第九二話

一般論として、価値観というものは辺境になる程に、外部との交流が少ない程に保守的なものになるとされている。


 当然と言えば当然の話である。人口が希薄で外部刺激に乏しく、生活がルーチン化、固定化されている所謂「地方」において価値観が積極的に変化する要因はそう多くはない。


 そして良くある若者が田舎の因習や古臭い価値観を疎むという思考自体、外部に自分達とは全く違う文化があると意識しない限りそうそうに芽生えるものではなかった。人というものは良くも悪くも視野は広くない。己の知るものでしか世界を計れない。その世界を断片的ですら知らなければ今置かれた社会に疑念を持つ事はおろか、反発のしようもない。


 その為に価値観や流行の変化というものは多くの場合外部との交流が盛んな都市部から地方に拡散する事例が圧倒的に多いのだ。


 ………故に、今俺達が置かれた立場もまた必然と言えば必然の帰結であった。


「さっさと失せるのじゃ、穢らわしい余所者めがっ!!この村に足を踏み入れた瞬間に八つ裂きにするぞ!!」


 柵の向こう側で相対するは鍬に鎌、薙刀に弓矢を構えた男達。その誰も彼もが明確に殺気立ち、同時に恐れを抱いて此方を睨み付けていた。そしてその人垣から現れた老人は俺達に向けて尊大にかつ侮蔑するように宣言する。あからさまに敵対的な反応……それが新柿村で俺達の受けた応対であった。


「………」


 俺は傍らの入鹿を見る。呆れたように肩を竦められた。俺もそれに倣う。最初は動揺したが、良く考えれば可笑しくもなかったし、何度も同じような場面に出会せば好い加減慣れても来るものだった。


 なまはげの捜索を続ける傍らで通り掛かった付近の村でこのような対応をされるのは今回が初めてではなかった。寧ろ笑ってしまう位にワンパターンな反応だらけだったのが滑稽ですらあった。


(まぁ、この面子だからなぁ)


 黒装束の面付き黒馬添え、狡猾な事で知られる妖狐系の半妖の少女に、蝦夷風の趣のある狼人である。しかも武装済み、ある意味役満であった。外部との接触なぞたまに来る行商人か年貢取り立ての郡の小役人くらいであろうド田舎の村民からすれば警戒心MAXになるのは必然であろう。警戒しない方が有り得ない。


 とは言え、此方も形だけでも仕事はせねばならぬ訳で………。


「それは結構。あくまでも我々は郡司と主家の任に基づいて警告に参っただけの事です」

「警告、だと……?」


 取り敢えず、郡司からがめて受け取った手形を見せて俺は宣言する。手形の効果もあってか、僅かに此方の言葉に耳を傾ける村長。尤も、その表情は未だ疑念と猜疑心に満ちているが。……まぁ、態態郡司や退魔士家がこんな面子を使者に出すのも不自然だからなぁ。


「はい。……此方の村にて、なまはげの来訪に備えた準備は如何程でしょうか?」

「ふん、そのような事貴様らのような何処の馬の骨とも知れぬ輩に教える義理なぞないわ!!」


 若干の動揺の後、しかし此方の問い掛けにそう言い捨てるのは完全に想定内の事だった。そうだね、準備なんて殆どしてないよね。


「それは結構。我々はなまはげ対策のためにこの一帯を回っております。その片手間にこのように警告のために訪れた次第。時期が時期です、某か異常がないか念入りに警戒を御願い致します」

「言われる迄もないわ。尤も、実際に村にその化物が訪れた事なぞ、儂が知る限り一度もないがな」


 俺の警告に、しかし村長は鼻で笑い小馬鹿にする。見た所六十行くか行かないか。恐らくは物心ついた頃にはもう村での避難の慣例は空文化していた事であろう。危機感の欠片もなければ、此方の警告なんて次の日には忘れてそうだ。二百年も適当にしていても損害皆無ならばさもありなんである。


(しかも、村がやられた事も、なまはげが所在不明なのも口に出来ないからな………)


 郡司が印籠をたかが下人に貸し出す条件として提示したのが守秘義務である。表向きは朝廷の権威を保つために、物資の準備やなまはげの発見が成る前に要らぬ騒ぎを起こさぬためにとの事であるが、その実際の理由は言うまでもない。御丁寧に呪い付きで、立ち会いには紫が関わった。


(あぁ、嫌な魂胆が見えて来たぞ………)


