第2話 初々しき蜜月
浮ついた娘ではないものの、亜子ほどの美貌と知性を持った令嬢に、男の影がなかろうはずはない。自宅を出て30分後、プリウスの助手席にはある青年が爽やかな笑みを浮かべ、時折語らいかける。亜子はそれに応じ、美貌をやや紅潮させ、頷き返す。
「それでさ、亜子はアナウンサーになって何をしたいの? 今時の娘らしくない亜子にしては意外な選択だったよね」
「うん、別にテレビとかに出たかったというよりは、自分の目で見て、真実を誰かに伝える仕事をしたいなって…。テレビ局に入っても報道に配属されるかはわからないでしょ? でもアナウンサーなら、ニュースを読むことはできるし、一度くらいは報道番組を任せてもらえそうだから」
「ふーん、どこまでも真面目で硬派なんだな」
「うふふふ、社会派ジャーナリストの亜子って呼んで…なーんてね。ちょっとカッコ良すぎるかなぁ?」
亜子は生真面目な告白に、乙女らしく頬を染めつつ、少々砕けた笑みを見せた。
黄昏時、シルバーのハイブリッドカーは新宿御苑に向けて、ひた走る。亜子は運転用のシューズに履き替えた小さく品の佳い足の先でアクセルを踏む。
「今日のホームレスの炊き出し支援ボランティアも、『ジャーナリスト亜子』の第一歩かな」
「いいえ、今日のは単位が関係しているの。ほら、うちの学校ミッション系で、奉仕とか献身ってポイントが高いから。会社に入ってからでもエピソードとして紹介されやすいでしょ?」
「可愛い貌して、結構したたかだな、亜子は。それで、僕の事務所に顔を出したんだね」
「うふふ、あったりー」
屈託のない亜子。
「でも、優馬さんはどうしてボランティアを?」
さしたる関心はなかったが、亜子はさりげなく問うてみる。
「僕の叔父さんは自分探しに熱中した人で、ずっと定職につかず、親戚一党からも厄介者扱いされていた。でも、僕のことは小さい頃、随分と可愛がってくれた人だった。最期はホームレスをしていて、一年ほど前に亡くなったんだけど、音信不通だったからその死を知ったのはつい最近なんだ。…一度は挫折した人が再チャレンジできる社会を作る一歩として、このNPOを起ち上げたんだ。もっとも、まだ半年も経たないから偉そうには言えないけど、亜子より動機は純粋だろう?」
貧困問題に取り組む大学院生、東出優馬のNPO法人にボランティア登録をしたのは3か月ほど前の事。ミスコンの経歴紹介でのアピールポイントアップを狙った亜子流のイメージ戦略でもあったが、優馬自身に興味があったのも事実だ。出会いは大学の新聞研究会サークルの貧困問題のディスカッションの場だ。今風のイケメンでかつ繊細な表情が似合い、社会問題に関心を持つ彼に女心をくすぐられた亜子は積極的に彼にアプローチした。
「そんな言いかた、ひどーい! まぁ、優馬さんの事…気にかかっていたのも事実だけど、ね…」
亜子は横顔に、熱を帯びた上目遣いの瞳を輝かせ、意中の男性を見つめる。
「ま、新聞研究会に似合わぬ、可愛らしい娘がいるっていうから、お邪魔したんだけど、さ」
と、優馬も悪びれない。二人の関係は、相思相愛の入り口に立ったといったところで、若い男女として一番楽しい時期だろう。華やいだ空気の中、プリウスは炊き出しの行われる公園に近づく。
「この公園は、駐車場がないんだ。あ、大丈夫。予約してあるからね」
「さっすが、優馬さん。準備が良いですね! 私、新宿とかあんまり詳しくなくて…」
自信なさげに美貌に苦笑を浮かべつつ、小ぶりなビルの地下駐車場へとプリウスは消えていく―――。
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