第17話 最後尾はこちらではございません。
初日から3日間の開店時刻は午後1時から7時の6時間。
4日日目からは午前9時から午後8時の予定となっている。
勿論間に休憩を取り入れて一日の労働時間は7.75時間を超えないように決めている。
しかし従業員が少ないため、当面は9時間くらいは労働時間となる。
交代で休憩や休日を設けるためには人手が必要だ。
早々にパパンを頼るのもなと思っているレティシアは、人材をどうしようか悩む……頃には開店時間が迫っていた。
「ではシアお嬢様、開店時間となりますので扉を開けてきますね。」
ねこみみメイドのメイは扉を開けるために出入口へと向かって行く。
木製の風情ある扉の取手を掴んで引くと……
「ぬぁっ、ぬあんじゃこりゃぁあぁぁぁぁ。」
とても女の子が叫ぶ声ではない音声が店内に響いた。
それはもちろん先頭付近にいるお客様の耳にまで届いた。
「お、やっと開店か。待ってたよ。」
先頭にいたのは橙色した髪の少女、Sランク冒険者のユーフォリアだった。
それに続いて人、人、人……一体何人並んでるの?という程の長蛇の列が形成されていた。
「メイ、ハシタナイ声を出してどうしたのカシラぁぁぁあぁぁぁ。」
焼鳥でも注文してるのかという程の声をあげるレティシアが見たものは、二つのギルドくらいしかチラシを置いてないのにも関わらずこれだけの人が集まっている事に驚きしかなかった。
「ギルドにどれだけの冒険者がいると思ってるの。ポーションは足りてないんだから新規店舗がポーションを販売するとなればどんなものか見にきたくなるものでしょ。」
ユーフォリアの言う事ももっともだった。
薬師ギルドでも当然販売はしているのだが、あそこは専売意識が高いのか高すぎる傾向にある。
高ランク冒険者であればいいが、冒険者になりたての文無しでは1本買うことすら出来ない。
平均月収銀貨20枚未満の家庭では何かを犠牲にしなければ買おうとも思わないのである。
ちなみに薬師ギルドでの販売額は、体力回復と怪我を治す通常のポーションは銀貨1枚である。
素人が道具を一から揃えて販売するとなればそのくらい取らないとやっていけないのかもしれない。
しかしギルドであればそのような手法を取らなくても定期的に売れるはずであり、半値の銅貨50枚でも少し取り過ぎじゃない?という価格である。
ここ、シアのアトリエではそのポーションは銅貨10枚で販売予定なのだが、客はまだその値段を知らない。
価格破壊に近いうちに薬師ギルドと戦争になりそうな事は目に見えていた。
さらに言えば、薬師ギルドは独自の薬草菜園を持っている。
街の外に自生しているものもあるし、冒険者ギルドにそれらの採取クエストも常設してはいるのだが、薬師ギルドは自前で足りるし、他部門に卸したりもしている。
レティシアが価格破壊でポーション界を揺るがせても、薬草がなければ作れない。
しかしレティシアはこれまでの冒険で、腐る程薬草を空間収納に保管しているので困る事はないので、それはまた別の話にはなる。
通常は冒険者が採取してくるものを買うか、薬師ギルドから買うしか個人経営者はポーション作成をする事も出来ない。
「あ、ラッテ。このプラカードを持って、2列に並んで貰って20人くらいずつで列を区切って?そのそれぞれの一番後ろの人にこれを持ってもらって、間を少し開けて等間隔くらいに塊を作って欲しいの。」
「ハイ、わかりました。列整理ですね。」
そしてラッテは人込みへ消えた。
2列になってもらい大体20人くらいの所で一旦列を切り後ろの人にプラカードを持ってもらう。
もちろん混雑緩和のためと通行人の通る道確保のためだと説明をして。
文句を言う客はいなかった。それは先頭にユーフォリアの存在があったからというのもあった。
プラカードを持った人から離れる事5m程、次の人の列が始まる。
その列の先頭の人が、前の最後尾のプラカードを見ている。
【最後尾はこちらではございません。】
同じような列が3つ形成されていた。
本当の列の一番後ろの人が持つプラカードにはこう書かれていた。
【シ1AB シアのアトリエ エターナルオブシア 最後尾 只今約60分待ち】
店内には20人で一杯になる程ではないのだが、人同士のいざこざが少しでも起こらないようゆとりをもった人数制限を図っていた。
「へぇ、よく考えたね。それに出入口に急遽設置したそれは何?」
ねこみみメイドのメイが出入口(外側)に準備したのは無料ドリンク。
とは言っても冷水なのだが、中には氷が入っておりそれなりに冷えている。
横には紙カップを捨てるためのゴミ箱も設置してある。
