天翔ける虹の如く─School Bund Story 2─
英 蝶眠
Episode1
1 西陣
──と記したところで、すぐ分かる人は少ないのではなかろうかと思われる。
これには解説を要す。
旧来の京都の街は言わずと知れた碁盤の目で、それぞれ通りに通り名がついており、その建物の面している通りを先に呼び、最寄りの交差する通りを呼ぶ。
それが東西の場合は東入ル西入ル、南北の場合は上ル下ル…となる。
以上を踏まえると、浄福寺通に面した今出川通の南側…ということになるのであるが、これにさらに町の名がつくのであるから、とかくややこしい限りであろう。
この通り名だけで約100本はある──と聞いて
無理もないであろう。
カンナは両親が離婚し、母の実家があった西陣の浄福寺今出川から
幸い自転車で白梅町まで行ける距離なので通学は困らないが、まだ制服すら横浜の頃のセーラー服である。
「やっぱり身長あるから、お下りやいうて卒業生の子でも中々サイズが見つからへんねん」
これには担任の渋川綾乃先生も頭を抱えた。
カンナは身長が168センチある。
しかも父親がアフリカ系アメリカ人でいわゆるハーフであるためか、体質が筋肉質寄りで日本人の女子に比べ、肩幅や厚みがあるので制服はオーダーとなっていた。
それで仕方なく鳳翔女学院のブレザータイプの制服が間に合わず一人だけセーラー服であった。
が。
それが却って悪目立ちしているように、カンナには感じられたらしい。
そんな清家カンナが編入してきたクラスで、真っ先にカンナに声をかけたのが、京町家カフェの娘の
「なぁなぁカンナちゃん、うちのカフェ
祖母の
観光客向けの店育ちなだけに宥は物怖じがないらしく、
「カンナちゃん…そのケース、もしかしてギターかなんか弾きよんの?」
宥が指さしたのはカンナの椅子にかけてあるギターケースである。
「弾き語り…したこと、ある」
「わぁ…カンナちゃんめっちゃカッコえぇやん!」
「そぅ…?」
「ウチなんかなんぼ気張っても音痴やし、楽器なんかてんでアカンし、弾けるだけで尊敬もんやわ」
宥にすればカンナは輝ける存在であったらしい。
しかも。
宥の家が浄福寺通の隣の
「あ、智恵光院の篠藤さんとこなら」
驚くべきことに、カンナの母親が宥の家を知っていたのである。
あとから分かった話であるが、カンナの母親と宥の母親は同じ鳳翔女学院の先輩後輩の間柄で、宥の母親のほうがひと学年上という関係性である。
智恵光院通といっても宥の家は、一条通のそばの橘公園に近いから西陣のはずれに近い。
ちなみに西陣は南は一条通、東は堀川通、北と西は
それはいい。
それまで一人きりで心細かったのが、宥というまるで闇を照らす、サーチライトを持った捜索隊のようなクラスメイトがあらわれたことで、カンナは一気に明るい心を取り戻したらしく、
「そっかぁ…じゃあ、宥ちゃん私の友達になってくれる?」
「そんなん簡単やろ…てか、もう仲良しやん」
そうしてたまに北野天神のバウムクーヘン屋に寄り道をしたりする間柄となっていた。
ゴールデウィークが近づいた雨の日曜日、カンナと宥は出来上がった制服を取りに行くついでに、新京極まで遊びに出かけた。
「カンナちゃん、新京極は初めて?」
「うん」
カンナは中学の修学旅行は東北で、松島や金色堂を回ったので、新京極は初めてであったらしい。
宥は気を回し錦天神のそばの雑貨屋まで足を伸ばした。
そのとき、である。
アーケードの伸びるフリースペースで、キーボードを弾いてアニメに出てくる『キセキヒカル』を歌う、鳳翔女学院のグレーのブレザーを着た女子生徒を見かけたのである。
アニメ好きな宥が思わず反応した。
「あれって、1年生の子…」
鳳翔女学院高等部は、2年生が制服に赤のネクタイを締める。
キーボードの子は緑のネクタイなので1年生で、ついでながら色はそれぞれ卒業まで変わらない。
その緑ネクタイは、歌が飛び抜けて上手かった。
カンナと宥は歌い終わるまで、しばらく茫洋と聞き惚れていたが、やがてキーボードのほうが二人に気づいたのか、
「…ありがとうございます」
「カッコいいなぁ」
そのぐらいしか会話は続かなかったものの、印象だけは深く刻みつけられた。
月曜日にキーボードの彼女の名前はすぐ分かった。
「1年生の
中等部の頃から路上ライブをしている──教えてくれたのは、宥とカンナの隣のクラスながら常に仲の良かった、
貴子の母親は宥の実家のカフェでよくピアノライブをしており、そこへ貴子がときおりベーシストとして参加したりもするところから、高等部に上がる頃には宥とすっかり打ち解けていた。
「何で知ってたの?」
「何でって…いや、うちのお祖母ちゃんにピアノ習っとったし」
貴子の海士部家は音楽家で、祖母と母がピアノの講師、祖父はバイオリニスト、父は交響楽団のコントラバス奏者であり、貴子自身も中等部時代は吹奏楽部でベースを担当していたが、高等部に入ってからはなぜか、吹奏楽部から離れていた。
「せやから何となく顔見知りではあるんやけど、でもあの子どちらかというたら一匹狼タイプやし」
余り団体で行動をするのが苦手なようで、
「でも友達が全くおらんくもないみたいやし…何とも言われへんわ」
貴子がもたらした情報は貴重なものであった。
その頃。
当の江梨加は、親友の白川
「江梨加ちゃん、楽譜見つかった?」
「東京から取り寄せやから1週間かかるって…それより桜花のその本は?」
桜花が手にしていたのはガールズバンドの専門誌の最新号で、
「今回は
「そういや桜花のお姉さん、桜城やもんね」
桜花の双子の姉である白川
「ほら…うちの学校、スクールバンドないし」
「てか何で桜城行かなかったの?」
「桜城は倍率高くて…」
桜花が入試を受ける前に、スクールバンドグランプリことスクバンの全国大会でチェリブロが優勝を果たし、それ以来人気の高校となって倍率が跳ね上がってしまったのが、桜花が鳳翔女学院に来た理由らしかった。
それでも桜花はスクールバンドには興味はあったらしく、
「ね、江梨加ちゃん…一緒にバンドやろうって」
桜花はわずかながらドラムの経験がある。
「そんな、ドラムとキーボードだけで簡単にバンドなんかでけへんって…だいいちギターはおるけど、ベースは中々見つからへんねんで?」
江梨加はベースが見つからずにバンドを諦めた話をいくつも耳にしている。
「ま、ベーシスト見つかったら入ったるわ」
江梨加は高を括ったところがあって、そんな言い方をしてみせると、桜花は寂しげな顔をした。
「桜花、早よ行こ?」
気にするそぶりすらなく、江梨加は桜花の会計を待つべく外へ出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます