明日への約束。

ゆーゆー

第1話 プロローグ・運命を感じて

 ・・運命って信じるかい?

 ほんの些細なこと、偶然、ありふれたこと。

 自分以外の誰かにとっては何の意味もないこと。

 ・・・でも、自分にとっては大きな大きな『些細な何か』

 それは自分自身を大きく変える岐路。

 そして、その人がそう感じたならば・・・

 その些細な何かは『運命』ってヤツなんだと思う。


 ・・これは、俺がほんの思いつきで訪れた場所で、彼女と『運命の出逢い』を果たした物語なんだ。


 【ゴールデンウィーク・中央公園にて】


 暖かい春の日差しが降り注ぎ、心地よい風が中央公園の中を吹き抜ける。

 大型連休の公園は家族連れやカップル、スポーツマンで賑わっていた。


・・・ただ一人、俺を除いて。


「・・・ゴールデンウィーク・・・大型10連休、か」

 ボソっと自虐的に、陰鬱な気持ちを込めて呟く。

「・・・俺、こんな公園で何やってんだろうな・・・」

 俺の名前は佐々木冬弥。

 どこにでもいる中学生。強いて特徴を挙げるならば『元』陸上部ということぐらい。・・・正式にはまだ部員だけど。

 ・・・いわゆる幽霊部員と言うやつだ。


 だから、この連休も練習なんかせず、好き勝手なことができてるってわけだ。


 ・・・最も、今の自分に好きなことなんて、特にないけれど。


 ただ無駄に時間を持て余らせて適当に散歩をしているだけだ。

 

 ・・・春の陽気は、動けば汗ばむ程には暖かい。喉を潤そうかと思って、自販機に足を進める。

 ふと目についたのは強炭酸のエナジードリンク。少し興味が沸いて、100円玉を2枚、財布から取り出した。なんっていうかな・・まるで煙草でも買うような罪悪感?いや、背徳感?ソイツを味わいたくなったんだ。

 昔は身体のことを考えて、飲むこともなかったけど、今となってはどうでもいい話だった。


 缶を自販機から取り出し、すぐ側のベンチまで移動して腰を下ろす。目の前には池が広がっている。申し訳程度に蓮の華が浮かび、よくよく覗いてみるとドジョウやら、メダカやらが静かに集まっていた。

 後ろめたい、どこか自虐的とも取れる高揚感をぶつけるように缶を開ける。聞きなれないプシュっという音がして、小さな泡が飲み口から飛び出してきた。


・・・さてさて、禁断の薬物の味は・・・?


「・・・やめときゃよかった」


 口をつけると同時に独特の香味が広がって、直ぐに後悔した。急いで飲み込むと、今度は甘さが喉に絡んで、これもまた非常に気持ちが悪かった。よく知らないが、いわゆる『のど越しが悪い』ってヤツなんじゃないかな?


「・・・これは・・・無理だ・・」


 しかめっ面をあげると、先程の自販機の前で小さな子どもが親にジュースをねだっていた。


 口さえつけていなければ譲りたいところだよ・・。

 ・・・もっとも、このカフェイン漬けの飲み物を渡されて、喜ぶかはどうかは別問題だと思うけど。

 そのまま周囲を見渡す。かけっこをする子ども達。散歩をするカップルに、自主練をするランナー。みなそれぞれ、絵に描いたような楽しい休日を過ごしているようだ。その姿は、自分と比べると、まるでシベリアとハワイぐらいの寒暖差がありそうだった。

 ・・・目線を池に戻す。同じタイミングでカエルがピョンと跳ねた。

「やれやれ・・・」

 ため息をつく。


 どうやら、あたりにジュースを流せる場所は無さそうだな・・。


 困った。ほぼ満タンに近い缶を、そのままゴミ箱に捨てるのは流石に抵抗がある。ましてや


『ゴミを池に捨てないで。カエルさんやメダカさん達が住んでいます』


 と書かれてある看板を無視して、池にジュース流すワケにもいかなかった。


「トイレにでも流してくるか・・・」


 またしても自嘲気味な笑みを浮かべ、重たい缶を持って立ち上がる。

 

 ・・・ぼんやり歩いていくと、柱についている時計が視界に入り、思わず針を見る。本来なら自分が何をしているのか無意識に確認をしてしまった。

 見なければ、考える必要も無かったろうに。

 時計の針は10時30分を指していた。部員のみんなはグラウンドで走り込みをしている時間のハズだ。

・・・・本来なら、俺も。


 そう思った瞬間、最近よく感じている疎外感と罪悪感が胸を訪れ、ぎゅっと締め付けてきた。同時に俺が幽霊部員になった理由・・・半年前の事故の事が脳裏をよぎった。


 半年前の部活の帰り、わき見運転の車が突っ込んできた。とっさに避けることはできたけど、無傷では済まなかった。今も覚えている。左足に走った、あの熱い痛みのことは。


 左足首の骨折。歩けるまでに一か月、走り始めるにはさらに3ヶ月が必要となった。


 家族が、先生が、チームメイトが、みんなが言ったんだ。『よかった』と。命があって、と。


 ・・・だけど、全然喜べなかった。俺は、走ることが大好きだったんだ!!


