子どもの日の猫武士

春冬 街

子どもの日の猫武士

 ねこは夏めく坂道を、ぐんぐんと進行していました。

 ねこは頭にかぶとをのせ、よろいを身につけ、腰には刀をさしています。

 そして堂々たる動き、きりりと決め顔で、よろいの音をカシャカシャと歩いていたのであります。


 その数時間前のことでした。

 とある家で男の子がはしゃぎ、隣では虎毛のねこが目を見開き固まっていました。

 目の前には、かぶとが飾られていました。

「にゃぬっ! これは我のサイズとぴったりではにゃいか!」

 今日は五月五日、子どもの日でした。

 

 胸をふくらませ歩くねこは、ひたすらに空へと続く坂道を登ります。

 その道中、ねこははたと立ち止まりました。大きな魚のようなものが目にうつったのです。

「おおおぉ!!」ねこはそちらへ突進します。

見ると、それはこいでした。宙を大中小のこいたちが泳いでいます。

「えへん。……もし、空を泳ぐこいよ。われの未知なる戦いに共に参らん!」

「どこへ行くんだい?」大こいが答えました。

「戦いって大変そうね。」中こいがいいます。

「行きたいなー。ぼく、本当に自分で泳いでみたいや。」小ごいは元気にとびはねます。

「ではそこのちっこい者、我についてまいれ。」

 ねこは小ごいにいいました。

「やったい! 父さん、母さん。いってきていい?」

「ああ、いってくるといい。」

「日が落ちるまでには帰ってきなさい。」

 大こいと中こいに見送られ、ねこと小ごいは共に坂道を登ります。

「ねえね、僕たち何しに行くの?」

 となりをすいすい水の中のように泳ぐ小ごいは、ねこにたずねます。

「むろん、さらなる高みへ向かうのにゃ。」

「じゃ、坂道にそれがあるの?」

「わからん。ただ高い所を目指すのにゃ。」

 すると小ごいは地面すれすれでねこの前に止まりました。

「ぼくの背中にのって。その方がだんぜん早いよ。」

「うむ。かたじけにゃい。」

 ねこは小ごいの背中にまたがりました。そして、大空へとまいあがります。

びっくりたまげるほどの勢いです。小ごいと空、二つの青がまざりあいます。

「やっほーい! ぼく、空をとべる。」

「とんだあばれうにゃああ!! じゃなくてあばれごいー!」

 小ごいが跳びはねる最中、ねこはふりおとされるまいと小ごいの背中にしがみつきます。

 そうして二匹は坂を登り続け、頂上にたどりつきました。その先に見えたものとは……。

「山にゃ。」

「あと、僕が泳げそうな川もあるよ。」

 勇ましい武士の格好をしても、結局いつもの景色はかわりません。

 けどいつもより、葉の青々しさと川の水面のかがやきが、生き生きと光って見えます。

 さわやかな風が吹く高台に、ねこはカシャッと静かに、地面におりたちました。

 ねこと小ごいは、来た道をふりかえります。

「ぼくの父さんと母さんが泳いでる。ほら!」

「われの家も見える、美しいのにゃ。」

 そこには、街があります。日常がつまった大切な場所が。

「もちだ。おぬし、食べるか」

 ねこはふところから二つの、葉に包まれたもちをとりだしました。

「いいの?」

 子ごいは二つを見比べ、柏もちをえらびました。ねこは残ったちまきの皮をはぎます。

「おいしー! ありがとう。」

「うむ。あっぱれの味にゃ。」

 帰りは、二匹でかけっこをして坂道を下りました。

「さらば。」

「うん! また来年も、あそぼうね!」


 帰ってきたねこは、飼い主の男の子につかまりました、

「あー、いた! なんで僕のかぶとかぶってるの? おかあさーん、見てみて!」

 今夜はごちそうです。ねこはおさしみをもらいました。人間がお供え物のことで首をひねっていましたが、ねこは何も知りません。

 その後は「しょうぶ湯」とやらに入れられ、

「われは水が大っ嫌いにゃー!」

 一騒動あり、男の子と布団に入った時にはねこはくたくたでしたが、胸はうきうきです。

「次の年は、川を小ごいとわたって、山の上まで登ろう、にゃ。」

 そうひとりごとをつぶやきながら、ねこはすとんと眠りに落ちていきました。

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子どもの日の猫武士 春冬 街 @Machi_Syuntou

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