 入鹿達の随行に郡司達が賛同したのは、村人達の反応も狙いだったのかも知れない。


 形だけでも警告はした、しかし村人が動かなかった……そういう体裁を整えるためにこの怪しい面子で揃えた可能性もある。成る程、警告する連中が怪しければ従う奴もいないか。俺もこの件に関しては他人の事は言えないが、随分と性格の悪い事だ


「おい、そろそろ行こうぜ?」

「ん?あぁ。そうだな。では、御連絡は致しましたよ?……我々は任があるので此れにて失礼を」


 入鹿の呼び掛けに応じて、俺は村長に一礼すると青毛馬を引いて退散する。入鹿と白も同様だ。一方で、村人達は俺達が見えなくなるまで殺気立ったままに農具や武器を構え続ける………。


「どう思う?最悪村付近を警戒してくれれば多少は助かる目処もありそうだが………」


 シナリオ通りならば、順番的に此処が次の標的になる筈だ。尤も、イベントが一週間近く前倒しになっている以上断言は出来ないが………。


「さてな。あの体たらくだとな。……俺達の事警戒して見張りを立てる事はあるかもな」

「あぁ、それはありそうだな」


 入鹿の不本意な指摘に、しかし俺は思わず同意してしまった。恐らくは郡司殿は其処まで計算してはいないだろうが……だとすればそれはそれで好都合ではあるな。愉快ではないが。


「それはそうと、どうするんだ?ここから」

「あぁ。此処から北に続く街道を通れば山間の盆地にまで出る。取り敢えずは其処の村三つに対して警告と周辺の探索だな」


 地図を広げて、俺は入鹿に説明する。具体的には一帯を山岳地帯に囲まれている関根、門囲、鹿河の三村の事である。土地は限られるが水利は良く、その点では比較的米作に向いている。人口は三村合わせて凡そ八百人余り、そして………原作シナリオにおいて、主人公様がヤラかした村々でもある。


 正確に言えばなまはげ監視任務の終盤において、なまはげの次の目標になるのが発覚し、避難か見捨てるか、あるいは守るかを選択する必要を迫られるのがこの三村であった。その結果は以前語った通りである。


(原作よりも早目に警告した所で、何処まで変わるか怪しいものではあるが………)


 結果を想像するだけで溜め息が出そうだった。というか出た。深く息を吐いて、身体が気だるくなる。


「と、伴部さん………大丈夫ですか?」


 そんな俺の態度を見てか、栗毛馬を引く白が不安そうに問い掛ける。


「ん?……いや、問題はないさ」

「ですけど……疲れてませんか?昨日は吹雪が強かったですし、何処かで休憩でも………」


 白が指摘するのは昨日の夜の事だ。日焼山に設けられた山小屋で一晩過ごしたが、その夜はなまはげ捜索のために出立してから一番吹雪が強かった。


 元々俺と入鹿で交替で起きて監視をする手筈であったが、特に昨日は人面犬と出会した事もあって一際神経を集中させての警戒を必要とした。群れがあれだけとの確証は無かった。何度か寝泊まりした小屋の周囲を見回った。当然ながら凍え死にそうな程に寒かった。


 尤も、その程度でへたれる程に俺も柔ではないが。


「なぁに。気にするな。少し村の対応が同じ過ぎてうんざりしただけさ。全く芸がねぇよな?もう少し捻った答えでもしてくれたら良いのによ」

「え、えっと。それは………」


 俺が冗談めかして宣えば、白も何とも言えぬ表情を浮かべた。否定はしないという事は白も同じような事は思っていたようだ。


「けけけ、そうお利口さん振るなよな?狐っ子、お前さんだって毎度毎度あんな視線向けられたら腹が立つだろう?随分と好奇な視線向けられてたじゃねぇかよ?」

「なっ、入鹿さん!横から何を………!!」

「好奇?何だそれは?」


 横槍入れて会話に割り込んで来た入鹿の言に、白は慌てて反発する。尤も、俺はと言えばその発言に疑念を持って首を傾げた。


「えっと、そ……それは………」

「考えても見ろよ。こいつは餓鬼とは言え妖狐だぜ?それに服だって白丁だが小綺麗じゃねぇかよ?」

「それは……あぁ。そういう事か」


 一種の特性と言うべきなのだろう。妖狐という存在は牡も牝も人間変化した姿は人間を惑わし貶めるためもあってか美男美女であり、それは半妖としての狐人もまた同様だ。


 大陸王朝や朝廷において、帝や大臣を色仕掛けで惑わし、篭絡し、堕落させる存在として物語どころか史実ですら定番である事を思えば、村人らが蔑みと共に好奇の視線を向けるのは不思議ではなかった。


