「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 チラ見せの三日間

如月 仁成

エーデルワイスのせい


 ~ 五月三日(月祝) ~

 エーデルワイスの花言葉

 大切な思い出



「いやあ、娘との接し方が難しくて難しくて……」

「情けないわね。自分の分身なんだから、気に食わなければ叩いて直せばいいのよ」

「いやいや! そんな大時代的な考え方できませんよ僕には!」

「あたしらだってそうやって躾けられてきたでしょうに」

「確かに、親父には散々叩かれた覚えがあるけど……」

「……行ってきますなの」


 ママとくっちゃべってる。

 毎日のようにお店に来るご近所さん。


 ママはいつもぷりぷり。

 ご近所さんはいつもしょんぼり。


 まるで今日のお天気みたい。


 上はぽかぽか。

 下はひんやり。


 五月にしてはなかなかツウ好みの陽気。

 じょうろで水撒きした手が、まだちっと冷たい。


 ゴールデンウィークって。

 お水がぬるくなる境目だと思ってたけど。


 今年来た春は、のんびり屋さん?


「ねえ、のんびり屋さんのコックさん」

「……のんびりなのは、春なの」

「春ものんびりもあんたの代名詞でしょうが」

「言い得て妙なの」

「もう十時なんだけど。お店、休み?」

「九時開店なの」

「あんたは頭を回転させなさい」


 ……こう?


 お団子に挿したエーデルワイス。

 触りもせずにクルクルと回してみたら。


 お客さんとママが揃って飛び上がる。


 すごいの、二っつお隣りのドールハウスに住んでるお人形さんちゃん。


 またお料理教えたげて、代わりに何か教わろう。


「お花に釣り糸巻いて引っ張るだけで人気者になれるって教えてくれた通りなの」

「つ、釣り糸なんだ! ああびっくりした……」

「とうとう『そういうふう』に進化したのかと思っちゃったわよ……」


 そこはかとなく失礼っぽいことを言われた気がするけど。

 でも、人気者は嫉妬されてなんぼらしいし。


 まあいいか。


「あんたが、お花に身体乗っ取られる前になんとか出荷しないと……」

「お花屋さんから出荷されるのはお花なの。合ってるの」

「いいから! これ渡しとくから、お隣りさんからハンコ貰っておきなさい!」

「…………受け取り印?」

「そう! 返品不可!」


 ママがいつもエプロンに入れてる紙っ切れ。

 あたしの名前が書いてあるやつを口に咥えて。


 お店のエプロン外して。

 いつもの割烹着を持って。


「……いっへきまジュルなの」

「びったびたにしなさんな」

「ああ、そう言えば藍川さん」

「ん?」

「ジュル?」

「この間仰っていたの、黒い石のイヤリングでしたよね?」

「そんな話、よく覚えてたわね」

「そんな話、言った覚えないのジュル」


 このおじさん。

 記憶力無いの。


 あたしみたいに何でも覚えてる子にならなきゃダメなの。


「あんな豪華なもの頂いた御礼に、探しておきました」

「豪華?」

「早速ポール立てて飾ってますよ。娘が大はしゃぎです」

「ああ! あれはお隣りさんのよ! 御礼ならそっちにしなさいよ」

「もちろんお礼しておきました。ちょっといい和牛を……? どうなさいました?」


 ママ、あちゃーってなってるけど。


 そりゃそうなの。

 お隣りに牛肉が行ったら、どんな高級肉でも硬くなるまで醤油とお砂糖で煮詰められるの。


「ちょっと知り合いにあたってみたんですけど、こんな感じでしょうか」

「悪いわね。うーん…………、サイズも金具も違うわね。小ぶりの石に、真っ黒な金具なのよ。ちょっと待ってて、片っぽ持って来るから」

「はい、写真送った方が早そうですので」

「……いっへきま、ゴクン、なの」


 紙、やぶけちった。

 まあいいか、ハンコ押すとこはかろうじて無事だし。


 破けた紙を割烹着に乗っけて。

 お店に向けて出発進行。


「……藍川さん。お嬢さん、またパジャマのまま行こうとしてるけど」

「ほっといて良いわよ、お客さんも気にしてないみたいだから。えっと、どこにしまったかな……」


 ちょっとのんびり屋さんの春は。

 まだ、足下が寒いけど。


 上の方だけ。

 ぽかぽか気持ちよくて。


 なんだか。

 光合成できそう。



 ああ、そうだ。

 もっとお日様浴びたいから。


 明日。


 見晴らしのいいあの丘に遊びに行こう。




 あれ? でも。




 破けたとこ、どこ行ったのなの?




