果てなき場所にいる君へ

@ygaugust

第1話 孤独上等

 桜の咲くこの季節。人々は、新生活とやらに胸を躍らせ、この季節を楽しんでいるだろう。だが、俺は違う。俺はこの春という季節が一番嫌いなのだ。それは何故か。初めに言っておこう。俺は高校生である。

 俺の名前は、神野蒼。中学生時代はクラスの影として青春を謳歌していた。勿論、友達はいない。友達がいないというだけで、俺は周りの人間から俺の人生を否定される。しかしだ、俺は自分の人生に誇りを持っている。一人では何もできない者とは考え方が違って当たり前だろう。生きている環境も価値観も違うのだから。

話を戻すが、俺がこの季節を嫌う理由はただ一つ。それはリア充だ。リア充はどこでも繁殖をしていく。特に女だ。奴らはクラスが変わると男に順位をつける。例えば、スポーツも出来てクラスをまとめられる学級委員長と何の取り柄もない地味な男では、女は学級委員長に上の順位をつける。そして、その男を狙って自分に自信のある女が手を出していく。そんな事を繰り返して、気がつけばクラスの大半がリア充だったという事もある。これは、あくまで俺個人の意見だが、俺の意見に同意してくれる同志も数多くいると俺は確信している。

今日がその日だ。今日は二年生初日。クラス替えのあるこの日、俺は気分を下げ、作業のように登校。クラスを確認、足を運んだ。教室内は、既にいくつかのグループが形成されていた。おそらく、一年と変わらない人間同士でグループを作り、後から他の人間を取り込んでいくシステムだろう。単純なシステムだが、良くできている。このシステムで作られるのは上下関係だ。先にいた者が立場を上として捉え、後からの者は立場がした。表面上は仲のいい姿をしていても、奥深くには醜いものがあると俺は考える。

そんな事を考えながら、俺は自分の席に座り、本を開く。本はとても良い物だ。人間の生み出した宝と言っても良い。文字が読者の頭の中に物語を映し出していく。その情景を見て、人は感情を抱く。繰り返す事で、感性を豊かにしていく。それが本という物だ。

キーンコーンカーンコーン

この学校という小さな世界をまとめる鐘が鳴った。この鐘を合図に生徒は活動していく。俺もこんな力があればと思ったこともある。

ガラガラ

鈍い音を鳴らし、ドアが開いた。教師が入ってくる。凛々しさを持つ、女の教師だった。

「このクラスを受け持つことになった、担任の東美奈だ。特にこれといった事を言うつもりはないが、この学校の生徒として恥じない態度で生活してくれ。以上だ」

特にこれといった事を言うつもりはない、と言った割にはかなりの事を言ったと思う。気の強そうな教師が担任になったようだ。これから先の生活がかなり心配だ。

「今日は明日の予定を伝えて終了だ。帰りは何処に寄っても構わないが、事故のないように」

 軽く明日の予定を聞き、今日の学校は終わった。

 さて、終わったら何処に行こうか。まずはコンビニで今日の晩飯でも買ってから帰ろう。

 学校を出でから数分の位置にあるコンビニに寄った。中には数人客がいる。今日の晩飯は何にしようかと店内をウロウロしていたとき、一人だけ妙な客がいた。周りを何度も確認している。まさかとは思うが。すると俺の想像した事が目の前で起こった。その客はサッと100円のおにぎりを二つポケットの中に入れたのだ。その客は、そのまま何事もなかったかのように店を去った。そう、万引きだ。

 だが、生憎俺はその光景を目にしても何もしない。面倒事はごめんなのだ。

 ただその光景を見送った俺は、晩飯を買い、コンビニを後にしようとした。だが、この残酷な世界は、そう簡単にはいかなかった。

 コンビニを出た後、その目の前にさっきの客がいた。万引きさえしなければ、可愛らしい顔の女だ。おにぎりをひたすらに頬張っている。

「おい、お前」

驚いた。脳が命令する前に口が動いた。人間の善意というものだろう。

 おにぎりを頬張る女は俺の声に反応し、こちらを振り向いた。

「それ、お前が盗んだもんだろ。なに店の前で堂々と食ってるんだ」

 女は目を丸くさせ、咳き込んだ。

「全く、どうしたもんか」

「ばれちゃってたか。なんだー上手くいったと思ったのになー」

呼吸を整えた女は、軽く答えた。罪悪感はないのだろうか。

「俺はお前を警察に突き出すつもりはない。だが、こんな事はもうしない方がいい。お前の身のためだ」

「へー君、優しいんだ。こんな私にも」

「お前の事情は知らんが、俺は優しいわけじゃない」

「そうなんだ」

 自分の言葉に驚いた。こんな事を俺が言うなんて思ってもみなかった。

「じゃあさ、私と友達になってくれない?」

「断る」

 即答で断った。当たり前だ。誰がこんな女なんかと友達になるか。俺にはこの女の思考が理解出来なかった。

「えーいいじゃん、ケチ」

「なんとでも言え。俺には友達はいらん」

「ふーん。そうなんだ。なら、私があなたの最初の友達になってあげます!」

「は?いや、結構です」

どうやら、この女は頭のネジが何本か外れているらしい。

「ねーいいじゃん。お願いです。このとおりです」

初めて人に頭を下げられた。何人かにこちらを見られている。目立つのは極力避けたい。

「あーもう分かった。なるわ、なる。だから頭上げろ」

「言いましたね。私は安藤美咲です。よろしくです」

「神野蒼だ」


 この出会いは偶然か必然か、今の俺にはわかる。彼女がいたから、俺は変われたのだと心の底から思っている。だが、この頃の俺はまだ知らなかった。安藤美咲がどんな女なのかという事を。彼女の存在が俺の人生にどんな影響を与えるかという事を。

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