 確かに白若丸程にあからさまではないにしろ確かに白も幼い外見の癖して男をたぶらかすような妖艶な雰囲気を垣間見せる瞬間があった。……流石に俺は見慣れてしまったが。


「いやはや、流石妖狐様だねぇ。確か大陸でヤラかした狐は視線と声だけでお偉いさん方を骨抜きにして見せたんだろう?油断も隙もねぇな」

「か、揶揄わないで下さいよ!?わ、私は別にそんな事意識してませんよ!!?それに言霊術だって使えませんし!!」


 顔を赤くして反論する白。まぁ、彼女からすれば洒落にならぬ嫌疑だろう。入鹿は知らないだろうが、元が悪逆非道な凶妖の魂の一部である事もあって本人からすれば必死に否定しなければならぬ事態に違いなかった。


「ほぅ?意識せずに連中を誑かしたんだな?流石妖狐様だぜ。畏れ入ったものだな」

「おい、入鹿。余り揶揄うのはよせ。……白、気にするなよ?こいつが宣う事だ、戯れ事として受け流しておけ」

「ううぅ………」


 トラブルになる前に俺は入鹿を叱責して、白を慰める。若干涙目になって此方を見やる白。俺も止めるのが少し遅かったかな?


「おいおい泣くなよ。入鹿も本気じゃないさ」

「で、ですけどぅ………」


 目を潤ませて、頬を赤くして半べそをかく白。これは困ったな。俺と入鹿からすれば悪ふざけでも本人は随分と傷ついたようだ。失敗したな。


「わ、私……確かに昔は、けど……けどぅ………!」


 感極まってかてくてく此方に駆け寄ると共に足に抱き着く半妖狐。そのまま泣き腫らした表情で怯えたように此方を見上げる。


「ううぅ……伴部さぁん………!!」


 ……見た者の心を揺さぶる幼い美貌で此方を見上げる。


「………っ!?」


 面を被っていて正解だった。思わず引きつった自身の表情を見せずに済んだから。多分俺の表情を見せたらショックを受けた事であろう。


「………いやいや。やっぱり妖狐だぞ、お前さん」


 傍らで白の表情を覗いた入鹿が引きつった笑みを浮かべながら小さく呟いた。残念ながら俺も同意であった。


「ふぇ?」

「んっ、あー。そうだな。何だ、何と言うべきか。えっと……『( ´・∀・`)ネェゴハンー!!』喧しいわっ!!」


 何を言うべきか動揺していた俺は、しかし途中から当然のように脳内に語り掛けて来た糞蜘蛛に突っ込みを入れる。突然の反応に思わずビクリと驚く白。


「えっと、何が……」

「ちぃ。あー、もう!持ち上げるぞ!!」

「え?わっ………!?」


 驚いて唖然とする白。直後に冷静になった俺は勢いに身を任せるように眼前の少女の、その両脇を掬うようにして持ち上げる。そのまま一気に栗毛馬の背に乗せる。


「えっとだな、あれだ。取り敢えず周囲の警戒を頼むぞ?……詰まらん事を余り深く考えるな。お前との付き合いも長いんだ、こんな新参者の冗談一つで慌てるようなものじゃないだろう?」


 そしてそのまま何事もないように俺はそう宣った。しかし、嘘ではない。俺だって一応この半妖狐についてはその過程もあって原作の同性同名のキャラに比べれば信頼しているのだ。


 ………いや、単に自身が動揺していたのを誤魔化したのも事実だけどな?


「えっと……あの………」

「ほれ!しゃきっとしろよ!!折角馬乗ってんだ、自分の仕事をしやがれ!」

「ひゃ、ひゃい……!!」


 尚も困惑する白の、その背中をパンと叩いて入鹿が命じれば白はピン!と背筋を伸ばして周囲をキョロキョロと見渡し始めた。ついでに言えば狐耳と狐尾もシャキッと伸びる。そしてそのまま俺の耳元で入鹿は囁く。


「へへへ。こりゃあ貸しだからな?」


 等とドヤ顔の我が物顔で宣う入鹿であった。……まぁ、あれだな。うん。


「いや、そもそも発端はてめぇだろうが!!?」


 取り敢えず入鹿の頭頂部にチョップを叩き込みながら俺は言い捨てていた………。








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 正午過ぎに稗田郡に疎らに吹き始めた雪は、夕暮れ近くには吹雪となっていた。そしてそれは刻一刻と激しさを増し始める。


