episode6 雨宿り

 翌日、オレは遅刻ギリギリでクラスへと駆け込んだ。

 昨晩あったことが頭から離れず、全く眠れなかったのだ。

 考えてみると、いや考えなくても昨晩、オレのした事は配慮に欠けすぎていたと思う。


─今日、必ず謝ろう


 そう思い、柚凪の姿を探してみた。

 柚凪は教室の端の方で5,6人くらいの友達と談笑していた。

 さすがにその輪の中に割って入る勇気は俺には無かったので、また落ち着いた頃に謝る事にした。


 ………が。

 中々話しかけるチャンスが掴めず、時間が過ぎていき、昼休みへと差し掛かった。

 オレは仲のいいメンバー3人と昼食を取りつつ、柚凪が一人になる時を窺っていた。

 柚凪も友達と昼食を取っている。


「なあ、お前さすがに見過ぎじゃね?」


 すると、オレと向かい合った形でお弁当を食べている荒谷康介がそう言ってきた。


「確かにそれ思ったわ、翔なら大抵の女子は捕まえられるかも知れないけどさすがに岸山さんは無理だって」


 そう同調したのは隣の席に座る飯島海斗。


「いや、オレは別に。そんなつもりじゃねえよ」

「ウソつけ、朝からずっと目線が岸山さん一点だったぞ」

「そうだったか?」

「まあ、頑張れよ。当たって砕けろだ。」

「だから、告らんて」


 そんな会話をしていると、ふと柚凪が後ろを振り向いた。

 そしてオレと目が合った。

 目が合った瞬間、柚凪は逸らすようにすぐさま前を向いた。

 こりゃあ、相当怒っているかもしれない。

一刻でも早く謝りたい。 


 そんな感じで昼休みを終えた。

 残るはもう放課後しかない。


 帰りのSHRが終わり、オレは柚凪に声をかけることにした。

 ふぅーと深呼吸をして、柚凪の座る席の方へと目をやったが既に柚凪の姿はなかった。

 帰るの早すぎん?

 それともやっぱオレに話しかけられるのを避けているのだろうか。


 荒谷や飯島は部活の為、オレは一人で帰ることになった。

 下駄箱で靴を履き替え、外に出た。

空は雨雲のような黒い雲で覆われ、今にも雨が降り出しそうな感じだった。

 朝見たスマホの天気予報では雨が降る予報はなかったはずだけど……

 まあ、一応折り畳み傘は常備してあるし、大丈夫だろう。

 

 