 走る時に感じるモノ。身体に触れては後ろに流れていく風、加速と共に高速で移動していく景色、自分だけが世界の全てを置き去りにしていく感覚!

 それが大好きで仕方がなかったんだ!


 だから、俺にとっては命もこの足のケガも一緒に感じていたんだ!全然、よいわけがあるかよ!!


「・・・・・・」


・・・翼をもがれた鳥の気分だった。


 それでも、この時はまだやる気があった。

めげてばかりもいられない。一刻も早く走りたかった。もう一度、あの世界を味わいたかったから。

 ・・・復帰までの半年間、自分にできることは何でもした。

 体幹トレーニング、ストレッチ、バネの作り方・・・。

 怪我をしていない部位は今まで以上に鍛えてきた。すぐにでも復活できることを夢見て。


・・・そして、一日千秋の思いで、過ごした4ヶ月間。

 もう一度グランドで走り始めることができたのは、2月前のことだった。


 ・・・だけど、その時に味わったのは、それまで楽しくして仕方のなかった『走る世界』の崩壊だけだった。

 この怪我は自分の思った以上に深刻であるものと知った。重たい身体、回転しない脚、続かない呼吸・体力・・・。治ったはずなのに、左足に感じる焼けた痛み。全身の連動はやればやるほどギアが噛み合わず、自分の思い描いていたイメージと全く違っていた。


・・・羽のように軽く、自由自在に走りまわれた身体はすっかり別物になっていた。


 もがけばもがく程、うまくいかず、沼の底へと沈んでいく感覚。いくら頑張っても一向に出口が見えなかった。その間も心と身体は悲鳴をあげ続けた。


・・・気付けば、もがくことを止めていた。グラウンドにも顔を出さなくなって、もう一ヶ月が経とうとしていた。


 先ほどのジュースだって本来なら飲まない。ただ、こうやって走ることもしないのなら、と思いきってみたという話だ。


 タバコでないところに、まだ一欠片の未練を感じる。あれは、肺をだめにするから。


・・・未練タラタラじゃないか。


 でも、だからと言ってもう一度走ろうと言う気持ちにはなれない。あの何をしても脱出できない、底なし沼の様な苦しさに耐えられないのも、また事実だった。


・・・・目の前を、小さな子ども達がおいかけっこをして走り抜けていく。満面の笑顔で。その姿を見て、心が拒絶反応を起こした。吐き捨ててしまいたい思い?言葉?が胃の上あたりからグっと上ってきた。目をそらし、天を仰いでみる。楽しそうに飛び回る小鳥たちが目につく。えらく自由そうで、それにすら苛立ちを感じた。


 人はこうして大人になっていくのかよ・・・そう、思う。すると・・・

『違うだろ?辛さに耐えられず逃げ出した。根性無しなだけだろう?』

・・・と、心の底から何かを見透かしたような声が聞こえてきたけど、無視することにした。


 そうしている内にトイレに到着して手洗い場へ。ジュースと一緒に今のモヤモヤした気持ちも流すことにした。缶からボトボトと出てくる緑色の液体。まるで自分の心の淀みのように感じた。


 トイレから出た後は、すぐ傍にあるゴミ箱に缶を捨てた。

 ・・・・さて、どうしようか・・・。

 そう思ったけど、何も思い浮かばない。

 別に目的も何もない。

 ここにいたからって、走れるようになるワケじゃあない。


(・・・・帰ってゲームでもするか・・・・)


・・・・そう思った時だ。

 ヒュゥっと風が吹き、少し離れた場所から木々の葉の揺れる音が聴こえてきた。


「・・・ん?」

 

 なんとなく気になって、音の方向を見る。ここから少し先、公園の端の方に大きな木が生えていた。

 思わず、へぇ・・っと言葉を漏らした。

 その木はとても堂々としていた。枝は大きく四方に伸びて葉は青々と繁っている。ここからでも見えるように力強い根を下ろしているのがわかる。幹の太さは自分がスッポリと隠れてしまえそうな程だ。

 その立ち振舞いは厳かで、公園全体を見守っているようにも感じられる。

 まるで、アスレッチックで遊ぶ子どもを見守る親のようだ。


 生命エネルギーが溢れる、っていうのかな?

 そう言う『目に見えないナニか』を察知して、心がドクン、と動いた気がした。


・・・あんたが、この公園の大主、かい? 


 そんな変なことを思った。でも、そう思えるほど『何か』があった。


「・・・・!」


 次の瞬間、爽やかとも言える風が吹いて、枝葉が心地よい音を立てた。

 まるで返事をしているみたいだった。


「なるほど、あんたがここの大主なら、挨拶ぐらいはした方がいいかもな。」

 なぜだかわからない。そんな気になった。

 どうせ予定もない。もう少し、寄り道してもバチはあたらないだろう。

 俺はその大主の木へと足を動かしていった。

 久々に自主的に、前向きに動いた気がした。


・・・ただの直感。気まぐれだったに違いない。

・・・でも、


ーーー『何か』が起こるんじゃないかーーー


 ・・・そんな予感を感じたんだ。


 心なしか、周囲が少し明るく見えた気がした。


 この時の俺はまだ知らない。これが彼女との『運命の出会い』になることを。


 心地よい風がもう一度吹き、俺の胸の中まで吹き抜けていった。

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