かわいいは無敵だ

中田カナ

かわいいは無敵だ

「いきなりで申し訳ないのだが、一目惚れしてしまったのだ!どうかこの手を取ってもらえないだろうか?」


 魔法学院の入学式を終え、寮に帰ろうとしていた私を呼び止めたのは、在校生代表として挨拶していたこの国の第三王子殿下だった。

 私の方に駆け寄ってきて、しばらくこちらを見つめていたと思ったら、いきなり目の前でひざまずき、手を差し出されたものだから、そりゃもう驚いた。

 だけど、差し出されたその手は私にではなく、私の隣にいる存在へと向けられている。

「…と、おっしゃってますけど、どうします?」

『断る!』

 私のパートナーである聖獣様が一刀両断してしまい、目の前の殿下はとてもなさけない表情になってしまっていた。


「何か希望があるなら可能な限り叶えよう。ただほんの少しだけ、ちょっとだけさわらせてくれるだけでよいのだ」

 きっぱり断られたにもかかわらず食い下がる第三王子殿下。

「…だそうですよ?」

『だが断る!』

 聖獣様は身体を少しだけ小さく変化させて小型犬サイズになり、私の胸元に飛びついてくる。そして私もいつもの調子で抱きかかえる。

『話にならぬな。我はそなたのそばがよいのだ』

 そう言いながら私に顔をすり寄せてくるので、もふもふの毛並みが頬にあたる。

「ちょっと!くすぐったいですよぉ」

 その様子を見ていた殿下は、なさけない表情のままぼそっとつぶやいた。

「う、うらやましすぎる…」


 しばらくしてようやく我に返った第三王子殿下。

「と、とにかく日を改めてまた話したいので、よろしく頼む!」

 そう言い残して走り去る後ろ姿を聖獣様とともに見送る。

『ずいぶんとおかしな奴であったな』

「ホント、そうですねぇ」

 あ、もう見えなくなった。殿下は足が速いなぁ。


 寮の部屋に帰ると聖獣様が私に話しかけていた。

『改めて考えてみると、王子の申し出はそなたのために応じた方がよかったのかもしれぬな。確か入学式の時に奴のことを素敵だとかつぶやいておったであろう?まぁ、整った顔立ちの男ではあったがな』

 聖獣様の言葉に私は思わず首をかしげる。

「顔、ですか?私、入学式では一番後ろの席だったので、顔はよく見えてなかったんですよね」

『ん?ということは顔ではない、と?』

 小首をかしげる聖獣様。

「声がすっごく好みだったんですよ!高すぎず低すぎず、少し甘さがありつつも透明感があって、もう最高じゃないですか!『この手を取ってもらえないだろうか?』なんて、もうしびれちゃいましたねぇ」

 思い出しながらうっとりする私に聖獣様はため息をつく。

『言われたのは、そなたではなく我だがな』

「いいじゃないですか。殿下なんて雲の上の人ですもの。あんな台詞をタダで聞けただけでも儲けものと思っておきますよ」



 この国では魔力を有する者は、魔法学院への入学が義務付けられている。

 そして魔力持ちの中には、まれに聖獣をパートナーとしている者がいて、私もその1人だったりする。聖獣の方が人間を選ぶので、たぶん相性とかがあるのだろう。

 聖獣は人間と意思疎通ができて、身体の大きさをある程度自在に変えられるが、特に何かしてくれるというわけではないらしい。パートナーである人間の危機には能力が発現するともいわれているが、そのような危機に遭遇したことがないので本当かどうかはよくわからない。

 ただ、聖獣は荒んだ地に住むことはないという。聖獣が身近で暮らすのは平和の証でもあるのだ。だから大切にされている。

 私は国境に近い高原にある牧場主の娘として生まれたが、生まれてすぐに聖獣様がやってきた。聖獣様は私にとって常に一緒にいる家族であり、友であり、時には師でもあった。



「昨日は初対面なのに突然おかしなことを言って驚かせてしまい、大変申し訳なかった」

 翌日、授業を終えてから第三王子殿下に呼び出されてしまい、学院内の談話室で向かい合って座っている。私の膝の上には聖獣様がちょこんと座る。

 昨日は突然のことで気に留めてもいなかったけれど、聖獣様が言うとおり確かに美形ではあるのかも。私は声の方が重要だけど。

「はぁ、確かに驚きました」

「貴女の聖獣がいろいろと変わっているもので、つい興奮してしまったのだ」

 ああ、なるほど。

 一般的に聖獣は動物の姿をしている。だけど、私の聖獣様はこの国には存在しない動物の姿をしているのだ。

「タヌキでもない。アライグマともまた違う」

 ふさふさでしましまのしっぽ。

 まるくてかわいらしい顔。

 短いけれど熊のようなしっかりした足。


「私のパートナーである聖獣様は、レッサーパンダという動物の姿をしております」

「レッサーパンダ?」

 小さく首をかしげる第三王子殿下。

「はい。はるか東方の国に住まう動物でございます。聖獣様が私のもとへいらした時、父が地元の図書館で調べてくれました。王都の中央図書館や王宮の図書室だったら、もっと詳しい資料があるかもしれません」