外は文句を言いたくなる程の暑さではないけれど、人は待ってる時間で苛立ちを覚える事は多い。
その苛立ちを少しでも解消させたい狙いと、単純にサービスを良くする事でリピーターとなってもらったり、新規顧客への口利きになってもらったり出来ればという狙いだった。
本当は一人一人に配って行きたいところではあるのだが、そこは人手不足のために仕方がない。
帰る時に飲んで貰って少しでも疲れを癒して貰えればといった所だ。
もちろんその冷水もシアの魔法により産み出されたものなのだが、効能がどうなのかは誰も知らない。
知ろうとすることもない。
実の所、ちょっとした聖水になっているのだが……
聖女の聖水。
違う意味のものなら一部マニアに高額で売れる商品になるのにと、メイが頭の中で考えていたのかは定かではない。
「それでは、只今よりシアのアトリエ、エターナルオブシア。グランドオープンです。」
☆ ☆ ☆
最初のお客様がぞろぞろと店内に入店してくる。
他の客と肩がぶつかったりとかはなく、商品も現状は多くはないため喧嘩になる事もなく見てもらう事が出来ている。
「なぁ、この値段ってマジですか?」
通常ポーション瓶の下に書かれている値段を見て、ひとりのお客様より問いかけが入る。
「商品の下に貼られている価格表の通りです。ですのでマジです。」
「あのぅ、このピンク色のポーションて……」
説明書きも価格表と一緒に書いてあるのだけれど……きっと恥ずかしくて読み上げたくはなかったのだろう。
「書いてある通りです。性別問わず1時間えっちな気分になるポーションです。子供が欲しい家庭には2~3本あっても良いかも知れませんね。」
ちなみに開店3日限定半額セールもやっていたりする。
思いの外長蛇の列になっていたのはその効果も大きい。
人間、割引とか半額とか限定とかいうものに弱い。
このえっちな気分になるポーションが通常なら銀貨2枚のところが、3日間限定で銀貨1枚で購入する事が出来る。
「お気に入りの相手と夜の食事の後にでも服用すると、効果覿面だと思いますよ。ただし、悪だくみに使って問題が起きても当方では責任を負いかねます。」
ピンク色のポーションを、レティシアの妹と同じくらいの歳の女の子は2本手に取っていた。
「シア、大丈夫なのこれ。薬師ギルドと戦争になるかも知れないよ。」
ユーフォリアから忠告を受けた。
薬草はダンジョンで魔力濃度の濃いものをたくさん採取しているし、道具にしても父の知り合いから譲り受けている。
元値がほぼゼロなのだ。
それに今後継続していくとして、薬草がなくなる前に仕入れるくらいでちょうどいいと思っていた。
幸い庭が空いている。一部を薬草菜園にしても良いかとも考えていた。
いずれにしても人手不足以外はどうにかなってしまうレティシアであった。
その後も入れ代わり立ち代わり客足は変化していったものの、どうにか閉店の夜7時を迎える。
「お疲れさまでした。」
レティシアは本日働いてくれた3人へ労いの言葉を投げかける。
「「「お疲れさまでした。」」」
3人は続いて元気よく頭を下げた。
「何だかんだで一日フルで働かせて申し訳ありません。合間を見て軽めのご飯を食べる時間が出来たのが救いでしょうか。」
「確かに交代で昼食は取れましたし、これだけのお客様が来てくれた事に驚きでした。」
「私もあれだけ列整理で動いていたのに疲れた気がしません。」
「シアお嬢様、あの冷水ただの冷水じゃないですよね。聖女であるお嬢様の魔法で生成されたのですから、きっと何かしらの効果がありますよね?」
「あ、疲労回復、体力向上の効果がありますね。」
ユーリが今更のように鑑定し、その結果を報告する。
聖女の作る物が普通のはずがない。レティシア本人は自覚していないので猶更気付かない。
「え?そうなの?じゃぁ本日来てくださったお客様は元気になって帰られたという事かな?」
「流石シアお姉さまァ。そこに痺れる濡れちゃうゥ。」
ラッテはある意味平常運転であり、身体をくねくねとさせて悶えていた。
在庫はまだまだ空間収納に保管してあるため無理してまで追加で作る必要はない。
しかし来客からの声は今後生かしていかなければならないとも感じていた。
やはり人員が少なくどうしてもないがしろになってしまう事が多い。
レジ担当のレティシアとユーリは一番休んでいない。
初日くらい姉の手を借りても良かったのではないかと感じていた。
3日目で半額セールは終わる。
あと2日は初日並に忙しい事が予想される。
☆ ☆ ☆
2日目の開店前、5人が集合していた。
