第104話 ミニダケ採取&リーズ
「――よっと」
オーク・ボアの突撃を防いだノインが、隙だらけの腹にめがけて思いっきり蹴りを放った。
「ぐ、ぅっ……!」
【リーズ・サルト
HP 3268/3451
MP 692/692】
リーズもノインに合わせてボアの突進をガードするが……ダメージは防ぎきれていない。
「っはぁ……こうも複数相手にすると、集中が――」
「リーズ、右だ」
「――うぉおっ!?」
突如、真横から鋭利な爪がリーズの体を切り裂く。
「なにより――こいつがいることも厄介だ!」
【サーベルタイガー Lv.66】
唸り声を鳴らしながら歩み寄ってくる肉食獣、サーベルタイガー。
ボアとは違い、相手の死角に回り込んで襲い掛かってくる。道中で出現する敵の中でも、攻撃パターンがかなり多いモンスターだ。
「これじゃ防戦一方だぞっ……!」
「まあ、落ち着けって」
冷や汗を流すリーズに対し、ノインは余裕のある表情である。
「確かにサーベルタイガーは攻撃パターンの多いモンスターだが……よく観察すれば、それほど厄介なモンスターじゃない」
「……というのは?」
「攻撃方法だ。回り込んで攻撃、動きにフェイントをかける、反撃が来ると思ったらヒットアンドアウェイ……ほら、剣士の戦い方に似てるだろ? だから、あいつはモンスターとしてではなく、プレイヤーとして扱うと攻撃パターンが読みやすいんだ」
「な、なるほど……?」
「今オーク・ボアと同時に戦ってるだろ? そういうときのあいつの動きはな――」
と。
ボア2体の突撃を躱したノインの背後からサーベルタイガーが襲い掛かってきた。
「――死角から不意打ちしてくるんだ」
だが――その動きはすでに予想済み。
飛びかかってきたサーベルタイガーの攻撃をジャスガすると、そのまま盾をタイガーの腹に押し付ける。
「【プレス】!」
『1,490』
瞬間、ノインのスキルをまともに食らったタイガーは大きく後方へ吹き飛んでいった。
「とまあ、こんな感じだ」
「……お前、サーベルタイガーの討伐って初めてじゃないのか?」
「え、うん、初めてだが」
「その割に、なんか詳しくないか?」
「あぁー……なんていうか、前に同じようなモンスターと戦ったことあるからな」
――それはもう、何百、何千万回以上とな。
ノインが思い返すのは……師匠であるティガヴァイスの存在。
全く同じというわけではないが……プレイヤーに対する立ち回りがどことなく彼の存在を彷彿とさせるのだ。
「で、サーベルタイガーを怯ませれば、後は簡単。残った突撃兵を各個撃破するのみ」
「あぁ……だが、3体同時はかなりキツいのでは――」
「いやいや、そんなの関係ないさ」
ノインがニヤリと笑い、足下を指さす。
「今はお昼真っ只中だが……ここは竹林。既にお前の得意なフィールドだろ?」
「……!」
含みのある言い方をする彼の言葉を、リーズは即座に理解した。
「――来たぞ」
1体が突撃をかましてくる。
二人にタイミングを見計らって躱されたボアはそのまま突き抜けていく。
攻撃が失敗したと同時に全身にブレーキをかけて止まるボア。
即座に次の攻撃に転じようとするが――もう遅い。
「――【シャドウワープ】」
竹林にて日光の塞がれたフィールド。
影に溶け込むことができる。リーズなら射程距離はほぼ無限。
「【シャドウスラッシュ】!」
『6,257』
リーズの一撃に、胴体を真っ二つにされたボアは光の粒子となっていく。
「リーズ、右行ったぞ」
「!」
続いてノインに躱され右へ突き抜けていくボアの後ろ姿が。
再びシャドウワープを発動させるには45秒のクールタイムが発生しているが……彼のスキルはこれだけではない。
「【シャドウクロー】!」
『4,539』『4,544』『4,540』
ブレーキをかけた2体目のボアに向かって、三本の爪が影から突き立てられる。
「ラスト! 頼む!」
「っ!」
迫りくる最後のボア。
慌てて避けようとリーズだが……後ろから盾を構えるノインの姿を見て、そういうことではないとすぐに悟った。
「シャドウ――ハンドォっ!」
ボアの巨体がぶつかる直前。
影から伸びた手がその巨体をがっしりと掴む。
それはまるで――真剣白刃取り!
「――そういうことだ」
見事ボアを捕らえたリーズを見て、ノインは楽しそうに笑った。
「【シールドスラッシュ】!」
『2,382』
刃が飛び出た銀の盾が最後の1体を仕留める。
……だが、これで終わりではない。
ノインに大きく吹き飛ばされた彼は――既に背後まで忍び寄っているのだから。
「――! 後ろ!」
サーベルタイガーの存在に気がついたリーズが声を張り上げる。
今のノインはシールドを失った状態。
無防備の彼の首元めがけて牙が突き立てられた。
「あぁ――忘れてないよ」
それは誰に対して言った言葉だろうか。
後ろを振り返らずノインは籠手でジャスガしていた。
「【ナイトモード】!」
次の攻撃に転じようとしていたタイガーに、リーズがスキルを放つ。
視界が煙幕で覆われ、タイガーの動きがピタリと止まった。
――そう、それこそが俺の狙い!
