商人の娘 7

「GAAAOOOOOOO!!」


「ひっ!? ぅぎゃぁぁぁぁーーっっ!?」


「あ、逃げた」



 ハンマーを失い呆然と突っ立っていたニコラも、熊モンスターが再度咆哮すると不利な状況を正しく認識したようだね。

 まさに一目散って感じで逃げてるよ。



「うーーーんっ! <ウォーターボール>っ! ニコちゃんに何するのよ!」


「GAUッ!?」



 フローラの発射した水の弾が、またも熊モンスターの顔面に命中したことでひるませたようだ。

 ダメージになってるかは怪しいところだけど、ニコラが食べられてしまうのは阻止できたね。


 それにしても、毎回山なりに飛ばして命中させてるの、何気にすごくない?

 ニコラを追いかけてたから進行方向は予測しやすかったのかもしれないけどさ。



「っ!? アーちゃんっ、こっちにくるよ!?」


「だね、さすがにイラッとしたのかも。

 完全にボク達がターゲットになってるよ」



 結局のところ、魔法が当たったところでノーダメージなんだから、倒せないんだけどね。

 それどころか、ヘイトを買って僕達――というか、フローラ目掛けて一直線に突撃してきたよ。



「ばっ!? なにしてんだっ、あたしのことはいいから逃げろよ!!」



 んん? 二コラ、自分が狙われてた時よりも慌ててない?


 あー、そういうことね。

 何も考えないで逃げ出したのかと思ったけど、よく考えたら僕達とは別の方向へ逃げてた。


 あれは、そうすることで囮になろうとしてたのか。



「なるほどねぇ。あの情けない悲鳴も、きっと注意を引くためだったんだろうなぁ。

 ……さて、となると次はボクがコレの相手をすることになるわけだけど……うん、決めた。

 やっぱり戦うのはナシで――逃げるよ、フローラ!」


「え? えっ!? ま、待ってよアーちゃんっ!」



 ということで、僕が選んだ行動は"逃げる"だよ。


 どうしてかって? 最近の行動を振り返ってみると、よくこうして逃げてる気がするんだよね。

 しかも、逃げてると友好度? 親愛度? みたいなものが、結果的に上がってる気がするんだよ。


 たぶん危機的状況を共有することで、二人の仲がうんたらかんたらーみたいな? そんな都合の良い仕組みが働いてると思うんだ~。

 なので、熊と追いかけっこ編にしばらく付き合ってもらうよ~。



「モンスターさんすごく速いよっ!? すぐに追いつかれちゃう!!」


「じゃあ――は、はい、手……っ。ボクの手を離さなかったら追いつかれないから! だ、大丈夫、信頼してっ?」


「うんっ! 絶対に離さないでね――ふぇ?? きゃぅんっ!!?」



 まずは手繋ぎチャンスが巡って来たと思ったのに、後ろに差し出した手は空気の感覚しか伝えてこない。

 ……なんで? イイ感じの流れだと思ったのに、何でフローラは地面に抱き着いてんの?



「うぅぅー、いたいよぉ……。魔法つかいすぎて疲れちゃったぁ、おぶってよぉ」



 魔法の使い過ぎって……つまり、魔力が切れたから動けないってこと?

 たった三回、小さな水の弾出しただけでそんなことになるの……?


 うーん、僕の魔力量は絶対普通じゃないから基準にならないしなぁ……今度、アンジェに足腰立たなくなるくらい魔法使ってもらうか。

 そしたら一般的な基準が分かるよね。



「おいっ、後ろだ!! 避けろっ!!」


「ふぇ? ――っ!?」


「GAAAUU!!」



 続いて二コラの叫び声が響くが、熊の攻撃を避ける余力をフローラがもっているようには見えない。

 なので、その場に硬直したままのフローラに鋭利な爪が振り下ろされていき――カンッ! と、またも甲高い金属音が響いた。



「……服だけ切り裂くとか、そういうサービス精神があったら放置したのに……」



 左腕に装備したバックラーで熊の爪を受け止める。

 伝わってくる衝撃はほとんどないに等しくて、思った通りの雑魚モンスターだ。



「どう見ても殺す気なんだもの。こっちもヤるしかよね、<シールドバッシュ>」


「ッ! GA――GAAUUUUUU!?」



 攻撃を防いだバックラーでもって、そのモフモフな腹部を殴り飛ばす。

 今回も手加減に成功したようで、いつかのような木端微塵にはならずに形を保ったまま数メートルほど吹き飛んだ。



「GA!? AUU……」


「まだ生きてるよね。さてと、最後はどうしよう……かな」



 チラッと二人を盗み見たが、どちらも戦意を喪失してしまったのか動きがない。


 ちょ、ちょーっとやり過ぎだった?

 ……うん、このままとどめまでやるのは仕方がないとしても、もっと優しいヤり方をしないとね。



「こ、コラーっ。女の子を襲うなんてダメだよバグ、ばぐー……なんとか!

 えーいっ! ――からのブスっと」


「!!? …………」



 フローラの使う水魔法が描く軌跡みたいに、一度ジャンプで高く飛び、自由落下に身を任せて熊の腹部に飛び込む。

 もちろん右手にはダガーを装備しているから、その勢いによる突き刺し攻撃だ。


 よし。動かなくなったし、生命反応も消えてるから、完全に死んだね。

 しかもこの攻撃方法なら、愛らしい少女が大きな熊のぬいぐるみに抱き着いてるように周りからは見えると思うんだよ。


 こんなにメルヘンな攻撃、ファンタジー世界でも滅多にないと思うな~。



「ってことで、完璧な倒し方をしてしまったわけだけど……、獣クサィ。

 モフモフな手触りは文句ないのに、惜しいな――っ!? うわぁ、ダガー抜いたら血が……最悪だよ。

 はぁ、<クリア>。これで汚れも、スンスン……匂いも落ちた、よね? 大丈夫かな……」



 全く困るよね。こっちは女の子と冒険者してるんだから、勘弁して欲しいよ。

 もしフローラ辺りに、「アーちゃん、くさい……」とか言われたら、速攻で自殺確定だって。



「ま、とりあえず結果ヨシということでいいや。

 二人共~、こっちは片付いたよ~」



 振り返ってみたら、何故かフローラは地面にぺたんと座り込んでおり、その隣で二コラが立ちすくんでいる。


 あれぇ? 返事がないよ?

 あ、もしかして怪我しちゃったのかな? それならヒール使わないとね。



「どうしたの? どこか怪我した? それなら、回復魔法使う……え、水溜まり?」



 彼女達に近づいてやっと気付けた事だが、どういうわけかフローラの下には小さな水溜まりが出来ており、そこに彼女は座り込んでいた。

 フローラ……水……あっ、そーいうことね~。



「もしかして、さっきの水魔法で援護してくれようとして、濡れちゃった……?

 大丈夫大丈夫、ちょっとしたミスくらい誰だってするよ。

 この魔法をこういう風に使ったのは、今日が初めてだったわけだし、魔力切れするくらいに限界まで頑張って――」


「うぅ、うっ…………ぅぅ、うえええぇぇぇぇぇんっ!!」



 えっ!? なんで、マジ泣き??

 僕、変な事言ってないよね? むしろ慰めようとしたのに……どうしてなの?

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