レティシアとユーリは動きやすい普段着、メイとラッテは……
「あなたが何故メイド服を着用してるのですか?」
メイは金髪ツインテールメイドとなっているラッテに向かって言った。
「給仕と言えばメイドさんですよ。メイさんを見ていて良いなと思ってましたし。それにこのメイド服、シアお姉さま作なのです。」
「「え゛……」」
それを聞いていたユーリとメイが同時に疑問の声をあげていた。
「ユーリ、ユーリには今後のための装備一式を作るから待ってて。天職のすっぴんを生かすイカレタ装備を。」
「あ、うん。待ってる。」
としか返せないユーリだった。
いずれ素材が足りない時がくる。その時にダンジョンに行ったりしなければならない。
その時のために装備を整えると言っているわけだ。
「もちろん店の服も作るよ。それにメイのメイド服だって私作なんだけど。」
「そうですね。正確には共同作業でしたけど。」
なんとなくダメージを受けているユーリ。
ラッテには既に作ってあり、メイとは共同で作っている。
自分だけまだ何もない。ショックを受けても仕方がない。
開店までの数日間に2着しか作れなかった。
これまで誰もツッコミを入れていないがここには5人目が存在している。
「で、貴女は何をしているんですか?」
声を掛けられたのはSランク冒険者のユーフォリアだった。
「だって昨日約束したじゃん。人手が足りないなら数日で良いなら働くよって。」
「私が明日からお願いって許可を出した。」
店長でもあるレティシアが決めたのだから全員納得した。
一人加わるだけでも皆の負担は減る。
あの指輪のせいというかおかげで身体の疲労はないに等しいのだが、精神的な問題もある。
空腹までは癒せないし、ユーフォリアの臨時店員は充分に助かる。
一度客として来店しているだけに、ある程度は状況も把握しているため即戦力としても期待出来る。
そして2日目が開店する。
☆ ☆ ☆
怒涛の3日が終わった日の夜、レティシアの元に使者が訪れる。
「レティシアお嬢様、至急屋敷にお戻りください。王家と公爵家の使者が昼に来たのですが……」
実家で執事をしている男が、疲れた息を整えるとレティシアに今すぐ実家に戻って来て欲しいと伝える。
その理由と共に。
「あ、うん。わかった。」
レティシアはその願いに即答する。なぜならば原因が自分に在る事が思いついたからだ。
「で、何で全員ついてくるの?」
振り返ったレティシアは後ろから付いてくる実家からの使者を含めた5人に向かって言った。
「それは、あの家と決着つけるからでしょう?一緒に居たものとして証言も必要かと思いますし。」
「お嬢様をコケにしたあの家の者達がorzするところを見るためですよ。」
「お姉さま方を追放したうろやけぬまの家をこの目で見るためです。」
「いや、そのマヌケヤロウの一行が、街の外のある一定の場所から街側に進めないというから私が呼ばれたのだけど?」
王家の使者が街に入る前、街道で途方に暮れている一団と遭遇した。
話を聞けばそこから街に向かおうとすると、見えない壁に阻まれて進む事が出来ないと言う。
実家からの使いにそのことを聞いて、思い当たる節のあるレティシアは即刻家に戻る事にしたのだ。
彼らが入るようにする事は簡単だった。
レティシアが先日張った結界内に入れるように、認識を改めれば良いだけの話。
しかしいきなりそれをしたのでは意味がないので、一度話し合いの場へと赴いてからにしようと考えていた。
実家に到着すると、身だしなみを整え広間へと向かう。
ノックをし、返答を待ってからレティシアが広間へ入ると錚々たる面々が彼女らを待っていた。
「パ……お父様。レティシア参りました。」
其処には、第一王子、第一王女、宰相、公爵家当主、父アルベルト、兄ライティース、姉イリスが座っていた。
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後書きです。
お店オープンしました。
詳細は省いて先に進みましたが。
パパンが送った書状がそれぞれに届き、即刻使者をフラベル家に向かわせて。
ようやく到着して話し合いをってところでユータの家の者だけが街に近付けない、どうしようという感じです。
悪態……があったというよりは、悪い印象を抱いていたために結界を張る際に弾く側に入れていたんですね。
それと、流石にラッテ達は広間には入りません。
この場がどのような場かを考えれば、無関係者は入るべきではないですから。
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