敗北の味
無数の弾丸が飛び交っている。ただし、実弾ではなくエネルギー弾ではあるが。
青い光球と赤い光球が入り交じる幻想的な風景。宇宙という、どこまでも広がる漆黒の空間を彩るには美しい彩飾だ。もっとも、飾りつけの費用は兵士たちの命である。
また一機、戦闘機が右翼をへし折られて爆発する。隣で戦友の最期を瞳に焼き付けた少女が強く唇を噛んだ。錆び付いた鉄の味が口内に広がる。
「ドラムグード艦隊への精密照準完了! 射程範囲まであと何秒!?」
『主砲有効射程まで、およそあと二十秒。送られてきたデータの同期完了を確認しました!』
「っ! 即座に撤退許可を!」
『一番艦ムラサメの艦長だ。戦闘機部隊はただちに撤退、現宙域を離脱しろ。離脱後、空母に載って退け!』
「了解! これより撤退する」
生き残っていた四機の戦闘機が離脱する。さほど脅威に思われていなかったのか、特に追撃もなく、対空装備からの攻撃も停止した。
戦闘機部隊の仕事は終わった。後は、宇宙連邦艦隊による攻撃だ。
備え付けられた主砲が動く。戦闘機部隊が命がけで照準を定めてきたポイントへと狙いを付け、砲身にエネルギーを蓄積していく。
宇宙連邦艦隊と、敵――ドラムグード王国の艦隊が並んだ。斜線が通り、攻撃可能な配置になる。
各戦艦の砲撃手に緊張が走る。やがて、力強い号令が轟いた。
「全艦、撃てぇっ!」
ムラサメの艦長の一声で、主砲が一斉に火を噴いた。ドラムグード艦隊はシールドでビーム兵器を弾いている。だからこそ、わざわざ実弾を使って砲撃したのだ。
距離がどんどん縮まっていく。着弾まで、あと二秒。
「弾着……今です!」
観測手の報告を受け、全員がモニターを見る。どうなったのか知りたいのだ。
結論を言うと、攻撃は意味をなさなかった。ビーム兵器を弾くシールドは透過したものの、その内側のシールドに弾かれたのだ。
「っ!? どうした!?」
「これは……物理干渉緩和のシールド!? 二重構造だったなんて!!」
「くそっ! まずいぞ!」
攻撃をした。ということは、相手にこちらの位置を晒すことに他ならない。全戦艦のロックオン警報がけたたましく鳴り響く。
ドラムグード艦隊から、一隻の船が突出する。鮫のような形状で、高火力を特徴としている駆逐艦だ。
鮫型駆逐艦の牙が光る。赤い光球が生じ、連邦艦隊へと放たれた。
宇宙連邦の戦艦も、シールドはもちろんついている。だが、その性能は明らかに劣っていた。
鮫型駆逐艦のビーム兵器は、連邦艦隊のシールドを易々と破壊。船体に直撃し、各所で爆発を起こさせる。
耐えきれない何隻かは推力を失い、遅れたところを蜂の巣にされて轟沈していく。
通信機は誰の、どんな内容の声を伝えているのか分からない。怒声、救助を求める声、遺言を託す声、混沌とした内容を繰り返し伝えている。
ムラサメの艦長は、どうにか体勢を立て直そうと必死だ。
「被害を報告しろ!」
「主砲大破! 動力室に異常発生、推力二割減です!」
「ワープ装置がやられました! ワープ不能!」
「艦隊に甚大な被害発生! もう七隻轟沈!」
「戦闘機部隊収容予定の空母、全滅です!」
『こちら戦闘機部隊隊長ユリーシャ! 空母全滅! 指示を乞う!』
必死に頭を回転させるも、有効な打開策は浮かんでこない。なら、考えるべきは一人でも多く生き残らせることだ。
ムラサメの艦長が席を立ち、乗組員たちの顔を見る。乗組員たちも、艦長の意図を察して覚悟を決めた。死地に赴く表情で通信を艦長に渡す。
「全員聞け。これよりムラサメを囮にし、盾に使う。その隙に撤退、生き残れ! これが、私からの最後の命令だ!」
『っ! ……了解!』
『艦長……今までありがとうございました!』
『撤退……開始!!』
ドラムグード艦隊からの砲撃は続いている。その凶弾の味方への直撃コースの間にムラサメを滑り込ませ、味方を庇う。
連邦軍は撤退を始めた。背後で聞こえる、炸裂音と爆発音から逃げるように。
◆◆◆◆◆
「――誰か、誰かいませんか? 誰か応答してください……」
弱々しく通信機に語りかけるも、誰の返事もない。当然だ。
あの戦いから逃げてきた味方はその後……ドラムグード王国の別動部隊に挟撃されて全滅したのだから。生き残ったのは、ユリーシャただ一人。
うるさかった会話が、交わされた冗談が、安否を確認する真剣な声が、もう、何も聞こえない。
ただ一人、孤独に飛び続けるユリーシャは、諦めきれないように通信機に語りかける。
「誰か、生存者は応答してください……」
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