「なるほど、帰ったら王宮内の図書室で東方に関する資料を探してみよう」

 小さくうなずく殿下。


「それから…その、無理を承知で頼みがあるんだが、貴女の聖獣をほんの少しでいいからさわらせてもらえないだろうか?」

 返事をする前に疑問に思っていたことを聞いてみる。

「あの、つかぬことをおうかがいしますが、殿下にはパートナーである聖獣様はおられるのでしょうか?」

「いる。ドラゴンだ。父や兄達もドラゴンだな」

「えっ?!」

 ドラゴンなどの幻獣は、膨大な魔力を有する者でないとパートナーになれないと言われている。

「心穏やかなとても良いドラゴンなのだが、いかんせん強すぎてな。普通の動物や聖獣は私のドラゴンの気配を察しただけで逃げ出してしまう。だから学院には連れてきていない」

 普通、パートナーは常に一緒にいるものだが、そういう事情ではしかたないのだろう。

「そして、今みたいに連れていない時でも私自身にドラゴンの気配が残るらしく、動物や人の聖獣とふれあうことが出来ないのだ」

 殿下がため息をつく。強いパートナーがいるのも、それなりに大変らしい。


「だが、貴女の聖獣はなぜか逃げ出すもことなく平然としている。その独特な姿も気になったが、私がそばにいても平気な理由が知りたかったのだ」

 確かに昨日も今日もおびえたりする様子はまったくない。

『それにはちゃんと理由がある』

 ずっと黙っていた聖獣様が会話に入ってきた。

『はるか東方の地には龍というドラゴンに近い種の幻獣がおる。この娘の血筋には東方から来た者がおってな、父と兄のパートナーは龍なのだ。我は龍の気配に慣れておるので、そこの王子にドラゴンの気配があろうが気にはならぬ』

 父は緑の、兄は黄色の龍がパートナーとなっている。母以外はこの国ではめずらしい黒髪であるのも東方の血筋の名残なのだ。

「なるほど」

 殿下が感心しながら手帳にメモを取っている。王宮の図書室で調べるのだろう。


「話を戻すが、今までドラゴンの気配のために出来ずにいたが、モフモフな生物をなでることにずっと憧れていたのだ。どうか貴女の聖獣に触らせてはもらえないだろうか?」

 真剣なまなざしの第三王子殿下。

「えっと、私はかまわないんですけど、あとは本人の意思次第ですかね」

 そう言って聖獣様を見る。

『嫌とは言わんが、タダというわけにはいかぬな』

 偉そうな物言いをする聖獣様に、ずいっと身を乗り出してくる殿下。

「条件があるのなら可能な限り実現しよう。だから遠慮せずに言ってほしい」

『それは我のパートナーであるこの娘の願いを叶えることだ』

「えっ、私?!」

 ちょっと!なんでこっちに振るのよ?!