「こん畜生め!……此は少し不味いな!!」


 直上に飛ばして視界共有した式神も、厚い雲と吹き荒れる雪によって殆ど視界を閉ざされていた。手元の方位磁石だけが進路を指し示してくれる希望だった。


「白!大丈夫かっ!?」

「は、はい!!私は馬に乗っているので……入鹿さんは!?」

「生憎と、まだくたばっちゃあいねぇよ……!!」


 先導する俺が背後に振り向いて同行者達に向けて叫べば、藁や毛皮の防寒具を着込んだ二人が大声で答える。ブリザードとでも言いたくなって来たこの雪嵐である。油断したら皆互いの姿を見失いかねなかった。


「よし、全員縄を離すなよ!?白、難しいだろうが周囲の警戒頼むぞ!?俺の五感じゃあもう何が何だか分からん!!入鹿もだ、少しでも違和感があったら言え!!」

「わ、分かりました……!!」

「おうよ!!」


 この吹雪の中、仮に妖共が迫って来ても寸前まで俺では気づけないだろう。二人に頼る他なかった。行進の再開、しかし幾ら歩いても中々目的地は見出だせない。


「寒ぃな、畜生!なぁ、目的地はまだなのかよ……!?」

「もう直ぐ其処の筈なんだがな……!!糞、何処なんだ……!?」


 目と鼻の先すらも判然としない視界、俺は必死に目を細めて前方を見据える。このまま全員凍死は洒落にならない。野宿用の天幕はあるがこの吹雪の中で設置するのも何れだけ時間が掛かるか知れぬし、それ以前に天幕そのものが吹き飛ばされかねなかった。そも、天幕の中で火事になりかねないので火は使えない。


「ちぃ!?おい、キツイのが来るぞ!気をつけろ!!」


 入鹿がその鋭敏な五感で以て感知したそれに対して警告を叫ぶ。しかし若干遅かった。


「え?ふひゃあっ……!?」

「なっ!?糞……!!」


 直後に一際荒々しい突風が吹き上げると、白の着込んでいた防寒具が勢い良く吹き飛ばされた。俺は空に舞い上がる防寒具を慌てて掴もうとするが遅い。あっという間に流されて、吹雪の中で見えなくなってしまった。


「おい!白狐、何馬鹿な事してくれてやがるんだ!?ちゃんと結んでなかったのかよ!?」

「ひ、ご……ご免なさい!!」


 突然の、しかしこの状況下では余りにも致命的な事態に入鹿は昼前の冗談を口にしていたとは思えぬ程に激しい剣幕で白を怒鳴り付ける。尤も、事は生死に関わる案件である。ある意味当然の反応であった。白もまた、それを理解しているのだろう、己の失敗に萎縮するように顔を青くして、怯えながら謝罪する。


「怒るのは後で良い!!ちっ、俺の上着をやる。取り敢えずはこいつで凌げ!!」


 その会話に割り込んだ俺は自身の着込む上着を飛ばされないように注意しながら脱いで、白に着込ませる。流されないように紐をしっかりと、固く結ぶ。


「と、伴部さん何を……!?」

「おい、やらかしたのはそいつの自己責任だぞ!?てめぇ、凍え死にするつもりかよ?」


 俺の行動に白が困惑し、続いて入鹿が詰って糾弾する。確かに防寒具を失ったのは白自身の失敗であり、この吹雪の中で他人に着込んでいた上着を与えるのは愚かな行いであったのは否定出来ない。しかし………。


「こいつは、姫様からの預り物だからな。死なせる訳には行かないだろ。それに………餓鬼が失敗するのは良くある事だ」


 俺は激怒する入鹿を宥める。生きるか死ぬかの経験を幾度も経験したであろう入鹿の怒りは俺も良く理解していた。しかしこの局面で感情を剥き出しにしても時間と体力の無駄であるのも事実だった。入鹿もそれを分かっているのだろう、俺の言葉に反論はしない。ただ一言「俺のはやらねぇからな」と念押しするように言い捨てた。


「あ、あの……」

「次は飛ばすんじゃねぇぞ、代わりはねぇからな」


 恐縮しながら何か言いたげな白に対して、だが俺は荒く頭を撫でてそう命じると隊列の先頭に戻った。彼是と悠長に話す余裕は無かった。……俺も寒いんじゃ。


(さて、恰好つけたのは良いものの……流石にきついな!!)


