると。


 山猫団の昔には、そうして生き残った子の何人かは団員として母親やその仲間と性行為をしていたとも言う。

 筆おろしが母親というのも業が深いが、生き残るには当然だったのかもしれない。

 女は生きるためにはひたすら抱かれなければならない。

 子の男は団員として行動しなければ、反逆として捉われるかもしれない。

 子の女は逆に幼少の頃から犯されていたとも。


 そんな山猫団の姿が今になって表に出てきたという事である。


 「こういう女の敵はさっさとこの世界からご退場願いたいと思います。大丈夫、ここで修行を積んだ貴女達なら、私が全力でバフも掛けます。」

 「だから魔物未満のこの盗賊団を殲滅する依頼を受けたいと考えておりますが、私に着いてきたいと思う人は……」


 「いや、全員かよっ」

 レティシアは突っ込んだ。


 「流石に工房を空けるのはよろしくありません。くじ引きで決めましょう。それとユーリは強制出撃です。副官的な意味で。」

 

 ユーリの他に選ばれたのは、アルテ、ユキ・チャン、エロフとオークのミーシャ・ガレフ夫妻、それと今朝こっそりやってきたユーフォリアとノルンとなった。


 「ユーフィ―いつの間に?」

 レティシアの視線の先にはSランク冒険者、ユーフォリアとノルンの姿があった。


 「今朝だよ。あの蜂蜜美味しいね、トリップしかけたよ。」


 「先程いらっしゃったのでトーストでお出ししました。」

 メイがしれっと答えた。


 トリップしかけたといいつつも、レティシアの回復なしに平常に戻っているのだからユーフォリアの忍耐力というか耐性は凄まじいものがある。

 

 「私は彼女がいなければ還ってこれなかったかもしれません。」



 「あうあうあ~。私おるすばん……」

 アルラウネのラウネは悲しそうな顔をしている。


 「そ、そんな目で見ないで。私が悪者になってしまう。」


 レティシアは目線を逸らせようと身体を捻らせる。


 「も、もうわかった。ラウネも連れて行くから。その代わり危険を感じたら逃げる事。その条件を呑めるなら連れて行くよ。」

 ラウネがにぱーっと笑って喜びの舞を踊っている。

 どこかの地方にあるアワオドリというが、レティシア達がその出路を知る事はない。


 「なんかもう本当の娘みたいだね。よっレティシアママ。シアママ!」

 ユーフォリアが茶化している。

 

 「じゃぁ受注してきますか。」







 森の少し奥に行った先に中規模の山がある。

 例のトレントが現れたあたりよりも大分北側に位置する。

 更に北に行くと、叔父たちの領に近いエリアとなる。

  

 父レナルドと叔父の領の中間地点の森から進んだ先にこの山はあった。


 仮にも森の奥に陣取るとされている山猫団。

 その実力は生半可な冒険者よりは強い事は明らかでもある。



 レティシア達はギルドが用意してくれた馬車で山に近い森の入り口へと案内される。

 レティシアのバフにより強化された馬が引いていったので、通常より早く到着する。

 一番近い町に馬車を預け、町のギルドに一度報告を入れる。

 これから山猫団退治に向かうと。


 「受注していただいたのは有難いですけど、領主さまの御令嬢が何かあってからでは……」

 

 最寄りの町、シンドラー町のギルド職員は反対を促した。

 

 「私もいるから大丈夫だよ。」

 ユーフォリアがSランクギルド証を見せる。


 「っそ、それはそうですが……って貴女様は……」

 ノルンを見たギルド職員が口をあんぐりとさせている。


 「もう受注しておりますし、破棄にしたら……」

 どうなるというのだろう。


 「王族も領主であるパパンも、何かあってもギルドに関与は致しません。まぁ何かあったらパパンは全勢力を以って、山を平地にしてしまうかもしれませんが。」

 それはそれでどうかと思われるが、最初からそうしてくれた方が確実に山猫団は殲滅出来るはず。

 もっとも地形が変わって生態系まで変わっても良ければ……だが。


 過剰な戦力は時としてただの爆弾でしかないという事である。






 宿屋に入り、小休止を入れる。

 ギルドの計らいで元々宿泊費用等は全面的にバックアップされていた。


 「心配そうな顔をしないで。下種な盗賊団なのは理解してるけれど、私達が負ける事はありえない。」

 「盗賊団が実は魔王でしたとか言うなら別だけど、ちょっと強いだけの人間が相手なら問題ないよ。」


 その自信はどこから?とユーリは言いたかったが、言葉を飲み込む。

 考えてみれば、今のユーリの装備はレティシアの加護がふんだんに盛り込まれたとんでも装備である。

 

 ラフィーが用意してくれた他の者の装備もそこまでの性能はないものの、一般の冒険者からすればとんでも装備となっている。


 ユーリの次に頑丈なのはラウネである。

 これは親バカに近い感じでレティシアが無理をした。

 当然自身の装備にもアホみたいな付与がされている。


 「ユーリ、着替え手伝ってもらえるかしら?」

 下着一丁になっているレティシアがユーリに頼み込む。



 「はぁはぁ……」

 少し危ない呼吸のユーリがレティシアの着替えを手伝う。


 「んっ、ちょっ。」

 ユーリの指先がレティシアのお胸の先等に態と触れている。


 試行錯誤しながら時に態と身体に触れながらユーリはレティシアの衣装を着せていく。



 「ところで……何で巫女装束?」

 全てを着終えたところでユーリが尋ねた。


 「何かの書物で読んだ覚えがあるのですが、メイド服や巫女装束は戦う乙女の戦闘服だと書いてありました。」


 「ラフィーに資料を渡して密かに作らせていたのが先日仕上がりましたからね。」


 「もう魔族と戦っても負けないだけの戦力に思えてきました。」

 ユーリの言葉もあながち間違ってはいない。

 レティシアの元には、一軍に匹敵するだけの過剰な戦力が集まっている。

 主にレティシアの加護や付与によるものが大きいのだけれど。


 「ねぇ、それはわかったんだけれど、その袖の中に仕込んだガントレットはナニ?」


 道中の魔物や盗賊達を殴る気満々のレティシアだった。



 この山猫団の存在が、後に大きな影響を与える事は誰も知らない。


 たかだか盗賊の存在が、人族にとっての大きな分岐点になる事など誰が予想出来ようか。

 ただ、その時はまだやってこない。あくまで分岐点となるというだけである。

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