 ~🌹~🌹~🌹~




「な・に・を! やってたんだバカ穂咲ぃぃぃぃっ!!!」

「…………直近なら、ちょうちょ追いかけてたの」


 いつも優しいカンナさんが。

 お客さんのお相手してくれてた。


 じゃあ、あとはまかしとくの。

 明日、お休みって決めたから。

 今日は張り切ってお料理できそムギュ。


「アイアンクローなら、ほっぺじゃなくてこめかみんとこなの」

「てめえのせいでこっちの店が大パニックだ! 書き入れ時舐めんな! 目ぇまわりそうだ!」

「そんなら安心なの。明日はのんびりできるから」

「……なんで?」

「こっち、お休みにすっから」

「勝手に決めるなあああああ!!!」


 むぎゅーは嬉しいけど。

 お客さん待たせてるから、またあとでね?


 あ、でも。

 今までお客さんのお相手してくれてた御礼しなきゃ。


「カンナさん、ありがとなの。感謝の言葉をここに述べるの」

「はあ!? 感謝ぁ?」

「カンナさんは、カップ麺の小袋のようにあたしに優しいの」

「…………ほんとに感謝してんのかそれ」

「もちろんなの」

「そのこころは?」

「誰にでも切れるのに、あたしには切れない」

「これがキレてねえように見えるのかてめえには!!」


 いたいいたい。

 フライパンでお尻叩かないで欲しいの。


 照れ隠しにもほどがあるの。


「あ。照れてるついでに質問があるの」

「照れてるように見えんのかこの節穴には!!!」

「上まぶたと下まぶた引っ張らないで欲しいの。ちゃんと詰まってるの、コラーゲン」

「最後にしろよ!? 何を聞きてえんだ!」

「あたし、小さい頃、人魚になったはずなんだけど。……なんだっけ?」

「分かるわけあるかああああ!!! それは担当者に聞け!」


 カンナさん、大声上げてお店に入って行っちった。


 そうか、担当者か。

 ちょうどいい。


 明日はお土産に。

 こないだ褒めてもらったセットを持って行こう。


 クラブサンドに。

 グラタンスープ。


 それと付け合わせに。

 水色のワンピース。


「…………ローストビーフ仕込むの」


 明日お休みって決めたけど。


 今日から連休だ。


「じゃあ、お待ちのお客さんは、お隣りで食べてくの。店員さんが発狂寸前だったから、きっと売り上げがぽがぽでクールダウンしてくれるの」



 ――春休みに会ったきりだから。

 久しぶりだ。


 マスタードソースも。

 ちょっと気合を入れて。


 ピクルスも。

 一番うまくできた自信作使おう。


 そして肝心の目玉焼き。

 ここんとこ、スランプなんだよね。


 世界一の目玉焼きやさんになるためには。

 まだまだ修行が必要だ。


 そんなこと考えながら。

 ローストしてたお肉料理。

 ちょっと失敗。


 だって、仕込みの途中で。

 カンナさんに追い掛け回されたから。



 桜の枝持って。

 あたしの髪に挿そうとしてたけど。


 駅まで逃げたところで捕まった。



 ……あたしじゃなくて。

 カンナさんが。


 お巡りさんに。


「……カンナさん、大入りになったからって喜び過ぎなの」

「これが喜んでるように見えるのかぁぁぁぁぁ!!!」


 カンナさんは連れて行かれちったけど。

 明日は早起きだから。

 あたしはもう帰ろう。


 仕込んでおいたお肉持って帰って。

 朝からクラブサンド作って。

 スープこさえて……。


「ふあぁ……、んみゅ」


 いっぱい運動したから。

 ぐっすり眠れそう。


 お昼ご飯食べたら。

 もう寝よう。



 ……ああ。


 明日、楽しみだな。


 クラブサンド持って。

 グラタンスープ持って。

 水色のワンピース着て。


 そんで。


 忘れてたものを教えてもらって…………?


「あれ? あたし、なにを思い出そうとしてたんだっけ?」


 忘れちったけど。

 まあいいや。



 道久君なら。

 覚えててくれてるだろうから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る