 寒さに口元を震わせながら俺は正面を見据えて歩みを再開する。……内心焦燥しながら。霊力持ちは下人程度の三下でも常人よりも身体は頑丈ではあるが万能からは程遠い。凍死する前に件の目的地に辿り着きたかった。というか着けなかったら死ぬ。


 ……幸いにして目的の場所を見出したのは上着を手放してからそれ程経ての事ではなかった。


「あれは……」


 俺は吹雪の中でその影を視界に収める。石造りの楼閣の影を……そしてその楼閣の看板に墨で記された文字を読み取った俺は乾燥した唇を一舐めしてから緩める。


「よし、あれだ!あそこだ!すぐ其処だぞ、頑張れ!!」


 青毛馬の手綱を、そして遭難防止用の縄を引いて俺は白と入鹿に向けて振り向きながら大声で叫ぶ。そして再び正面を向くと再度楼閣を一瞥する。


 楼閣の看板には以下のように記されていた。『稗田郡作井駅』と………。











 何度か触れたがこの世界において人神妖の区別なく、何よりも大事なのは霊脈である。


 霊脈の恩恵ある土地はあらゆる意味で豊かであり、多くの人口を養うのに適した環境を提供してくれる。そして朝廷の実質的な支配域の大半は各地の霊脈とそれらを結ぶ街道から形成されている。央土以外の土地はその実態として点と線による支配なのだ。


 そして街道の治安を維持と管理を行うのが関所や宿場街と言った施設である。ゲーム内ではアイテムの購入や休憩(セーブ)等が出来る拠点群……その中で最も機能が小さく、最も多く扶桑国内に設けられているのが『駅』であった


 荒木岳の麓に設けられている駅の一つ、作井駅は稗田郡に設けられている十二の駅の一つである。事務を司る官吏二名に街道を警備する軍団兵一五名が駐屯、各種雑用のために雑人二名を雇用し、警備と伝令用に馬を十頭飼育している……というのが郡の帳簿上の記録である。


 元々そのような機能を有している事もあり、郡北部に向かう中で宿泊を予定していたその駅に、俺達は吹雪に悪戦苦闘……特に俺は身体を震わせて……しつつも漸く辿り着いた。


 ……残念ながら安らぐのは難しそうであったが。  


「………!?」


 最初にそれに気付けたのは駅の門前に設けられていた地蔵の首が無くなっていたためであった。


 駅を妖の脅威から遠ざけるための魔除けの結界。その要が破壊されている事、その意味を理解出来ぬ程にこの場にいた者は俺含めて無知でも無学でもなかった。


「こ、これって………」

「おいおい、嫌な予感しかしねぇな。えぇ?」


 首無し地蔵を暫し注視していた俺は背後からの呼び掛けに振り返る。緊張しながら此方を射抜く視線………。


「………中を調べる。暫く此処で待機してくれ」


 肩や頭に被さった雪を払った俺は二人に命じる。命じながら俺は腰元の短刀を確認し、手車を確認する。そして門を潜ろうとして……肩を掴まれる。


「……何の真似だ?」

「阿呆かよ。一人で行く気か?」


 俺の問いに詰るように入鹿は宣う。


「この前の村の時は素直に待ったじゃねぇかよ」

「そん時とは状況が違うだろ。あの時はいざとなればお前置いて逃げれたがよ。この吹雪の中で当てもなく逃げても遭難するだろうが?」


 クイッ、と親指で背後の猛吹雪を指して指摘する蝦夷。


「……最悪、出くわすのは凶妖だぞ?」

「郷の時と同じだな」

「お前なぁ……」


 呑気に嘯く入鹿に面の下で俺は呆れる。同じ凶妖でも今回は複数の退魔士が束になって返り討ちにされた神格持ちだ。幾ら同じ凶妖でもあの時は二体、その他舎弟共がわらわらいたとしても危険度は全く……いや、あの時の危険度も大概だったわ。毎度の事ながら良く俺生き残ったよ『(o≧▽≦)ノワタシノオカゲヨ、パパ!!』黙らんかい。


「だがな……」

「そ、その!!わ、私も行きます……!!」


 入鹿の提案に難色を示していると、同調するように白も同行を申し出て来た。此方に駆け寄って腕の袖を掴んで来る。これは……。


「おい、他人の話を聞いてないのか?中がどうなっているのか分からないんだぞ?」

「す、少しくらいなら自衛は出来ます!!」

「少しって……どれくらいだ?」

「えっと……幼妖を追い返せるくらいの狐火でしたら………」

「駄目駄目じゃねぇかよ」


 ひょっとしなくても自殺行為だった。というかゴリラ様、この前もそうだったが手元から離すならせめて少し位まともな護身術を教えてやれよ。………いやまぁ、確率は低いがレベル上げたら地雷になる可能性もあるのだけれども。


