2 発言

 連休明けの昼休み。


 職員室に来た宥を前に、渋川先生は何とも言いづらそうな顔をしてから、


「あのね…部活申請は5人揃えんとあかんのよ」


 申し訳なさそうな顔をした。


「じゃあ…うちら3人の他にもう2人入ったら部活にできるってことですか?」


「まぁ、理論上はね」


 でも簡単やないと思うで──渋川先生は過去に何人か、軽音楽部を作ろうとした生徒の話を聞いている。


「たいてい、ベーシストかドラムがおらんくてあかんことなったりしてるから、まぁ難しいんとちゃうかなぁ」


 だがしかし。


 ベースなら貴子がいる。


 そこだけは前よりは有利であるように宥は、口にこそ出しはしなかったが思っていた。





 職員室を出ると、宥は1年生のいる3階に一足飛びに階段を駆け上がり、


「能勢江梨加ちゃんって何組?」


 片っ端から訊きまくって、ようやくいちばん端にあるクラスを探し当てた。


 が。


「江梨加ちゃん、今日は家の用事があるからって早退しました」


 クラスの生徒の声に宥は落胆したが、タイミングよく──考え合わせると天に意思があるとしか思えないのであるが──来あわせた桜花に、


「もし江梨加ちゃんって子に会ったら、軽音楽部の2年生の篠藤宥が探してたって伝えといて!」


 それだけを言うと宥は足早に階段を駆け下りていった。


 桜花は呆気にとられていたが、軽音楽部があることを初めてそこで知り、


「…もしかしたら、スクバン行けるかも知れない」


 わずかばかりながら、桜花は雲の裂け目から光芒が射したように感じられたらしかった。





 放課後。


 桜花は思い切って2階の2年生の教室に行き、


「取り敢えず…訊いてみよう」


 階段を降りて曲がった出会い頭に、顔も知らない赤ネクタイの2年生の女子生徒にぶつかってしまったのである。


「あっ…す、すみません!」


 桜花はさすがに慌てて謝ったが、見上げるとハーフの2年生がクスクス笑っていたのである。


 咄嗟に英語も出ず、


「あの…すみません、…Sorry」


「どうしたのですか?」


「あの…篠藤宥って先輩は何組ですか?」


「…宥のこと、探してるのですか?」


 まぎれもなくカンナであった。





 カンナに連れられて桜花は教室に入ると、そこには宥と貴子がいた。


「宥、この子…宥に話があるみたい」


 桜花はおずおずと来ると無言で頭を深々と下げた。


「1年生の白川桜花といいます!」


「…あ、昼休みの」


 宥はおぼえていたらしかった。


「軽音楽部ってどこに部室ありますか?」


「まだ部活申請してへんから、ないで」


「そんな…」


「でもこれから立ち上げるつもりやし…あんた良かったら入らへん?」


「…えっ?」


「ちなみに楽器は?」


「少しだけドラムの経験があります」


「ギター、ベース、ドラムは揃ったってことね」


 貴子が述べた言葉に桜花は反応した。


「ベース、いるんですか?」


「まぁ一応ね」


「それなら…もしかしたら可能性はあるかも知れない」


 桜花の言葉の真意が分からず、メンバーたちは首を傾げるばかりであった。





 しかし。


 桜花は江梨加の気性を知っている。


 それだけに一緒にと言っても首を縦に振らないかも知れず、だが言わずに入るのもどうかとも考えたらしい。


 そこで。


 桜花は一計を案じた。


 もちろんこの策は実行に移された。


「あのね江梨加ちゃん、ちょっと付き合って欲しい場所があるんやけど…?」


「珍しいやん、ええよ」


 江梨加を連れて桜花が来たのは、図書室の脇の階段を上がった屋上である。


「…あの!」


 屋上でアコースティックギターを手にしたカンナ、ストレッチをしていた貴子と、マネージャーの宥に、


「私…軽音楽部入りたいです! メンバーに入れてください!」


 これには江梨加も驚いたが、


「…江梨加ちゃんはほら、団体行動とか苦手やから、私は江梨加ちゃんを巻き込みたくないから一人で行く」


「桜花…」


「でも、黙って行くのだけは避けたかったから、知って欲しかったん」


 折からの雲が流れ、夕陽が桜花と江梨加を照らし出す。


「せやから、多分これから江梨加ちゃんとは時間が取れへんくなるかも知れへん」


 それでも私は行く──桜花は一歩踏み出した。





 たまらず江梨加は、


「桜花!」


 桜花は向き直ると、


「別に裏切る訳でもないし、悪いことした訳でもないけど、でも私にはスクバン出たいって夢がある」


 それで出たくないであろう江梨加を巻き込むのは本意ではない──桜花は続け、


「せやから…ごめんね」


 しばらく江梨加は黙っていたが、


「…ったく、昔っから手間ぁかかるし…しゃあないなぁ!」


 桜花が行くならうちも付いてったるわ──悪態をつきながらも、江梨加は桜花に追いついた。





 そのようないきさつで。


「5人揃ったから、これで申請は出せるわね」


 渋川先生は安堵した顔をした。


「あとはこれで生徒会長と面談があるから、そこをちゃんと対応すれば軽音楽部はできると思う」


 幸い生徒会長の堺雪菜ゆきなは宥のカフェによく出入りする関係から親しく、宥から軽音楽部の話を聞いた際も理解を示し、


 ──むしろ今まで、何でなかったのかが不思議やん。


 などと、あとは基準の問題ぐらいであることを話していたぐらいである。


 部室は、職員室脇の空き教室が充てられることも、渋川先生のはからいで決まった。


「あとは顧問かぁ…」


 渋川先生は演劇部の顧問であるから、兼任はできない。


「しょうがない…古典の紺野先生に頼んでみるか」


 紺野先生という名前が出たことに、宥は意外性を感じた。





 紺野先生、名前はゆずる


 物静かに授業を淡々と進める地味なイメージの先生で、名前から生徒には、


 ──ユズ先生。


 と呼ばれていた。


 そのユズ先生を顧問にといったのには、理由があった。


 ユズ先生はどこの部活動の顧問もしておらず、それでいて音楽サークルにいただけあって音楽に詳しく、京都大学の国文科の出なだけに、作詞をした際の添削が期待できる。


 何より。


 日頃ほとんど怒らず、また色気づいたところもない。


 それに生粋の京都人ではなく、地元が北海道でしがらみもない。


 これだけ打ってつけな人物も他にない。


 渋川先生が頼んでみると、


「なんか楽しそうでいいじゃないですか」


 案外あっさりと快諾してくれたので、少しだけ逆に不安を渋川先生はおぼえたほどである。


 ともあれ。


 面談も済んだ中間テスト前の時期には、無事に正式な活動も始まったのであった。


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