episode11 お十夜
柚凪がバイトを始めてから一週間が経った。
ちなみに柚凪は、ほぼ全てオレと同じシフトに入れることになった。
というのも、柚凪が今入っているシフトにはもともと女子大生が入っていたが、複雑骨折ででられなくなったため、丁度空いた席に柚凪が入れるようになったというわけだ。
────
日曜日のバイトの帰り道、太陽が沈みかけた夕方、オレと柚凪は他愛もない話をしながら歩いていた。
「柚凪も結構バイトに慣れてきたな」
「え、そう?」
「ああ、接客も100点だし、ハンディも使いこなせてるしな」
「えへへ、それは先輩の教え方がうまいからじゃないですかっ!」
「……やめろ、その呼び方」
すると、柚凪はぴょんっと飛び跳ね、腕を絡ませてきた。
ちなみに柚凪に先輩と呼ばれているのは、オレが柚凪の教育担当なったためか、バイト中とかはそう呼んでくるようになった。
……正直、普通に呼んでほしい。
「おい……外ではあんま抱きつくなって」
すると柚凪はムッとした表情をつくり、更に強く腕を絡めてきた。
「別にいいじゃん、だめなの?」
「だめじゃないけど、人の目とかあるだろ?
それに知り合いとかいたらやばいし」
今日はやけに人通りが多い。
「んー、まあたしかに」
柚凪は納得したのか、腕の力を緩め、そのまま離した。
「……じゃあ、んっ」
柚凪はそっぽを向き、照れくさそうにオレの手元に手を突き出してきた。
オレはその手を無言で握った。
「これでいいか?」
「ん」
無愛想な返事ながらも、オレの手はキツくぎゅっと握られている。
「柚凪ってオレの手、好きだよな」
「は、え、別に、そんなことないし……」
「の割には、外でも家でも隙あらば握ってくるよな」
「あっ、う……たしかに……それは……」
「それは?」
「ああっ!うるさいっ!翔こそ、あの日からずっと私のおっぱい触ってくるじゃない!」
「あ、おい、そんな大声でやめろっ」
周りの視線がギョッと集まる。
やばい、恥ずかしい。
──あの日からというのは、オレが流れのままに柚凪の胸を触れてしまったときのこと。
でも柚凪が「いいよ」と言ってくれたので、あの日以来も抱き合ったり、キスをしているときに度々揉んでいる。
「ふふふ、慌てちゃって」
「お前なぁ……」
「まあ、私は翔の手が好きで翔は私のおっぱいが好きってことでいいじゃん」
「……ん〜、まあ、それでいい……のか?」
そんな話をしながら歩いていると、柚凪が後ろの方から押し寄せる人波とぶつかり、ぐわっとバランスを崩した。
「あわっ!」
「柚凪っ、大丈夫か?」
オレは倒れかける柚凪を咄嗟に腰に手を回して、なんとか転倒するのを防いだ。
「あ、うん、大丈夫。ありがとう」
「しかし、今日はやけに通行量が多いな」
倒れかけた柚凪をぐいっと立ち直らせ、進行方向に進む群衆を眺める。
「だよね、なんか浴衣みたいなの着てる人もいるし、夏でもないのに。なにかあるのかな?」
「あ!思い出した、今日はお十夜だな」
「おじゅうや?」
柚凪は分からなかったのか、首を横にかしげた。
「毎年この時期に行われる法要のことだよ。
狭い路地にずらーっと屋台がいっぱいでるんだ、オレも前に行ったのは5年くらい前だっけかな」
「へぇ!そうなんだ!」
「ここら辺に住んでるのに知らなかったのか?」
「こっちに来たの中学の終わり頃だったし、今年になるまで友達もいなかったから、行く機会もなかったし、知らなかった。」
「そうなのか……この後暇だし、どうせなら行ってみるか?」
「うん!行きたい!」
数十分ほど歩くと、お十夜が行われてる狭い路地へとついた。
路地の両脇には、様々な屋台が所狭しと並んでいて、少年心を擽るものであった。
「わあー!すごい、屋台がずっと続いてる」
柚凪は目を輝かせ、右、左と交互に屋台を見ている。
「とりあえず、歩くか」
「うん!」
人混みのなか、はぐれないようにと、オレたちは再度手を繋いであるき出した。
「なにか食べたい物とかあったら言えよ。買ってやるから」
「え!いいの!やった!」
この一週間で随分と遠慮が無くなったものだ。
この前まではラーメン奢るってだけでも申し訳無さそうにしてたのにな。
「あ、でもバイト代入ったら私にもなんか奢らせてね!」
「わかったよ」
その後、焼きそばやチョコバナナを食べながら、屋台が続く路地を歩いた。
「お祭りって歩いてるだけでもなんかわくわくするよね」
「それはわかる」
「あとさ、一緒にいる人ってのも大事だよね。」
「え?」
「あ、ほら、一人だと楽しさも半減するじゃない」
「まあ、たしかにそうだな、オレも柚凪といて楽しいからな。」
「……ほんと?」
「ああ、柚凪と出会ってから毎日楽しいよ」
「……うん、私も」
そんな話をしているうちに、屋台の奥の方までたどり着いた。
「ここで最後かあ、長かったね」
「だな。」
最後の方の屋台ですずカステラを買い柚凪と食べながら、来た道を戻ってるときだった。
「あれ!?かけるっちじゃん」
と、後ろから聞き覚えのある高めの声であの女が呼ぶあだ名で呼ばれた。
振り返ってみるとやはり、あの女だった。
セミロングの金髪がかった髪に、男ウケのよさそうな化粧、真っ赤な口紅。
身長もオレより15センチほど低いが、なんともいえないギャル特有の威圧感がある。
その横には一人、同じ系統の女がいた。
おそらくこいつの友達だろう。
「翔、この人知り合い?」
柚凪が困惑した表情で聞いてきた。
「一応、知り合いだけど……」
オレがそう言うと、女はオレたちの会話に入ってきた。
「えー、一応って酷くない?あたしたちバチバチのセフレだったじゃん」
「だ、だまれ……」
「なに焦っちゃってんの、あ、この子もしかしてかけるっちの新しいセフレ?」
「だまれよ……」
「酷いよね、あの日以降、連絡もとってくれなくなっちゃってさ、すぐ乗り換えるなんて。」
「……だから、柚凪はそんなんじゃねえって」
「え、そうなの?ならもっかいならない?