「け、けど……!!御願いします。わ、私も少し位は役に………」


 懇願するように申し出る白。その必死な態度に俺は暫し無言を通す。入鹿を見る。頷く彼女に俺は小さく嘆息する。どの道、この白狐だけ置いていくのも危険か………。


「面倒は見きれねぇからな。………中に入ったら命令には絶対に従え。良いな?」


 護身用に脇差を押し付けて俺は確認する。ぱぁ、と笑顔になって「はい!」と応じる白に、内心で俺は鼻白んだ。こんな事で喜ばれても困るんだがな。


「よし、馬は此処で停めろ。前は俺が行く。二人は死角を警戒しろ。……行くぞ」


 短刀を引き抜いてそう宣言し、俺は門を潜り抜け『(*´・ω・)パパ、ワタシモオバケヤシキイク-』………門を潜る前に俺は馬の荷から虫籠を取りに戻る必要があるようだった。



 

 




ーーーーーーーーーーーーー

 門前には楼閣が、高さは低いまでも石垣があり、中には役場に厩、車宿、兵庫に記録所、蔵、厨房に宿場等が駅には設けられている。内の庭は小規模な菜園にもなっている。


 一見大仰にも思えるだろう。しかし、平時の常駐人数はそれ程ではなくとも有事には簡易的な砦として、あるいは官軍の補給基地としての役割もあるために、また必要に応じて地方行幸する貴賓とその同行者の宿泊もあるために、駅の敷地は意外と広いのだ。


 そんな恐らく詰めれば百人押し込む事も出来るだろう駅の役場の内部……しかして人の気配は其処にはなく、空もまた曇天と吹雪で暗く、それが駅全体に広がる不気味な空気を構成しているように感じられた。


「………」

  

 緊張しながらも、俺は五感を研ぎ澄ませて闇夜に包まれた建物内を進む。ひょっとしなくても嫌な気配を感じ取っていた。妖気と血肉の匂いが漂う。


「………此処は、執務室か」


 壁に掛けられた札に記入された文字を読み取る。作井駅執務所と記されていた。背後の入鹿達と視線を交える。頷き合う。扉を開く。


 執務室内は無人だった。開きっぱなしの窓からは雪と冷気が入り込んでいた。机があって、椅子があって、棚があって、筆記具と書類の類いが机と床に散乱していた。………薄っすらと机に血痕があるのを捉える。


「………」


 周囲を見渡す。正面から見て左側に俺達が入るのに使ったのとは別の扉があった。そちらに足を向けて………直後に俺達はその気配を感じ取る。


「入鹿」

「あぁ」


 俺達が入室した扉の向こうからの気配。入鹿と目を合わせる。手振りで白を入鹿の背後に隠す。俺は短刀片手に扉の真横に壁を背にして張り付く。足音がした。複数の足音。それは少しずつ、しかし着実に迫り来る。


「っ!?」


 扉の前で気配が立ち止まった。俺は緊張しつつも、

短刀を強く握り締める。ゆっくりと扉が開く。俺は息を吸う。そして………扉の向こう側の存在が侵入したと同時に俺は短刀をその喉元に向けた。


「止まれ!何者だ!!?」


 俺は警告する。少しでも抵抗するのならばその喉を引き裂くつもりだった。そう、そのつもりで相手を睨み付けて………次の瞬間、俺は眼前の侵入者の正体を理解して、思わず唖然としていた。

 

「っ!?お、お前は!?」

「げっ、てめぇ!?」


 俺と、脅迫された男はほぼ同時にそう口にする。そして驚く。互いに相手が此処にいるとは思ってなかったためであった。


「ど、どうしててめぇが……!?」

「それは此方の台詞だ。お前、どうして郡都から此処に?」


 短刀を向けられて動揺する男に向けて、俺は淡々と答え、そして問い質す。先日、郡都にて鈴音達に絡んでいた軍団兵の男……それが侵入者の正体だった。


「おい、どうした彦六郎?誰か居たのかって……うげっ!?」


 その言葉と共に背後から数人の人影が現れる。現れると共に彼らもまた俺の姿を見て顔をしかめた。見覚えがあった。眼前の男と共に妹達に絡んでいた連中だ。


「お、お前は郡都で……!?」

「て、てめぇ……!!あん時は善くも!!此処であったが百年目……」

「あぁ?何が百年目だって?えぇ?」


 俺の姿に恨みを思い出したかのように武器を抜こうとして、しかし彼らは次の瞬間には俺の後ろから現れた入鹿に戦意を失ったようにたじろいだ。おう、お前らこいつに纏めてノックアウトされたんだってな?


