和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件

鉄鋼怪人

外伝・短編集

二〇二三年聖誕祭記念短編

「知ってますか?西方には聖誕祭っていうのがあるのですよ?」


 厨房にて、白い南蛮割烹着を着こんだ金髪翠眼の娘はそんな事を口にした。あっけらかんとした口調で、ニコニコと愛らしい表情で、微笑みながら。


「はぁ……」


 少年は、玲旺は主人の言葉にそう口にするしかなかった。


 橘商会奉公人たる玲旺にとって、それは主君に仕えて初めて迎える年の瀬であった……。







ーーーーーーーーーーーーー

 書物によれば古の西方において八面六臂の大活躍をした伝説的退魔の戦士であり、説法家でもある英雄的人物がいたという。


 紆余曲折の末、その戦士は死ぬ訳であるが、死後もその霊力(あるいは神力を宿していたとも伝わる)で奇跡を起こしたために後に神格化されその誕生日、即ち扶桑の暦で言えば師走の二四日に祝う慣習が生まれた……らしい。


「そうですね。けど……正直向こうでも今は唯の宴会ですとか御祭りみたいなものになってるそうですよ?まぁ、聖日が俗な縁日になるのは良くあるお話ですけれどね?」


 ペロリ、とかき混ぜた砂糖と牛乳の混合物を舐めて語る御嬢様であった。所謂生凝乳の製作中であった。


 身も蓋も、底すらない話ではあるが確かに言う通りである。それこそ扶桑における寺院での祭もそうだ。寺院内で老僧が行う厳かな儀式よりも出店で遊ぶ者がずっと多いし大多数の僧侶達もその方が稼げるのでそんな状況を黙認している。朝廷で日々行われる儀式も今では形式的な娯楽行事になっていると商会長様が呆れるように言っていた。


「結局、世の中お金と娯楽なんですよねー?ばんとさーかす!でしたか?……あの人が堕落して甘えてくれるならそれはそれで嬉しいですけれど」

「はい?」


 後半の発言は小声で、その不穏な雰囲気に玲旺は思わず首を傾げる。佳世はそんな奉公人の反応を見つめると、直ぐに普段の態度に戻って指示を出していく。


「さぁて、こんなものですかね?生地の方はどうですか?順調ですか?」

「え?えっと……はい!良く焼けています!」

「それは結構です!」


 竈の中で綿のように膨らむ甘い生地を見ての報告。上機嫌に佳世は頷いた。


 ……さて。そろそろ状況について説明する必要があるだろう。ここは北土が中心、白奥の街である。より正確に言えば白奥の街における橘商会の敷地であり館である。館の、厨房。調理室である。


 年末年始ともなれば流石に商会の取引業務は激減する。冬の厳しい北土であれば尚更に。北土の深く冷たい雪風は運送を著しく困難にして、住民の多くは街に村に、自宅に閉じ籠って囲炉裏を囲む。商人の多くは逃げる債務者からの借金の取り立てや一年の財務の決算、年越しの大掃除や祭事、歳暮に年賀の書状にとこれまた本業以外でも大忙しである。


 橘商家においてもそれは同様。商館の正面受付は確かに閑古鳥が鳴いている。その裏では商会の職員は此方彼方にと忙殺される。忙殺されていた。例年ならば。

 

 縁故の引き抜き人事で北土支店の幹部に任命された橘佳世は、しかしその手腕を存分に発揮した。業務の効率化、人員の再配置等々を推し進めた結果、他の豪商の店が目を回す程の忙しさに苦しめられる中で橘商会北土支店では業務の八割を既に終わらせており、多くの職員は餅代を受け取って悠々と休暇に里帰りにと洒落こんでいた。書類に身体が埋まる他店の者達からは殺されそうな視線で睨まれていた。


 日は師走の二三日。残る職員も少ない業務に暇をもて余す中、突如佳世はそれを始めた。


「聖誕祭って知っていますか?」


 冒頭と同じように、そんな事を言っていつの間にか仕入れていた食材で南蛮の祭事……に託つけた宴会の用意を行い始めていた。


 正月の御節を作るために手伝えないと商会の料理人達は語ったが、佳世は何処吹く風である。


「構いませんよ?」

「この食材は全部私のお金で仕入れましたから」

「貴方達は商会に雇われの身の上、そしてこれは商会運営上の業務ではありません」

「あくまでもこれは私的なお遊び。貴方達は自身の御仕事を優先して下さいな?」

「ここ、空いていませんよね?手出しも邪魔立ても無用です。貴方方の業務に支障はないでしょう?」


 そんな事を言って、利用されていない厨房の一角を確保した佳世は、一人で淡々と調理を開始した。流石に怪我をされる可能性があるので玲旺達等、幾人かの人員が御嬢様の我が儘に派遣された訳であるのだが……。


(……僕達、必要かなぁ?)