セフレ。」
「は?冗談抜かしてんじゃねえよ、大体、そのせいでオレは……」
「あー、そのことなら大丈夫、あたし彼と別れたから」
「……どっちにしろ、お前とはもう関わらない。じゃあな」
オレは困惑している柚凪の手を引き、あの女から逃げるように人混みをかきわけ、路地を進んだ。
「ちょっと、翔、セフレって言ってたけどあの女とどういう関係なの?」
「ああ、ちゃんと後で話す。でも今はあの女から逃げる。あの女はオレのトラウマだ」
柚凪の手を引いて路地を抜けて、少し歩いて、海岸についた。
祭りの喧騒とはうってかわって、せせらぎの音しか聞こえない、静かな場所。
そこの堤防に腰をかけ、オレはあの女との関係について柚凪に話した。
「あの女の名前は黒峰芹那。
確かにオレとセフレだった女だ。」
「そう、なんだ……」
「きっかけは、ナンパだった。駅の近くを歩いていた、芹那に声をかけた。それが始まりだった。」
「翔、ナンパなんてしてたの……?」
「いや、オレがしたというより、荒谷と飯島がノリでナンパしようって言い出して、なぜかオレが声をかけることになったんだよ」
「まあそれは翔が1番成功率高いだろうからねえ」
「え?」
「あ、なんでもない、続けて」
「それでナンパは失敗に終わった」
「え、じゃあ、なんで?」
「でも、芹那が連絡先だけならってラインを交換した。そこからだった、関係ができたのは。ある日芹那から連絡があって、送られてきた住所に行ってみたらそこは芹那の自宅で、オレは芹那の誘惑につられて、一発やった。
芹那もオレが気に入ったらしくて、セフレという関係になった。」
「それって、いつの話?」
「高校一年の最後。ちなみに芹那も同い年だ。学校は違うけどな」
「それで、その後なにかあったんでしょ」
「ああ、芹那には彼氏がいたんだ。」
「えっ」
「驚ろくだろ?オレも驚いたさ。それでオレとのトーク画面を彼氏に見られたらしく、呼び出されたオレはそいつと殴り合いになった。」
「それで、どうなったの?」
「お互い、重症で病院、警察沙汰だよ。」
「そういえば一時期、停学になった生徒がいるって噂になってたけど翔だったのね」
「ああ。でも、オレが許せないのはその彼氏じゃない、そりゃ自分の彼女が寝取られてたら誰だって怒るだろう。
オレは芹那がいちばん許せない。
事件のあとラインで『彼氏がいるのになんでオレを誘ったんだ?』
って聞いたら『かけるっちの方がイケメンだったから』だとさ、あいつは反省すらしてなかったよ。それでもうあいつ関わるのはやめたんだけど、また会うとはなあ。」
オレが説明すると柚凪は立ち上がった。
顔は怒りで溢れているようだった。
「私、あの芹那って子にちょっと言ってくる」
「お、おい、やめろよ、一体なにを言うって言うんだよ」
柚凪の腕を掴み、止めるが、それでも柚凪は前に進もうとする
──ぐっ、意外と力強い
「翔を危険な目に合わせといて、悪びれもしてないんでしょ、挙句の果てにはもっかいセフレになろって?ばっかじゃないの。私が一発ビンタでもかまして目覚まさせてやるわ」
「暴力はよくないよ、それにもうあの女との面倒事は避けたい。」
「で、でも……」
説得すると、柚凪は肩の力を抜き、下を向いた。
「オレは今がよければいいんだよ、過去のことは過去のことって割り切ってるから。」
「でも、翔は…翔は悪くないのに……」
「はぁ」
オレは柚凪の体を振り向かせて抱きついた。
「え……翔……?」
「今がよければいいって言ったろ?
オレは今、柚凪とこうして抱き合えて幸せなんだ。過去のことなんてどうでもいいくらいな。」
「……うん、私も幸せだよ」
「柚凪、オレはお前が好きだ。」
「うん、私も好き……」
「今度はずっと恋人になろう」
「はい……ずっと一緒にいたい」
「オレもだよ」
こうして、オレと柚凪は正式な恋人になった。
第一部・完
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