「ん?おうおう、こりゃあ見覚えのある連中じゃねぇかよ?何だ?揃って物騒なもんを構えようとしてよ?相手して欲しいのか?えぇ?」

「よせ。ここで流血沙汰なんてするな」


 武器を引き抜く直前で固まっていた軍団兵らの姿から察して、犬歯を剥き出しにして入鹿が挑発するのを俺は宥める。そう言う俺自身も短刀を下ろす。そして、俺は彼らに向けて改めて問い掛けようとして………即座に身を乗り出した。


「……!?後ろだっ!!」

「はっ!?うぉっ!!?」


 暗闇の中、それに気付いた俺は叫ぶ。叫んだ直後には俺は眼前の男を押し退けて、『それ』の顔面に向けて短刀を突き立てていた。


『ヒイイイィィィィィッ!!??』


 天井から音もなく現れて迫っていた、馬の首程の太さの人面蚯蚓は先手を食らって悲鳴を上げながらのたうち回る。周囲の備品や柱を叩き潰しながら暴れ回る。それが引き金だった。一斉に、潜んでいた存在共がその姿を現した。


「こ、こいつらは……!?」


 屋根裏から無数の野犬程の蟋蟀共が顔を覗かせた。窓から大蛇の如き百足が身を乗り出す。奥の扉が軋む音と共に小さく開いた。ごそごそと現れるのは十体を越える筬虫で、牙を剥いて鳴き立てる。


「ひ、ひぃ!?」

「な、何だこいつぁ!!?」


 俺達と軍団兵らは一瞬愕然として、しかしそれは長くは続かなかった。


「どおうりあぁぁぁ!!」


 咆哮に近い叫びと共に入鹿は得物を振るっていた。天井からダイブした蟋蟀共は三体纏めて鉞によって引き裂かれてそのまま壁に四散しながら叩きつけられる。後続から更に二体、三体と襲いかかって来るがその末路もまた変わらなかった。


「……!!」


 俺は奥の半開きの扉を足下の筬虫ごと蹴飛ばして侵入して来た巨大座頭虫に向けて飛び掛かった。即座に細長い前足の触覚を先ず短刀で切り捨てる。


『……ッ!?』


 そのまま先手を取られて動揺する所を懐から苦内を二本投擲した。豆状の胴体に埋め込まれるようにして覗く大きな眼球に突き刺さる。痛みに絶叫してその場で悶える座頭虫。


「入鹿っ!!」

「おうさっ!!」


 俺の呼び掛けに入鹿は直ぐにその意図に気付く。突然の襲撃に訳も分からずに慌てふためく兵士達に向けて窓から乗り上げて突進する巨大百足、その横腹に向けて入鹿が鉞を叩き込む。妖力と霊力を込めた渾身の一撃は容易に甲殻を砕いて百足の腹を切断した。青い体液と臓物をぶちまける化物。


『ギィィィッ!!?』


 苦しみながらも百足の頭は入鹿を見据えると、前半分になった身体を捻れば顎を裂くように押し開いて頭から食い千切ろうとして襲い掛かる。そこに俺が背後から接近すると手車を振るった。蜘蛛の糸は百足の上半身を横に真っ二つにしてこれを完全に絶命させる。


「ひゃっ!?」

「させるかよ……!!」


 間髪容れずに俺は白に迫る脅威に向けて更に苦内を投げ付けていた。白の牽制で放つ弱々しい狐火に、警戒して威嚇していた猫程の大きさの飛蝗共は、高速で叩き込まれた苦内で頭を粉砕される。


「お前ら!手に持ってる武器は飾りか!?少しは手伝え!?」

「あっ!?ち、畜生!!」

「分かってらぁ!!き、来やがれ害虫共め……!!」

「糞!何が、何がどうなってやがる……!?」

「知るかよぅ!?」


 呆然としていた兵士達は、俺の怒声に我に返ると半狂乱になりながらも戦闘に参戦した。次々と迫る蟋蟀と飛蝗共に刀を振るう。窓から更に侵入してくる百足共に盾を構えて槍を突き立てる。威嚇する筬虫に斧を振り下ろして頭を叩き潰す。


 俺を含んだ全員がひたすら武器を振るっていた。彼方此方から包囲するように現れる化物共をひたすらに殺し回る。そして己の体感で十五体、他の者が殺したものを含めれば四十近くを数えた所で、奴は現れた。