 校舎をでて、校門に目をやると、そこに一人の少女が膝下くらいまでの短いスカートと長い茶髪をなびかせながら、誰かを待つように立っていた。

 柚凪だ。


 オレはその姿を見つけ、足早に駆け寄った。 

 柚凪はイヤホンをつけ、スマホをいじっていたためか、オレにはまだ気づいていないようだった。

 柚凪の目の前までくると、それに気づいた柚凪がイヤホンを耳から外してオレの顔を見た。

柚凪と目が合い、オレは謝罪を述べた。


「柚凪、昨日は本当にごめんなさい。

 許されるとは思わないけど、ほんとうにすまなかった!」

オレは目一杯頭下げた。


「………」


 だが、柚凪からは返答が帰ってこない。

 迷っているのだろう、オレを許すか許すまいか、オレは女子高生の服を無断でひん剥くという、到底許されない行為を理由はともあれしてしまった。

 そして、柚凪が今まで隠しとうしてきたものをオレは土足で踏み入ってしまった。

 彼女を救ってやりたいという気持ちはあったにせよ、浅はかすぎた。


 すると、数秒間の沈黙の後、柚凪はひとつの紙袋をオレの目の前に突き出してきた。


「これ、昨日借りた服。一応洗濯もしておいたから。」

「あ、ありがとう。」

「ん」

「それで、どうなのでしょうか?」


 柚凪の表情からはなにも読み取れない、許してくれたのか、それともまだ許していないのか、わからなかった。

 なので、確かめるべく聞いてみた。


「なにが?」

「なにがって、オレが昨日した事が許してもらえたのかどうか……」


「別に最初から怒ってないわ、あの時は少し驚いて逃げてしまっただけ。」

「あ、そうなんですか。」


 そう言うと、柚凪はコクリと頷いた。


「ね、ねぇ、その、今日も行っていいんだよね?翔の家に。」


 柚凪がもじもじしながそう聞いてきた。


「あっ、そりゃもちろんです。

 なんなら、このまま直でオレの家に来るといいです。

今日オレ、バイトないので。」


 俺がそうとっさに提案したのには一応理由があった。

 柚凪と柚凪の父親が一緒にいる空間を少しでも減らすためである。

 あの痣の数をみるに常日頃、頻繁に暴力を受けているということになる。

 そんな女子をみすみす、危険な場所にいさせたくない。

そういう思いがあった。


「あ、うん。翔がいいならそうさせてもらいたい。」

「よし、じゃあ帰りましょうか」

「うんっ」


 歩いて、数分。

 おもしろいくらいに会話がなかったが、気まずさというものはあまりなかった。

 無論オレが感じていないだけで柚凪は感じているかもしれない。


「柚凪、もし誰にも言えないような辛いことがあったらオレに頼って欲しい。」

「……え?」

「もちろん、無理にとは言いませんが、相談くらいにならのりたいです。」

「う、うん!ありがとう。

 じゃあさ、早速なんだけど。

 ひとつお願いしていい?」

「いいですよ」


「なんか、寂しい気分だから手、繋いで?」

「お安い御用です」


 そしてオレは強く柚凪の手を握った。

 柚凪の手は男のオレの手とは違い、華奢で柔らかかった。


「ちょ、もっと優しく握ってよ」

「あ、ああ。申し訳ない」


 つい堪能してしまった。

 今まで、他の女子と体こそ交わしたことはあるがこうやって『手を繋ぐ』という恋人同士がするようなことはしたことがなかった気がする。


 手を繋いだまま帰路を歩いていると、ゴロゴロッという音とともに、ぽつりと水滴が顔に落ちてきた。

 やっぱり天気予報は外れたのか。


「急いで帰ったほうが良さそうですね」

「そうね」


 手を繋いだまま走り出した。

 だが、その時には既に遅く小粒の雨が段々と大粒の雨へと変わっていった。

 次第に、強風も相まってさしていた折り畳み傘の骨が折れ、半壊してしまった。


「まずいな、雨宿りしないと」

「あ!あそこ、あそこにしよっ」


 そう言い柚凪が指をさしたのは公園。

柚凪があんぱんを食べたまま寝てしまった屋根付きのベンチがある公園だ。


 オレたちはベチャベチャと公園の土を踏みながらなんとか屋根付ベンチへとたどり着いた。


「もう、なんなのよほんと。

 雨降るなんて聞いてないわ」

「ほんとですよ、今朝の天気予報は確かに晴れだったはずなのに」


 そしてオレはスマホで改めて天気を確認してみた。

 すると、案の定、晴れだったはずの天気が雨マークと雷マークが表示されていた。

 なんでも、北上するはずだった雨雲がなんらかの影響でずれて、こちらへとぶち当たったのだ。


「やみそうにないわね」

「ええ」 


 オレが早く雨やまないかなと空を見上げ見ていると、ふと柚凪が口を開いた。


「一つ質問していい?」

「なんでしょう?」

「翔って4,5人と、その……やったのよね?」

「やったとは?」

「もうっ、わかってるんでしょ、そういう行為よ」

「ああ、なるほど。セック──」

「す、ストーップ!それ以上言わなくていい」 

 

 柚凪はそう慌てながら、オレの口元に手を当ててきた。


「む…むぐ……」

「あっ、ごめん。」


 苦しがっているオレに気づき柚凪は手を離した。


「で、それがどうかしましたか?」

「あ、いや、大したことじゃないんだけどね、うちのクラスにも翔とやった人っているの?」


 どんな質問がくるかと思ったら中々えげつないのがきたな。

 ──正直に言うといる。

 でも、答えていいのか………

 名前を出さなければギリギリセーフか。


「い、いますよ」

「ふうん」 

「なんですか、ふうんって」

「いや、別に。それで誰なの?」

「や、さすがにそれは言えませんよ。 

相手側とも秘密にするって約束しましたし」

「そっか〜、私は結菜あたりかと思ってるけどね。」


 え、嘘。

 なんで当てちゃうの。

 あ、たしか結菜と柚凪は友達だ。

 結菜のやつ言ってしまったのではないだろうか。


「どうやって、それを?」

「やっぱりそうだったんだ」

「………カマをかけましたね?」

「まあね、確かに結菜かわいいもんね〜

 優しいし、スタイルいいし、胸もあるし。

 結局、男は体なのよねー」

「い、いや、求めてきたのは向こうですし。

 それに、柚凪も負けず劣らすですよ。」


「……てことは私ともできるってこと?」

「……へ?」

「だから、もし私がそういう行為を翔に要求しても断らない?」

「それは………断ります。」

「は!?なんでよ!」

「うーん、なんていうんだろう。なんか柚凪は守ってあげなくちゃいけない存在って感じがするんですよ。」


「だから、なんなのよ」

「柚凪が弱ってるところに付け入ってそういうことをするのはあまりいい気分じゃないというか。」

「じゃあ翔がやってくれなかったら死ぬって言ったら?」

「その時はもう全力でいかせていただきます」

「……あそ、でもまだ死ぬつもりないから、当分は我慢しなさいよね」


 ………なんでオレが欲求不満みたいな感じになってるんだろう。


 そんな話をしているうちに、先程の大雨は小雨になっていた。

 風もそんなに吹いていない。


「帰るなら今のうちですね」

「そうね」


そしてオレたちは小雨の中、ベンチをでた。





 

 

















 







 




 


 

 


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