断章3 不殺の乙女
—————断章3—————
不殺の乙女
「———厄介。もう始まったなんて」
けたたましいサイレンが鳴り響く中、研究職と技術者の白衣の一段がわらわらと指定された階層へと移動を始めていた。完全な無人になる区画が増えるのは、表面上は喜ばしいが誰も居残っていないかと兵士達が銃を構えて『排除』を始めるのも目に見えている。
カナンに参加した人間達は総じて行方不明となっている。簡単な話だ、関わった者達を須らく始末しているだけであろう。さもなければ、ここまで正体不明の施設が存続できた筈もない。
「私は紛れられない。せめて顔だけでも隠さなければ」
末端の男性職員が私は殺されると知っていたのだ、知らない人間は少数派のものだろう。ふたりが並んで降りれる階段に足を延ばす彼らを眺めながら、彼を殺した部屋を見ていた。廊下の最奥にある部屋の過程に、忌々しくも階段が設置されていた。
「————時間の無駄。彼は、もういないのに」
まだ死体は放置されているのではないか。そんな妄想はすぐさま振り払う。仮に在ったとしても、既に血も凍り付くほどの死体となった、彼だったものでしかない。
「彼はまだ死んでいない。私が向かうべきは———」
ただの光に咄嗟には反応出来なかった。自分の背後から迫る赤い格子状の光に照らされた時、廊下中に響く新たなサイレンが発令される。職員と兵士達の全員がこちらへ向く寸前、病室のひとつへと逃げ込む。
「何をしているの。これでは逃げられない」
悪手でありながらも最善の策と決めつけるしかない。放送に従わなかった不届き者をさがすべく、兵士達が近場の病室を開けては閉めてを繰り返す。
隠れても無駄だ。病室にはベット程度しかない。だから———拳銃を取り出す。
「殺人は許されない。なんて重り————槍も使えないなんて」
左右から迫る扉の音を肌で感じ取り、最後にこの部屋の扉が開かれた同時に—————発砲。分厚い装甲服に対して火力不足の9㎜弾では意味がない。しかし、どれだけ鎧が進化しようとも人間の身体が脆いのは変わらない。
突然のフラッシュで目を焼かれた男性のひとりの背後に周り、片腕の二の腕と前腕だけで締め落とす。重いヘルメットに振られた頭を立て直せず落とされた男性を背中を伝って、もうひとりの兵士に落とす。総重量80㎏にも届く重量をぶつけられた事でバランスを崩し、倒れると同時にヒールで喉を踏みつけて失神させる。
「甘い———」
アサルトライフルと向けていたひとりの指先、引金を握る人差し指を銃弾で破壊。悲鳴を上げさせている内に階段へと逃走を図る。背後から短い発砲音こそ鳴り響くが、それは白衣の人間達によって食い止められる。
「酷いって思う?全てあなた達が、彼らにやった事なのよ」
ひとりの男性の顔を踏みつけて最下層を目指す。そこは彼がカナン潜界の度に訪れていた部屋がある。エアシャワー室の先にある滅菌室。ポット上の揺り籠が収められ、あそこ以上に耐震防犯性能が確立された部屋はない鉄壁の檻。
最下層へと降りた時、装甲服を纏っていないただの警備員が同じM&Pシールドを向けて放ってきた。銃こそ与えられているようだが、その腕は9㎜弾のストッピングにすら耐えられていない。
「死にたくなければ頭は守って」
肩、腕、手の甲。数人の警備員にそれぞれの弾痕を残す。傷を庇った隙を狙ってひとりを膝蹴り、ふたりを二丁の拳銃の銃底で殴りつけて突き進む。廊下の壁に設置されていた鉄製の棚を全て倒し続け、天井のライトを全てに発砲していく。
この閉所での戦闘は銃口と弾丸の数が趨勢を決める。しかも、自分は自ら逃げ場のないあの部屋へと乗り込むとしている。尚更被弾率は下げるべきだ。
「早く。早く迎えにきて」
時間がない。私に許された時間は、あと数分もない。
数を揃えて突入されてしまえば逃げ場はない。だけど明確な勝機があるのも事実だった。逃げるのではない勝利の道筋が。
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