 建物が揺れる。木製の壁を突き破ってそれは現れた。蟹のような鋏を広げて顎を鳴らす巨大な腕虫が参上してきた。その巨体からして、明らかにこいつらの親玉だった。


「だらぁ!!!!」


 真っ先に動いたのはやはり入鹿だった。威嚇を意に介さずに鉞を振り下ろしてその鋏の片腕を切り落とした。


『ッ……!!!??』


 臆する事のない先制攻撃に驚きつつも、おぞましい化物は反撃に移る。一際細長い一対の後ろ足を鞭のように振るう。


「マズ…伏せろ……!!」


 言うや早く入鹿が床に這いつくばった。俺は白の頭を押さえて同じく床に身体を押し付ける。


「えっ!?ぎゃっ……」


 軍団兵らは全員が反応する事は出来なかった。空を切り裂きながら振るわれた鞭腕が、軍団の一人の身体を真っ二つに切断した。鎧を着こんでいたのに無意味だった。上半身がクルクルと回転しながら天井に叩きつけられて、そのまま臓物を撒き散らしながら床に落下する。


「畜生!!?玄助が殺られた!!」

「ふざけやがって!!化物くたばれ!!」


 仲間の死に、しかし数人の軍団兵は怒り狂って槍を投擲する。頭部を狙ってのそれは、槍自体が安物のために大した傷をつける事はなかったが、化物の牽制にはなった。


 そして、俺と入鹿はその隙を見逃さない。


「おら、食らえや!!」


 立ち上がった入鹿はそのまま突貫する……前に近場にいた蟋蟀を腕虫に向かってフルスイングで蹴り飛ばす。蹴鞠、というよりかはサッカーボールのゴールシュートのように情け容赦なく蹴り飛ばされた蟋蟀妖怪は腕虫の顔面に激突するとともにグチャリと体を肉片と化して四散させる。予想外の一撃に仰け反った腕虫。


「おら、もう一本!!」


 その機を突くように入鹿は化物の懐に疾走しながら押し入れば、その関節部に更に鉞を叩きつける。鋏のない第二節足を切り落として、更に返す刃で胴体にも容赦なく鉞を振るう。既に鋏を生やした前足を切断された左側だった事、内に入り込まれ過ぎたために化物は反撃のしようがないようだった。慌てて横側に跳ねるように逃げて入鹿と距離を取る。そこに背後から俺が迫る。


『キッ!!』


 頭部に出鱈目に生やした眼球の一つが俺を捉えた。振るわれる二本の鞭。しかしそれは直後に俺が短刀で立て続けに切断する。


(やはりこいつ、精々中妖という所か)


 それも大して格は高い方では無かろう。ならば、と俺はそのまま化物の頭の上に乗り掛かる。此方を振り落とそうと身体を激しく揺らすが……もう遅い!!


「おい、見えるか?この糸がよ?」

『キキッ!?』


 直後に言い放った俺の言葉に今更のように腕虫は己の首元に垂れ下がる細い細い糸に気が付いたようだった。土蜘蛛の鋭利な蜘蛛糸に。


 それは肉薄する傍らに式神に手車を咥えさせて飛ばした事によるものだ。腕虫の死角から首の下を回るように雀の式神は糸を通して……そして今式神は舞い戻る。その嘴に咥えた手車を取り上げる。何をするのか腕虫は理解したように真っ黒な眼球を一斉に俺に向ける。


 俺はニヤリと笑みを浮かべながら一気に糸を引っ張った。同時に首元から引き上げられた蜘蛛糸は豆腐でも切るかのように殆ど抵抗もなく腕虫の頭部を切り落としたのだった。


『ッ…!?!!!??』


 頭を失って、傷口から緑の体液を何度も噴き出して、更には無数の足をバタつかせて腕虫の身体は痙攣する。その動きに連動して俺は跳躍し、床に着地すれば淡々と距離を取る。


 そして仕上げに、ビクビクと床で身体を震わせながら倒れこんでいた最初の人面蚯蚓に向けて八つ当たり気味に一蹴り叩き込んだ後、短刀で止めを刺す。周囲を見る。どうやら此処に潜んでいた連中は粗方始末出来たようだった。


 ふと、足元を見る。戦闘中に散乱した駅の備品であるそれを拾い上げる。中身を確認する。そして俺は戦闘が集結した事でぜいぜい息を荒げて膝を突く軍団兵に向けて振り向き、口を開く。


「さて、と。この分だとお互い、情報交換が必要みたいだな。………おい、誰か湯でも沸かしてくれよ?この吹雪だ。一服、温まりながら話そうぜ?」


 俺は駅の備品であろう茶葉の箱を見せびらかしながら、そのように提案するのだった。


 ………厄介そうな状況の発覚を想像しながら。

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