 まるで何度も練習したかのような小慣れた手捌きに、しかも仕込む料理が慣れない南蛮舶来風味故に、玲旺を筆頭として派遣された彼ら彼女らは介入の機会を完全に失っていた。


「御嬢様。何か慣れ過ぎでは?」

「お立場としてそうそう料理するような事はない筈だが……」

「夫人から仕込まれたのでは?恐らく先祖からの料理を受け継ぐ目的で教えられたのだろう」

「あぁ。成る程」


 手伝いに徴収された雑人女中らは語り合う。佳世の母は、非礼な言い方をすれば異人の血を引いた平民だ。己で料理する機会は幾らでもあっただろう。そして家で代々受け継ぐ調理法を教え込まれる可能性は、確かにあった。


 ……この場に使いで出ているお鶴がいれば淡々とその事を否定しただろう。少なくとも一昔前の佳世は己が尽くされる事は当然と受け入れても他人に尽くす事も、ましてや他人に食わせる飯を学ぶなんて性格ではなかった。


 実際、父から手作り料理をと猫撫で声でせがまれた時も面倒臭いの一点張りで袖にされていた。因みに父は泣いて妻に手作り料理を食べさせて貰っていた。鴛鴦夫婦である。


「さぁて、次はこれですね!」


 甘味の菓子作りも程々に、続いて佳世が披露するのは軍鶏であった。正確にはそれの毛皮を剥いて内臓をくり貫いたものだ。鶏の丸焼き……その主役の食材だ。


「因みに牝鶏です!」

「何故それを口に?」

「雄鶏に比べて牝鶏は臭いがキツくないそうですよ!」

「はぁ……」


 玲旺の何とも言えぬ反応を無視して、佳世は手際良く下処理を済ます。塩に胡椒、香草で良く揉みしだく。


「えーと穴は、穴は……よし、えい!!」


 鶏の両足を限界まで開脚して、内臓をくり貫いた穴を見つける。指、というより腕を股関部の穴に突っ込んで内部を広げる。周囲の者達は何となく下腹部がひゅんとなる。


「中の詰め物はー♪」


 事前に用意していたのだろう詰め物を佳世は鍋から掬った。炊き込みご飯……というよりも炒飯であった。胡椒と醍醐で味付けして、具材には鳥肝に韮、作茸、唐辛子、大蒜は刻んで潰した物をたっぷりと。


「あぁ、最後にこれを♪」


 そして妊婦みたいにパンパンに中に飯を詰め込んだ後、股関部に蘇を大量にぶちこんで、そして玉突きするように茹で玉子を捩じ込んだ。「中身が零れぬように、蓋代わりですよ?」と何故か聞いてもいないのに周囲に嘯いた。美味しそうではあるが何故か妙な感覚を感じた。


「ふーん♪ふーん♪ふーん♪」


 佳世はご機嫌に鼻歌を歌いながら穴を紐で塞ぐ。周囲に香草を混ぜたタレを塗る。熱した鉄板の上に鎮座させ、周囲には玉葱や人参で囲む。中身までじっくり焼くのだ。表面が焦げすぎないようにするために周囲の野菜から染み出る水分で補う。薫り付けの駄目押しでもある。


「二刻程でしょうか?子牛はどうですかね?」


 鶏の調理の後であるのでお湯と石鹸で手洗いしながら、佳世は手伝いの一人に確認する。事前に仕込んでいた炙牛肉、牛肉をじっくりと蒸し焼きにするそれは今回は態態雌の子牛を潰して調理していた。


 ……因みに先程の醍醐や蘇は親牛の乳で作っている。人の心とかないんか?


「中身がまだ赤いですが……宜しいので?」

「そういう御料理ですからね。問題はありませんよ」


 豚や鳥ならば兎も角、牛肉は多少生でも問題ない。寧ろそちらの方が佳世としては好みだった。


「あ、けどどうなんでしょうか?お馬さんの時は完全に生の方が……けど、お腹壊しませんかね?そもそも人肉って生でもいけるんでしょうか……」


 ブツブツと、急に聞き取れぬ程の小声で何事かを考え込む令嬢。周囲の者達の怪訝な視線に気づくと咳をして場を仕切り直す。


「牛肉はあとは余熱にしましょう。どうせ明日もう一回加熱しますし。聖油煮も此くらいで。……さて。竈からそろそろアレを出してしまいましょうか!」


 その指示に従って竈から取り出されるのは膨らんだ生地であった。海綿状の甘い薫りを放つ、ふっくらした黄色がかった生地……。


「これは……」

「じゃーん!蛋糕です。海綿蛋糕、すぽんじけーきと呼ぶそうですよ?」


 まるで自慢するかのような説明。型から引き抜いたふんわりとした塊を、海綿蛋糕を見せつける。焼けた海綿蛋糕は計四つ。小柄の物と大きな物が二つずつ。


「これで、完成でしょうか?」

「まさか!!これから生地に色々飾っていきますよ!!」


 そういって佳世は仰々しく懐から聖誕祭蛋糕の完成図を取り出すと皆に見せつける。


「これは……二つの蛋糕を合体させるので?」


 完成図は中々の代物だった。一方は生凝乳を塗りつけて、もう一方は溶かした朱古力を塗りつけて、桃や蜜柑を生地に挟み込み、上には苺をたっぷりと、其々に大型の生地に小型の生地を乗せて、それを半分に切って半分ずつ合体させるのだ。白と黒の共存。まるでそれは陰陽道の印にも見える……。


「他にも黒麒麟を象った可愛い落雁を乗せたり、朱古力板差し込んだり、金箔を豪勢に散らせたりもするつもりなんです。あぁ、余った材料とか半分残した蛋糕は皆さんに御馳走しますから……どうぞ頑張って下さいね?」


 最後の佳世の発言に皆がどよめいた。材料や調理法から見て、これは甘味の塊だ。甘味の暴力だ。甘味は何処までも人が求める暴力的な「味」であり、彼ら彼女らの立場では質の悪い砂糖や蜂蜜、果物で作られた甘味くらいしか楽しめない。


 翻って佳世の作る蛋糕はと言えば、全てが上質な甘味のみで構成されている代物。まさしく宝具である。それを、余り物とはいえくれてやるとは……皆の士気は一気に急上昇だ。皆が立場を忘れる程にはしゃぎ、騒ぐ。


「……物で釣れるなんて、本当単純ですね」


 喜びの歓声が冷め止まぬ中、誰にも聞こえぬ程の小声で南蛮の令嬢は囁いた。冷たい冷たい、女の声。


 人々を魅惑して操る、魔女の呟き……。


「……佳世様?」

「さぁさぁ、生地も冷めて来ましたし、そろそろ飾り立てていきましょうか!」


 少年の怪訝な眼差しに、貼り付けたような天真爛漫な笑みを浮かべて、令嬢は仕事を催促した……。






ーーーーーーーーーーーーーーー

 それは報酬であった。


『えぇ。そうよ。北の任務の帰りにね。運送の護衛費をケチるために彼の隊を代わりに』


 同志であり、先達であり、友であり、上司である少女からの、それが差し向けた式神からの、福音であった。


『貴女が提供した装備、中々良かったようね?見守っていたけど彼が誉めていたわよ?……だから教えてあげるわ。精々、上手く機会を活用しなさいな』


 北の地での妖退治。それを終えた鬼月家の下人衆の允職が、十名を越える部下と共に鬼月谷へと帰還する。その途上、丁度白奥にて鬼月家が調達した荷が人足達によって運搬される予定であり、護衛の外注による出費を避けるため、一族の財務担当は追加で彼らに命令を下した。


 即ち、白奥にて人足共と合流してその護衛を果たせ、と。予定が恙無く進むのならば、二四日に彼らは街に到着し、二五日明朝には出立する事になっていた。


 それは実に実に、幸運であった。橘佳世にとっての、聖夜の贈物……。


『それにしても本当にセコいわ。あの豚、よく彼をこき使ってくれるものよね?……闇討ちして丸焼きにやろうかしら?御姉様に罪を着せてやっても面白いわねぇ?どうせ焼くばかりした能がないでしょうしね』