『我の幸せはこの娘の幸せだからな。ほら、何でもねだるがよい』

「ああ、私の私財の範囲であれば可能な限り対応しよう」

 殿下の熱いまなざしがこちらに向く。


 そう言われてしばし考える。

 実家の牧場の修繕とかをつい考えちゃうけど、さすがにそこまでお金がかかることを言うわけにもいかないし…あ、ひらめいた。

「えっと、聖獣様は実は甘いものが大変お好きなので、何かお菓子をあげたいです」

 普通の聖獣はパートナーの微量な魔力があれば生きていける。だが、人間の食事が食べられないというわけではない。私の聖獣様は特に甘いお菓子が大好きなのだ。

 第三王子殿下にパッと笑顔が浮かぶ。

「わかった!王宮の菓子職人に最高のものを用意させよう。せっかくだから、いろんなものを作らせるとしようか」

 殿下の言葉を聞いて聖獣様が声を上げる。

『待て待て!それは我のためではないか。そなた自身の望みを言うべきであろう?』

 え~、私は聖獣様が喜んでくれればそれで十分なのになぁ。なでられるのは私じゃなくて聖獣様なんだし。


 再び考えて、今までの会話から1つ思いつく。

「じゃあドラゴンを見てみたいです!」

「え、そんなことでいいのか?」

 殿下が不思議そうな顔をする。

「はい。龍は実家におりますが、ドラゴンは見たことがありませんでしたので」

 こうして交渉は成立した。

 条件は決まったのだから、今すぐ聖獣様に触れてもいいのに、

「やはり条件をきちんと実現してからでないと」

 と第三王子殿下に言われ、私は次の休みに聖獣様とともに王宮へ伺うことになってしまった。

 殿下が律儀なのは好感が持てるけどさ、平民である田舎の牧場の娘がいきなり王宮へ行くっておかしくない?!



 そして学院の休日。

 私は制服姿で第三王子殿下に指示された王宮の門へ向かう。

 王宮だから本来ならドレスを着るべきなんだろうけど、私は平民だし、学生だし、そもそも公式の場じゃないんだし、ということで制服で行くことにした。制服は学生の正装だもんね。制服は正義だ。うん。

 迎えに来てくれた衛兵さんの後ろを聖獣様を抱っこしたままトコトコついていく。


「待っていたよ。よく来てくれた」

 第三王子殿下がテラスで待っていた。私服姿もお美しい。そしてやっぱりいい声だ。

「ほ、本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 聖獣様を床に下ろし、制服のスカートをちょっとつまんで礼をする。

「ははは、気楽にしてくれてかまわないよ」

 テラスに設けられた丸いテーブルのそばにある席に案内され、聖獣様と私は並んで座る。

 すぐにメイドさん達が現れ、紅茶とお菓子の盛り合わせが次々とテーブルの上に並ぶ。

『これはすごいな!見たことのない菓子がたくさんあるではないか』

 聖獣様の目がキラキラ輝いている。

「この国だけでなく世界各地の菓子を用意してみた。好みのものがあるとよいのだが」


 ここでふと思いつく。

「殿下、よろしければ聖獣様にお菓子をあげてみませんか?」

「いいのか?!」

 パッと笑顔になる第三王子殿下。なんだかちょっとまぶしいぞ。

「ええ、どうぞ」

 これだけ用意してくださったのだから、サービスしないとね。

『その一番手前にある黒っぽいものはなんだ?』

「これはカヌレという菓子です」

 殿下がカヌレを手に取ると、聖獣様は後ろ足だけで立ち上がり、前足で上手に受け取ってかぷっとかじりつく。

『おお、これは美味いな!外側がちょっと硬めだが、中はしっとりしている』

 もぐもぐしているその様子を見ながら殿下がもだえていた。

「か、かわいすぎる…たまらないな」

 そのもだえる声もまたいい、うん。


 聖獣様はお菓子を3つほど食べた後、椅子からいったん降りて、殿下の膝の上にぴょんと飛び乗ってちょこんと座る。

『王子よ、美味い菓子の礼だ。好きなだけ我を触るがよい』

 驚きの表情で第三王子殿下が私を見たので笑顔で答える。

「ご本人がよいとおっしゃっているのですから、好きなだけかわいがってあげてくださいませ」

 殿下はやさしく背中をなで、しっぽのモフモフ加減を堪能し、頭をなでる。

「ああ、足の裏にも毛があるのか。これはたまらないなぁ」

 とてもいい声でつぶやきながら、手を止めることなく聖獣様をなで続ける殿下。聖獣様も特に嫌がる様子はなく、目を細めているので気持ちがいいようだ。


『ようこそ、お客様方』

 ふと気がつくと、テラスの前に広がる広い芝生にはエメラルドグリーンのドラゴンがいた。

「ああ、私のパートナーのドラゴンだ」

「あ、あの、おじゃましています!」

 思わず立ち上がって礼をする。実家の龍達とはまた違うかっこよさだ。

『本日は殿下の要望に応じていただき、本当にありがとうございます。モフモフした生物と戯れるのが殿下の夢でしたのよ』

 初めてドラゴンに会うけれど、なんとなく微笑んでいるのがわかる。


「あの、でも、よろしかったのでしょうか?」

 私の問いかけに首をかしげるドラゴン様。

『何がでしょう?』

「パートナーである貴女がいらっしゃるのに他の聖獣を触るなんて、お気を悪くなさっているのではないかと」

 首を横に振るドラゴン様。

『大丈夫ですわ。殿下はいつも私に優しくしてくださいますもの。この国の王族は7歳になるとドラゴンをパートナーとする慣わしなのですが、それまで殿下はいろんな動物をかわいがっておりましたわ。ですが、私の力が強すぎて他の動物や聖獣から避けられるようになり、大変申し訳なく思っておりましたの』

