第16話 盾の使い方

「この盾、すごいです」


 私は、まじまじと自らの左腕に現れた光の盾に見入ってしまいます。

 盾役の戦士として、様々な盾に触れてきた経験から言っても、これまでで最高の盾に思えます。

 私の中に感じられる気配から光の盾へと伸びる繋がりが、いまだに感じとることができます。


「これ、もしかして……」


 私が繋がりを通じて盾を感じながら考えていると、顔面を盛大に石畳にぶつけた魔女が動き始めます。焼けただれた腕はすっかり動かないのか、もう片方の手だけを使って起き上がってきます。


 魔女はぶるぶると体を震わせ、姿勢を低くし明らかにこちらを警戒している様子です。


 ぼさぼさの毛髪の隙間から覗く人の目によく似た、大きな目玉がぎょろりとこちらを睨みつけてきます。


 私も再び盾を構え、魔女と対峙します。

 じりじりと私は横に移動します。じっとこちらを睨み、体の向きを変える魔女。


 ──今度は、こちらから仕掛けますっ


 私は横移動を止め、前へと踏み出します。

 ここに来るまで感じていた体の軽やかさはそのままです。

 魔女との距離が、一気に縮まります。


 魔女の目線の先は、私の光の盾。


 ──先程の攻防で焼けただれた片手のせいで、かなりこれを警戒していますね。


 狙うは、魔女の顔面へのシールドバッシュ、と見せかけます。


 接近しながら右手へと持ちかえ、高々と掲げた光の盾を魔女へと振り下ろします。

 魔女も、残った手に真っ黒な闇を握りしめ、私の振り下ろした盾へと突き立ててきます。


 今まさに、盾と魔女のまとう闇が接するというタイミング。そこで、私は盾を消します。


 そのまま中空へと伸ばされる魔女の腕。


 空振りをした魔女の姿勢が、大きく崩れます。そして最大限警戒していた対象であろう光の盾が突然消えたことで、認識が追い付かないのでしょう。


 魔女に隙が生まれます。


 私はその隙をつき、滑り込むようにして姿勢を崩した魔女の足元へともぐりこみます。

 と、同時に消した光の盾を再び作り出します。

 今度はその盾の縁が、魔女の体を切り裂くように。私は左腕を伸ばし、頭上に見える魔女の大きな体に這わせるように盾の縁を添えていきます。


 勢いのまま、魔女の体の下をすべり、通り抜けます。

 ばっと、振り向きます。


 盾の縁が焼き切った場所から、真っ黒な闇がぼたぼた、ぼたぼたとこぼれたかと思うと、次の瞬間には、魔女の体が崩れ落ちました。


 私は魔女がもう動かないのを確認するとほっと一息つき、すぐにタプリールへと駆け寄ります。

 意識の無いタプリールの両手を握ると、一心に祈り始めました。

 いつの間にか盾は消え、気配が背後に戻っています。それはまるで私の中の結界が再び閉じたかのような感覚でした。

 意識の片隅で、それを知覚しつつも、心の大部分を占めるのは目の前でぐったりとしているタプリールの事です。


 私の祈りに応えてくれる背後のざらりとした気配。そっと両手へと添えられた気配に目を閉じ身を任せます。

 いつものように訪れる金縛り。そしてまぶたの裏に、映る光。

 見慣れたその光に感謝を捧げます。


 全てがふいに終わります。


 私が瞳を開けると、タプリールと目が合います。まだ、もうろうとしていますが意識が戻ったようです。私が安堵していると、なぜか恍惚とした表情を見せるタプリール。


「なんと神々しい光──。大聖女、様です、か?」


 私は顔に黒いヴェールをしたままのだった事を思いだします。それにタプリールの前でこの格好をするのは、はじめてでした。私は急に、シスター服を着ていることが恥ずかしくなってきました。


 そのときです。背後から物音がします。

 振り向くと、そこには小型の魔女の姿があります。

 私はこれ幸いとばかりにタプリールの頭をそっと撫でると、新たに現れた魔女の方へと走り出しました。

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