 その物言いに、佳世は思わずコロコロと笑ってしまったものだ。商人としての感想と、女としての感想が相反していたからだ。同時にそれが共存している事に、佳世は己が生粋の商人であり、女でもあるのだと確信したものだった。


 何はともあれ、彼女にとってそれは最高の機会であったのだ。


 故に……。


「お嬢様、そろそろ御就寝のお時間でっ、えぇ!!?」

「あ、玲旺くん?……そう、もうそんな時間ですかぁ」


 室内に入室しながらの報告の途中で絶句する。玲旺に対して、その主君たる佳世は呑気に時計の針を、そして外の景色を見て呟いた。二重窓の向こう側は真っ暗な深夜、深々と静かに振る粉雪……彼は大丈夫だろうか?安い宿場では隙間風が吹いて室内も凍えると聞く。寒くは無いだろうか?


「あ、あの……お嬢様。その、その服装は……?」


 意識を扉に戻す。そろそろと、視線を逸らして気まずげに尋ねる玲旺。佳世はと言えば、そんな少年の初初しい態度に御姉さん染みて苦笑する。


「明日の宴会のための装束なんですけど……驚かせてしまったようですね?御免なさいね?」


 そういって佳世はけらけらと可愛らしく笑う。今の彼女は赤と白で彩られていた。南蛮におけるなまはげのような精霊を真似たとも、あるいは高僧を真似たとも伝わる伝統的な祭事衣装を着込んでいた。


 そう。祭事衣装だ。とは言え、見る者によってはそれは刺激的過ぎた。太腿が見える短い裳、其処から覗く二の足は酷く密着した肉襦袢。肌が見える事こそ阻止出来ているがその曲線描いた輪郭は生々しい程に丸見えだ。手袋をしている癖に細い腕は肘も晒されている。胸元の鈴は遠目には首輪にも見えたかも知れない。


 そして何よりも、天性ともいえる魔性の美貌と見慣れぬ装束の組み合わせが人生経験も女性経験も少ない少年には衝撃を与えていた。


 ……肉襦袢の下に下着を着込んでいないと知っていたら、間違いなく少年は卒倒していた。


「ええっと……その服装で、明日?」

「可愛いですか?」

「えっと、あの……お綺麗だと思います。本当に」


 照れながら、少年は答えた。


「ふふふ。それは良かったです。……あぁ。もう着替えますからお部屋からは出て下さいね?それとも……着替えさせてくれるのですか?」

「失礼します!!」


 佳世のからかうような発言に、今度こそ顔を真っ赤にして退室する少年。バタンと扉を閉じて、駆け足の音も聞こえた。


「くすくす。実に可愛らしいですね?」


 純情で生真面目で、そして御しやすい。佳世は美貌を綻ばせて、しかしその瞳は欠片も笑っていない。扉を見つめるのは商人らしい、全てを数字で見る冷徹な眼差しで……。


「なぁなぁ、これ貰っていいかね?」

「……既にお飲みになっていらっしゃるようですが?」

「じごしょーだくは大事だろ?」


 背後からの遠慮のない問い掛けに、佳世は微笑みながら振り向いた。同時に鼻孔を擽る酒精の香り……視界に映りこむ、僧侶のようで、山賊にも思える出で立ち。背中には錨を背負う、蒼い鬼の姿。


「ゴクゴク……おうおう、これは中々。うんうん。いいねぇ。この渋み!この深み!こりゃあこの肉とも合う合う!!」


 呑気に味の感想を述べながら、鬼は当然の面で机の上で特上品の赤葡萄酒をらっぱ飲みしていた。結構度数が高い筈なのだが既に半分程無くなっていた。というか摘まみに作り置きしていた炙牛肉の塊があった。瓶ごとごくりと一口飲めば、続いて肉塊に爪を振るって薄切りし一口でパクり。その繰り返し……。


「お味が宜しいようで幸いです。葡萄酒は温めて熱燗にしても良いですよ?」

「何、だと?……棚からよ、もう一本貰っていい?」

「構いませんよ?白いのもありますのでそちらも持って行って下さいまし」


 厚かまし過ぎる程に厚かましい台詞に賑やかに佳世は応じる。


 酒も肉も、この鬼のために用意していた代物ではなかったが佳世は憤慨しない。正確には感情を表には出さない。暴力ではこの怪物には絶対に勝てない事を知っていた。そして、この鬼を宥めるのに数本の酒と牛肉で済むのは寧ろ安上がりだった。というか其くらい事前に想定済みなので多めに用意していた程だ。


