十三話目

 朝早くからビルに呼び出された。昨日夜遅くまで起きていたせいでとても眠たい。重いまぶたを持ち上げて目を擦りながら朝日に照らされるビルを見る。 

「おはよう、アディーレちゃん!!」

「おはようございます…。」

 相変わらず眩しい笑顔。その眩しさに圧倒されながらビルを見つめる。

「朝早くから堪忍な〜。総統が呼んでんでアンタのこと。」

 私はまたか、と思いながらビルに礼を言って重い体を引きずって総統室に向かった。




 総統室につくといたのは書記官のエドワードだった。

「おはようございます。」

 私がそう言うとエドワードは返してくれた。そして散らかった総統様の机を片付けながら私に言った。

「総統はすぐ来ますよ。」

 相変わらずの生真面目。ツンツンしているような冷たい素振り。怒っているのかと思っていまう。手際よく書類をまとめてはチェックサインをしてゆく。間違いがあれはそこを指摘して書類を後ろに送る。とても慣れているように思える。視線が書類に注がれて髪が軽く顔にかかる。それを邪魔と思ったのか書類を持っている別の手で耳にかけ直す。暫く見ていると「なんですか。」とにらまれてしま睨まれてしまう。謝って視線を窓の外に投げやった。青い空と白い雲。そして両脇の紅いカーテンが風によって揺れる。

 すると足音がした。扉が開いた。そこには笑った総統様と懐かしい彼_______


  ドラジエントがいた。


 だいぶ成長していて大人びていて昔の可愛らしさはなくなっていた。代わりに男らしくしかししなやかに美しくなっていた。でも間違いなく彼だった。黒い髪に琥珀色の瞳。長い睫毛。彼はドラジエントだった。総統様は相変わらず少し恐ろしく笑っていた。

「アディーレ、彼で間違いはないか?」

 こんな優秀機関が間違えるわけないじゃない。そう思いながらドラジエントを見る。彼と目が合った。彼はポツリと呟いた。

「アディーレ?」

「うん。久しぶりだね。」

 そう言うと彼は見る見る顔を歪ませて目に沢山の涙を浮かべた。大粒の涙が頬に伝う。相変わらず可愛らしい子だ。私は泣くドラジエントと裏腹に笑ってドラジエントの頭を撫でてやった。

「アディーレ、アディーレ会いたかったよ。僕、僕、アディーレに会えなくて苦しくて…。」

 ボロボロ溢れる涙を軽く拭ってやると嬉しそうに笑った。そして私に抱きついてきた。

「僕、アディーレと一緒に居るって言ったのに僕だけ逃げちゃって凄く辛かった。やっぱり一緒に連れてくべきだった。ごめん、ごめんねアディーレ。」

 弱々しく泣く彼。私は笑って言った。

「大丈夫。私は大丈夫だよ。だから泣かないで。ね?私、ドラジエントのに笑った顔が好きなの。」

 するとドラジエントは「うん、うん。」と頷いて涙を浮かべたまま笑った。無邪気に子供みたいに笑った。その顔はとても懐かしかった。そばで総統様が何か言いたげに待っている。私は総統様を見た。

「感動シーンですまない。ドラジエント、話がある。君は優秀な機械技師だと聞いている。そこでだ、君に義足の作成を頼みたい。そして銃の大量生産も。どうだ?その依頼を受けてくれるなら食事と部屋と服と武器は提供すると約束しよう。」

 ドラジエントは自分の才能を狙われていて言ってしまえばこれも同じようなことだった。だから総統様は断られる確率の方が高い。そう判断したのかドラジエントにとっての利益を最後に言った。最後に言うことによって意識はそちらに向く。総統様はよく頭が回っていた。

「依頼を受けてくださるなら契約書にサインを。」

書記官エドワードは総統様のバリトンボイスのあとに喋ったせいで声が高く感じる。実際少し高いのだけど。エドワードは契約書と万年筆をドラジエントに渡した。

「僕は…。」

 そう迷いながら私を見た。そして苦しそうに目を細めた。

「きっと期待通りに動けないと思いますけど、アディーレのためなら、よろしくおねがいします。」

 そう言って彼は契約書にサインした。それを見て高笑いする総統様と契約書を受け取るエドワード。総統様は「勝った。勝ったぞ!この戦争!!」と言いながら高笑いした。ドラジエントは私の手を握って隣に並んだ。気づかないうちに身長は抜かされていた。でも、彼は見上げるように顎を引いて私を見ていた。




 彼をビルに紹介した。ビルは大きくて怖かったのかドラジエントは私の後ろに隠れてしまった。

「え?!ちょっと待ってなんや彼氏さんか?」

「違う!」

 私はビルの言葉に驚いた。彼氏なんて意識しても見なかったし、そう言われるなんて初めてだった。顔を横に振りながらそう言った。ビルは少し安心するように胸を撫で下ろすとしゃがんでドラジエントを見た。気障な笑顔でドラジエントに向けた。大人っぽい美しい笑顔。

「はじめまして。アディーレちゃんの教育係ビル・ガードナーです。」

「あ、ぼ、僕はドラジエント・ビューラインです…。」

 よく回る饒舌のビルと比べ途切れ途切れで声の小さいドラジエント。ビルはドラジエントの頭を撫でた。

「なんかアディーレちゃんみたいやねぇ。かわええわ。」

「や、やめてくださいよ…。」

「私とドラジエント似てる?」

 ビルを見上げながらそう言うとビルは笑って私の頭を撫でてくれた。

「そっくりやで。ドラジエントもアディーレもうすぐだからホンマかわええわ。」

 私はビルに撫でられるのは慣れてしまい恥ずかしくならなかったが顔を赤くして言った。

「なんかお兄さんみたいだね。」

「お兄さん…?ほ〜んええな。お兄さんって呼んでもろてもええで?」

 軽く冗談を言うのもビルの良いところ。私は笑いながら「ビルお兄ちゃん。」と呼んでみた。するとビルはすごく嬉しそうな顔をした。


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