 優しいドラゴン様だなぁ。


「ああっ?!」

 そろそろなでられることに飽きてきた聖獣様は、殿下の膝の上からぴょんと飛び降りて私のところへ戻ってきた。

 悲しそうな顔の第三王子殿下。

『そんな顔をするでない。美味い菓子の礼に今後もなでることを許可しよう』

「本当ですか?!」

 パッと殿下の笑顔が輝く。

『我が飽きるまでだがな』

 聖獣様はお菓子で簡単に釣られて連れ去られそうなので気をつけねば…と、やりとりを聞いていた私は思った。



 それからは学院の放課後が主なモフモフ時間となった。

 当初、第三王子殿下は昼休みも希望していたが、私だって級友達と過ごす時間が欲しいと率直に話したら納得してくれた。

 放課後の殿下は、いつも聖獣様と私のためにお菓子を持ってきてくれる。そして聖獣様をなでながら私に勉強を教えてくれる。恐縮する私に、

「上級生なのだから、これくらいは軽いものさ。私自身のおさらいにもなるしね」

 と笑顔で答えてくれる。その教え方がとてもわかりやすい上に、あいかわらずいい声なので、私の成績も上向いてきている。



 放課後になっても談話室に殿下がなかなかいらっしゃらない日。

 私は上級生の女子学生達に半ば強引に連れ出され、校舎の裏手で囲まれていた。

「平民のくせに生意気よ!」

「下級生のくせに殿下と親しくするなんて!」

「好かれてるのは貴女じゃなくて聖獣なんだからね!」

 うん、最後のは同意だな。

「おとなしく身を引きなさいよ!」

 そんなこと言われても、こちらも頼まれてるだけだしなぁ。

「あの、そういうことは殿下に直接おっしゃっていただけませんでしょうか?」

「「「 なんですってぇ~?! 」」」

 つい正直に言ってしまったら、どうやら皆さんの逆鱗に触れてしまったらしい。


「どうやら少し痛い目を見ないとわからないようですわね?」

 どうやら全員が風魔法の使い手らしく、揃って詠唱を始める。

 私闘に魔法を使ってはいけないというのは一番最初の授業で習うはずなのだが、上級生だからもう忘れているのだろうか?

 しょうがないなぁ。

 私に向かってきた風の塊を無詠唱ではじき返すと、全員がしりもちをついた。よかった、上手く加減ができたようだ。さすがに怪我させるわけにはいかないからねぇ。

「もう許せませんわっ!」

 リーダー格らしい女子学生がいち早く立ち上がり、再び詠唱を始める。

 おや、お次はかまいたち系か。

 はじき返すと向こうが怪我しちゃうし、さてどうしようかなぁ?と思っていると、聖獣様が私の前に飛び出してきた。私は思わず叫ぶ。

「ダメです!聖獣様、危ないから下がって!」


 私の叫びを無視した聖獣様は、女子学生達に向かって後ろ足だけで立ち上がり、前足を高く上げた。

『この者に手を出すなっ!』

 そのとたん、女子学生達はまるで力が抜けてしまったかのようにその場で崩れ落ちた。

 その後方には騒動に気付いて駆けつけようとしていた第三王子殿下もいたのだが、同じように地面に膝をついている。


「「「「 かわいすぎるぅ~! 」」」」


 本当は威嚇のポーズなんだけど、まぁいいか。かわいいのは無敵だよね。

 その後、殿下は女子学生達に対してかなりご立腹だったけれど、全員すっかり毒気を抜かれて反省していたし、私も別に怪我したわけじゃないので、もう2度とこんなことはしないと約束させて、今回は学院へは通報しないことにした。

「校舎の窓から気がついて駆けつけようとしたのだが、貴女はずいぶんと強かったのだな」

「子供の頃から実家の牧場で害獣や魔獣の退治をやっていましたので、人よりちょっと慣れているだけですよ」

 倒すのは慣れてるけど、相手に怪我させないようにする方が面倒だよね。

 それに牧草を刈ったり集めたりするのも風魔法を使っていたので、繊細な魔力操作はそれなりにできている方だと思う。

 

 実家のことを思いだしたら、ふと気がついた。

「ああ、そうだ。殿下、うちの実家の子達なら聖獣様と同様に龍の気に慣れていますので、殿下でも触れるんじゃないでしょうか?」

「えっ?!」

 驚く殿下。

「うちは羊毛がメインなんですけど、他にもいろいろいますよ。牧場には牧羊犬がいますし、他にはヤギ、牛、馬、ニワトリといったところでしょうか。それから兄が猫を3匹、妹はウサギを飼っています。みんな仲良しなんですよ」

 実はちょっと自慢なんだよね~とか思っていると、殿下は天を仰いでいた。

「なんということだ、地上にそんな楽園が存在するなんて…」

 あいかわらずいい声だけど、大げさだなぁ。


 しばらく固まっていた殿下は、我に返るとガシッと私の手を掴んだ。

「夏季休暇に貴女の実家へ行ってもかまわないだろうか?ぜひ動物達と触れ合いたいんだ!」

「え、えっと、実家に手紙を出してみますけど、国境近くなのですごく遠いですよ?」

 王都から馬車で10日ほどといったところだろうか。

「心配はいらない。私のドラゴンで飛べば1日もかからないよ。ああ、手紙を出すなら私からもお願いするため一筆書こう」

 すでにご機嫌な殿下。実家は部屋も余っているし、王家さえいいのなら問題ないかな、たぶん。



 夏季休暇の帰省は第三王子殿下のドラゴンであっという間だった。

 おおらかすぎる実家の家族は殿下を歓迎し、職業体験という名目でちゃっかり働かせたりもしていたが、第三王子殿下は動物達との触れ合いに大満足のようだった。

 殿下のパートナーであるドラゴンと父や兄のパートナーである龍達もすっかり仲良くなった。

「素敵すぎるな、ここは」

 草原に寝転がって青空を見上げてつぶやく殿下。

 いろんな仕事をしたり、家畜の死などもあったりして楽しいことばかりではなかったはずだけど、殿下はそこも含めてここの暮らしを理解してくださったようだった。


 第三王子殿下の牧場行きは長期休暇の恒例行事となり、殿下が卒業して私が進級する春季休暇に交際を申し込まれた。

「最初は聖獣しか目に入らなかった。だが、いつも笑顔の貴女も素敵だと思うようになっていた。それに聖獣と一緒に楽しそうにお菓子を頬張る貴女はとてもかわいい」

 私もモフモフと同列なのか?とも思ったが、細かいことは気にしない性質なので素直に受け入れた。もはや一緒にいるのが当たり前になってしまっていたしね。

 殿下は王族なのに偉そうにしないし、気配り上手だ。そして何より聖獣様が触られることを認めたのなら悪い人のわけないもんね。



 私が魔法学院の最高学年になった頃、魔法学院の教授と第三王子殿下の共同研究という形で驚きの論文が発表された。

 モフモフ系の聖獣は人間の怒りや悪意・害意を軽減させる能力があり、その能力は微量ながら常に発動していて、パートナーである人間の危機に特に強く発動する、というのである。

 うちの実家の家族がおおらかで、ほとんどケンカもしたことがないのは聖獣様のおかげだったのかなぁ?

「あの研究は貴女の聖獣がきっかけだったんだ。ほら、あのかわいい威嚇のポーズをした時にみんな脱力しただろう?それに嫌なことがあっても聖獣に会うと心が落ち着くことは何度もあった」

 そういえばモフモフ系の聖獣のパートナーとなっている同級生は何人かいるけれど、みんな穏やかだったりほんわりとしてたっけ。



 なんだかんだで私は学院を卒業してすぐに殿下と結婚した。

 第三王子殿下は結婚と同時に王家を離れて公爵位を賜った。

 平民の牧場主の娘が公爵夫人になっちゃっていいのか?とも思ったけど、この国はそのあたりはわりとおおらかであるらしい。

 そして実家の牧場での経験から、動物は幼いうちからドラゴンのそばで育てれば問題ないということに気づいた夫は、新居で犬と猫を飼い始めた。外では夫のドラゴンが、家の中では私の聖獣様がにらみを効かせているので、ケンカが起きることはほぼない。


 穏やかな春の夜。

 ソファーに座る夫の膝の上では私の聖獣様がおとなしくなでられていて、両脇には犬と猫がぺったりとくっついて眠っている。

「かわいい子達に囲まれて本当に嬉しそうですね」

 いつもの光景を見ながらつぶやくと、夫は極上の笑顔を浮かべながら素敵な声で私に告げる。

「ああ。でも、この世で一番かわいいのは貴女だよ」

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