11 楽譜
桜城の
「…えっ?!」
桜花は言葉を詰まらせた。
「だって桜城の東久保先生って、あの元ロサ・ルゴサのノンタン部長でしょ?」
「ロサ・ルゴサって、あのロサ・ルゴサ?!」
ロサ・ルゴサというグループ名は、疎い宥でも聞いたことがある。
第9回大会の優勝校・
その部長が、バンドリーダーのノンタン部長こと東久保
「卒業と同時に解散して引退したあと大学出て、桜城の先生になった話は聞いてたけど…」
それにしても、まさかといったような驚きを桜花は隠さなかった。
あとから宥が検索をかけると、Wikipediaにも出ている。
東久保慶子(ひがしくぼ・のりこ)
元ロサ・ルゴサのメンバー、バンドリーダー。
担当はドラム。愛称はノンタン部長。
北海道余市郡神居別町出身。
高校入学と同時にドラムを始め、
第9回スクールバンドグランプリ優勝時の主力メンバーとなる。
その後ファンから14万人の署名提出を受け、
ロサ・ルゴサのメンバーとしてメジャーデビュー。
経歴やディスコグラフィを見、動画をチェックするうちに、あまりの凄さに宥は顔が蒼くなっていった。
それにしても、である。
そんなとんでもない履歴のある顧問が来たところで、今の〈West Camp〉の実力からして、過酷な練習メニューが待ち受けているのは自明の理であろう。
「あのさ、桜花ちゃんはどう思う?」
「私がロサ・ルゴサを見てたのは小学校のときやから記憶もボンヤリなんやけど、でもカッコよかったってイメージだけはある」
桜花がドラマーに憧れたのも、当時のノンタン部長が素朴な雰囲気ながらバンドをまとめ上げ、小柄な体躯から力強いリズムを生み出していたからに他ならない。
そのノンタン部長が、来るという。
「それでも桜城あたりなら条件とか良かったはずやのに」
桜花が首を傾げたのはそのあたりであった。
ともあれ。
なぜノンタン部長がユズ先生と繋がっているのか、皆目見当すらつかない。
それでもユズ先生は、そこまで軽音楽部のことを考えていた──そのことが分かると、本当はユズ先生がとても生徒のことを見ていて、包容力を以て見守っていたのが伝わってきて、それだけでユズ先生を全国に連れて行きたかったという後悔が宥は強く感じられた。
期末テストを終え、冬休みが近づいた頃、一足早いクリスマス会をメンバーですることとなり、宥はそこへユズ先生を招いた。
「女子会にオッサンなんか混ぜて大丈夫かい?」
などと戸惑いながらも、しかしユズ先生は軽音楽部の顧問を引き受けた理由を明かしてくれた。
「うちの歳の離れたイトコに、スクバンに出た子がいてね」
神居別高校の〈Marys〉というバンドの紺野綾といい、ちなみに第10回記念大会の準優勝という成績である。
「そのうちのイトコってのが東久保先生の後輩で、ずいぶん世話になったらしくてね」
京都在住の北海道出身者が集まる道人会という会席で、顔見知り程度ながら知っていた…というのである。
「それで東久保先生に相談したら、それならぜひって快諾してくれてね。桜城のほうは東久保先生の後輩で、新しく就任する人が来るみたいだし、何とかなりそうだって言ってた」
ユズ先生の知られざる面を見たような気がした。
さらに。
大学に入って以来、ユズ先生が北海道に一度も帰らなかったのも、
「一度、外の世界を見てみたかったから」
というようなことを言った。
「異世界を知るのも大切なことだからね。だから君たちも京都から外に飛び出してみるのも、悪くはないと思う」
それはユズ先生からメンバーへの、伝えたかったメッセージであるように思われた。
「先のことは分からないから、また京都に戻るかもしれない。でもそのときには違う形かも知れない」
そんな日が来たら面白いかも知れないね──ユズ先生はグラスの炭酸水を飲み干すと、
「じゃあ、メリークリスマス!」
颯爽と去っていった。
「どこまでカッコえぇねん」
江梨加はボンヤリと言った。
「へぇ…江梨加ちゃんって、あんな感じがタイプなんや?」
貴子が冷やかすように囃すと、江梨加は首まで赤くなって熱くなったので外へ出た。
年が明け3学期が始まると、入試帰りの雪菜が宥のカフェへと立ち寄った。
「試験お疲れさま」
「宥ちゃんは来年どこ受けるの?」
ちなみに雪菜は、今出川女子大学を受けた。
「そしたら試験会場で新島実穂子ちゃんがいてね」
実穂子は系列校だから、いたところでなんの不思議でもない。
「そしたら私の制服見て『鳳翔女学院ですか?』やて」
雪菜は何か可笑しかったのかクスクス笑った。
「もしふたりとも受かったら、一緒に宥ちゃんのカフェ行こうねって約束だけしてきた」
そこへ桜花と江梨加が来た。
「宥先輩、お疲れさまです」
「実は紹介したい子がいて…」
江梨加が連れてきたのは、笹森美織と海士部薫子である。
「…薫子ちゃん、だよね?」
「姉がいつもお世話になってます」
折り目正しくお辞儀をするところは貴子そっくりである。
宥は首を傾げながら、
「あれ? 確か薫子ちゃんはビオラやから、志望は松ヶ崎芸大の付属やったよね?」
貴子と仲が良いので薫子とは何度か話したこともある。
当然、進路も聞いている。
「それなんですけど…私、鳳翔女学院の高等部にしようかなって」
「でも高等部って、クラシックの専攻も部活もあらへんで」
「だから、軽音楽部に入ろうかなって」
「えっ?」
思わず宥は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
これには美織が、
「いや、実は私が鳳翔の軽音楽部入りたいって言ったら、それじゃ私も行くって薫子が言って引かなくて…」
「それ、貴子先輩は知ってるの?」
桜花が尋ねると、
「姉には話してません」
江梨加も思わず、
「そらぁ貴子ちゃん聞いたら引っ繰り返るで」
目を丸くした。
そばで黙って聞いていた雪菜が、
「…それさ、思い切って黙って受けてみたら?」
「雪菜ちゃん、それは…」
宥が言葉に窮した。
「だってやってみたいんでしょ? それならやってみなはれって昔から言うやん」
雪菜はいたずらっぽくスマイルを輝かせた。
「まぁ、それなら受けてみますけど」
「その代わり、私が言ったのは内緒ね」
ウィンクしてみせるあたり、さながら小悪魔のようなそぶりですらある。
そのような経緯で。
美織と薫子はそれぞれ鳳翔女学院の入試を受け、無事に合格を果たし、発表の日に再び宥のカフェを訪れた。
「宥先輩、受かりました!」
満面の笑みを浮かべてやってきた二人を、宥と雪菜、そしてたまたま来ていた実穂子が、ささやかに抹茶ロールケーキで祝ってくれた。
「それで…実は軽音楽部に興味のある子がいて」
そうやって外で待たせていた女子生徒に、
「
やってきたのは見たことのない、制服の女子であった。
「…
綺麗な標準語の口跡を話す、それでいて意志の強そうなキリッとしたショートヘアの千沙都は、深くお辞儀をした。
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