死の色の空

 鋼鉄の鳥が翼を折られて墜ちていく。赤い光球が空を埋め尽くし、助けを求める声が断続的に響いて途切れていく。

 大型艦が爆発し、その爆炎を貫いて三機の戦闘機が飛び出してきた。機体に描かれた国旗は、龍をイメージしたもの。つまりは、ドラムグード王国軍だ。

 戦闘空域を我が物顔で駆けるドラムグードの凶鳥から逃げていく連邦軍。この戦線は、もはや放棄寸前までこっぴどく叩かれていた。


『緊急! 緊急! 新たに敵戦闘機二個小隊を確認! 敵空母、降下してきます!』


 モニターに映された無数の点。青色の味方が赤色の敵にまた一つ食い破られる。戦況は圧倒的に連邦側が不利だった。

 司令室は完全に混乱状態にあった。五秒先を見据えて出した指示は、二秒後には無駄になっている。戦況の流れの移り変わりが早すぎるのだ。


『くっ! どこか増援は出せないのか!?』

『近くを航行中の艦隊に支援要請を!!』

『了解! ……っ! ダメです、味方艦隊は別にいたドラムグード艦隊と交戦を開始しました!』

『第三高射砲基地から入電! 全力砲撃で注意をこちらに向けさせると……』

『馬鹿が! 地上戦力では航空戦力に歯が立たん! 却下だ!』

『時間稼ぎが目的とのこと! 仕返しは空の英雄に任せたと!』


 通信機から聞こえるその言葉を聞いたユリーシャは、思わず息を呑んだ。操縦桿を握る手に力が込められる。

 頭を振って気持ちを引き締める。はるか前方で、高射砲基地がドラムグード戦闘機に爆撃される様子を見ながら、通信機に向かって半ば叫ぶように喋った。


「ユリーシャ到着しました! 優先目標の指示を!」

『遅いぞ! 優先は敵戦闘機だ! 間違っても艦隊には手を出すな!』

「了解!」


 ドラムグード戦闘機の背後を取ったユリーシャ。照準を合わせてロックオンを試みる。

 だが、敵戦闘機は直後に反転。ユリーシャ目掛けて突進を仕掛けてくる。敵戦闘機に搭載された二門の機関銃が連続して火を噴いた。

 ギリギリのところでユリーシャが回避運動を取る。翼の先端を弾丸が掠め、二機が交錯した。


「っ! ……くっ! 相変わらずの変態機動ですね!」


 後方で敵戦闘機が急旋回。ほぼ直角を二回ほど曲がって急加速を決めてくる。

 有人戦闘機のGなど完全に無視したような馬鹿げた機動。これに対抗するのは苦労なんてレベルの話ではない。

 ユリーシャが機体を回転させる。尾翼からスモークを放ち、後方を飛ぶ敵機の視界を塞いだ。

 煙などお構いなしに突っ込む戦闘機。煙を抜けると、そこには射撃ボタンに指を添えた状態で待機しているユリーシャの戦闘機が。


「今だ! ここです!」


 機関銃を掃射。それと同時にミサイルも放つ。

 急な攻撃に対応できなかったドラムグードの戦闘機は、ユリーシャが撃った機関銃の弾でシールドを無効化された。剥き出しのボディーにミサイルが突き刺さり、空中で花火を花開かせる。

 分解しながら墜ちていくドラムグード戦闘機は、やがて完全に爆発した。撃墜記録一。

 が、まだ安心できない。空を駆ける凶鳥は今のやつだけではないのだ。

 次の敵に向かおうとユリーシャが旋回する。すると、その左翼に弾丸が突き刺さった。安定翼を穿たれ、飛行が困難になる。


「なっ! しまった!」


 前後から、合計四機の戦闘機が迫ってきていた。これは間違いなく……墜とされる。

 迫る死から目をつぶった。ずっと願っていた瞬間のはずなのに、恐怖が体を支配していた。目から一粒の涙が伝う。

 ……が、いつまで経っても死は訪れなかった。ユリーシャがゆっくりと目を開く。そして、信じられないものを見た。

 墜ちていくドラムグード戦闘機。それだけなら、ユリーシャは何度も見てきた。だが、その上空……沈むドラムグード戦艦というのは見たことがなかった。何隻もの敵艦が爆発する。

 まさかやられるなど思っていなかったのだろう。敵軍に乱れが生じ、何隻か、敵戦艦が衝突事故を起こしていた。

 ユリーシャ戦闘機のキャノピーの前を、白い機影が横切った。二機の敵戦闘機を引き連れて。

 新たに現れた機体は、はるか上空で水平軌道に変えたあと、スモークを噴射した。と、同時に急降下して退避する。

 敵戦闘機が煙を抜ける。すると、その前には別の敵戦闘機。

 空中で真正面から激突した二機が弾け飛び、その破片をもらったもう一機も爆発する。空中で同士討ちをさせるという前代未聞の戦法だった。

 ドラムグード艦隊が撤退行動に移り始める。すべての戦闘を中断し、追跡阻止の強力なジャミング電波を発信して退いていった。

 だが、それを阻止するように空飛ぶ要塞が現れる。その要塞は、ドラムグード艦隊を塞ぐように出現。主砲を撃って戦艦を次々沈めていく。

 しかし、さすがはドラムグード艦隊だ。新手にも即座に対応する。

 排煙がキツいミサイルを連続して発射。視界を塞いだその一瞬の隙を突いてワープエンジンを始動させる。

 次の瞬間には全艦がワープ。撤退を完了した。

 しかし、そんな些事など気にならなかった。その場の誰もが、熱いものを心に感じる。

 ユリーシャが、要塞を見上げて呟いた。


「あれこそが……真に英雄と呼ぶに相応しい……」


 ユリーシャの呟きは、誰の耳にも届くことなく消えていった。


 この日、連邦軍は歴史的戦果をその手にした。

 数多くの命が散り、あわや戦線の放棄まで考えられたこの戦闘において、連邦軍は初めてドラムグード艦隊を聖天龍、及び勇者の手助けなしで撃退することに成功した。

 これが、後世まで長く語り継がれる激戦――「反攻の翼」と名付けられた一戦だった。

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