 何よりも、こいつが此処にいるという事の意味を佳世は理解していて……。


「……予定よりもお早いお着きでしたね?」

「宿場街の近くで妖が出たみたいでな?」


 宿場街側の要請もあって、被害が出る前にと追跡と討伐を行っていたらしい。結果、宿場街に戻るよりも白奥の街に直進した方が早いとなったという。


「そうですか……」

「因みにお一人様だぜ?」

「……どういう事です?」

「宿場の方がごねてなぁ」


 その場面を思い出して、ゲラゲラ嗤う鬼。討伐を要求して、その癖軍団兵の援軍が来るまでの警備も置いて欲しいとの要求。結果として、その場にいた一番の手練れが一人で中妖と推定される妖を追い立てて、残りは軍団が到着するまで現地残留となったそうだ。


「それは……」

「おおっと。待て待て。傑作なのはここからさ。デカい熊みたいな兎を仕止めたのはいいんだがな?セコい事に漁夫の利狙って次に出てきたのは蜥蜴でなぁ!!」


 正確には鎧染みた外殻を有する鎧蜥蜴……外面だけならば竜の亜種にも見える怪物相手に吹雪の中で突っ込みを叫び、悲鳴を上げながら死闘を演じて、泥沼の取っ組み合いの泥試合。最後は崖から突き落として谷底の石柱で串刺しに……そんな経緯に佳世は眉を潜めて軽蔑し、驚愕に目を見開き、最後には口元はみるみると喜悦に歪める。


「……そうですか。そう。へぇ、へぇ。そうなのですかぁ」


 全てに合点がいって、納得して、あの人らしいと思った。彼の事だ。強行軍で此処に来たとなればその理由はおおよそ予想出来る。馬と、物資と、伝令を用意しなければ。妖の骸の処理屋も。彼がそれを望むだろうから。


 ……それこそ、己の手当や暖よりも。


「慌てん坊の……という訳でもありませんかね?」


 壁掛けの南蛮時計が鳴る。日付の変更。今は二四日だ。聖誕祭前夜祭……己に取っては何よりも素敵な贈り物だろう。


「来ましたか」


 そして乙女は、最愛の人がやって来たのを察する。窓からは人の気配。会話の声。若干荒々しい。恐らくは警備の用心棒との。面会の要請か、あるいは屋敷に上がる事自体止められているのだろうか?


 何にせよ、選択は決まった。佳世はスタスタと歩むと閉じていた扉を勢い良く開いた。


「お、お嬢様!?そのお格好は……!?」

「その話は後で。それよりも、鬼月からの御客様がいらっしゃいます。大分凍えているでしょう。丁重に応接間まで案内して下さい。暖炉はうんと燃やして暖めて。こんな事で薪をケチっては駄目ですよ?商会の沽券に関わります」


 突然とんちんかんな格好で廊下から出て来た会長令嬢に驚く女中。佳世は驚愕するそんな女中にテキパキと命令を下していく。


「風呂と、食事の御用意も。……仕方ありません。明日の宴会の料理を幾分か回しましょう。良く良く温めて……葡萄酒も度数が高めの物を熱燗にして下さい。分かりましたね?」


 通りががかった雑人向けて更なる指示。そして己の口元を指で押す。押して、整える。精一杯、純情で愛らしい乙女の表情を整える。


 玄関扉の前に立った。扉の向こうでは足音がした。足音が近付いて来た。胸が高まる。己の姿を見て、彼がどんな反応をするのか楽しみで楽しみで、仕方なかった。乙女心がざわつき小踊りする。


「……そうそう。馬と人の用意も御願いしますね?雪の中で出すんです。手当ては弾むと伝えて下さいね?」


 最後に思い出したように付け加えて命令する。雑な仕事をされては敵わないから。


「ふふふっ!」


 そして、数瞬置いて、扉が勢い良く開かれた。南蛮娘は、心からの純な笑顔でそれを出迎えた。


「めりぃー、くりすまぁーす!!」


 呆気に取られる最愛の人向けて、佳世は両手を大袈裟に広げながら、聖誕の性日を祝う合図を高らかに謳うのだった。

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