サーベルタイガーの動きが剣士を模しているのであれば……光を奪われた時、余計な動きをせず様子を探る、と。
そしてリーズはすでに放っている。地面に突き立てられていた彼の盾を。
ロストバスターを使い、宙へ浮かんだノインは投げられた盾めがけて全体重を乗せた。
「――【プレス】!」
一気に下降した一撃が確実にタイガーを捉える。
『4,722』
凄まじい衝撃が走り、もろに食らったサーベルタイガーは……そのまま地面に横たわり散っていく。
「……ふぅ、こんなもんか」
戦闘が終わりノインは警戒モードを解いた。
「流石、Lv.80台の実力は伊達じゃないな」
「……いや、そうでもないさ」
今までのリーズはタンク職として、味方を守ることやサポートに徹していた。ここまで積極的に攻撃側へ回ったことも、今までの彼ならしてこなかっただろう。
「さて、と。おーい、こっちは終わったぞ先輩」
「あっ、はい! こっちもなんとか!」
と。
今まで隠れていたユキが、草むらから姿を現してノインに紙を見せる。
「ど、どうでしょうか……?」
ユキから手渡された軽く目を通したノインは満足げに頷いた。
「うん、すごく見やすい」
「っ! そ、そうですか……」
「あぁ、特にイラストがあるところとか、色合いが綺麗なところとか」
「は、恥ずかしいので、あんま言わないでください……!」
なんて言いつつも、嬉しそうに振っている尻尾は隠しきれていない。
そう、これは役割分担。
二人が敵と戦っている間、ユキは第66階層のマッピングをしていたのだ。
……実は最初、ノインが『戦いながらマッピングすればいいじゃないか』と提案したのだが、『そんなことできるわけないだろう』と二人に猛烈に却下された。
「ノインさんって手書きのマッピングを好みますよね。普通の人は自動マッピングで終わらせちゃうのに……」
「いや、自動マッピングからの後付けで手書きを付け加えてるだけだ。周りを歩いただけで地図が作られるだけじゃ、記憶に残らないだろ? アイテムが出現する場所、近くにどんなモンスターがいるか……そういうことを自分で見て書いて、マッピングした方が記憶に残りやすい」
「……確かに」
今さっきマッピングを任されていたユキも、この第66階層の地図は深く印象に残っている。
「じゃあ次は――」
「なあノイン」
「ん?」
「さっきは俺と合わせて動いてくれてたけどさ……お前一人だったらどう戦っていたか、教えてくれないか?」
「え゛っ……!?」
「今後の参考にしたいんだ」
「あ、あの、リーズさん? やめといた方がいいですよ……?」
大真面目にアドバイスをリーズにユキが若干引き気味で止めるが、「いいんだ」と爽やかな笑みを浮かべる。
「今の俺じゃノインの足元にも及ばないことぐらいは知ってる。でも同じディフェンサーとして、プレイングを見ておきたいんだ。Rui子的に言えば、『上手い人のプレーは見て盗め』……だろう?」
「まあ……そこまで言うなら、止めませんけど……」
「うーん……ま、実際に戦った方が早いかな? 先輩、さっきミニダケが多く取れるポイントはあったよな。どこだっけ?」
「あ、えっと、確か――」
今さっき作ったばかりのマップを眺めながらユキが案内していく。
ミニダケとは、竹が成長する前の食材のこと……ぶっちゃけ言ってしまえば、タケノコだ。
風味も食感も一緒だというのに、なぜかタケノコを使った日本食のレシピはいくら探しても存在しない。多くのプレイヤーから疑問に思われているが、『これはミニダケであって、タケノコではないからではないだろうか?』という考察に落ち着いている。
だが美味しいことは変わりないので、ミニダケを餌にするのはプレイヤーだけでなくモンスターも存在する。
それがオーク・ボアだ。
「……おっ、いたいた」
ミニダケの香りを頼りに周辺をうろつくボアを4体発見。
「じゃ、ちょっと行ってくるから、そこで見ててくれ――【タウント】!」
盾を叩いて挑発スキルを発動しながら、ノインが草むらから飛び出す。
ボアたちもノインの存在に気がつくと、二足から四足へ戦闘態勢に入る。
「不意打ちじゃないんだな……? あっ、そうか。俺に教えてくれるから、先に倒しちゃ意味ないもんな」
――いや、ノインさんは不意打ちしないタイプなんです。
余程の理由がない限り、大体の敵には真っ向勝負を仕掛ける。彼曰く「自分なりの誠意」らしい。意味がわからない。
そうこうしてるうちに戦闘が始まっていた。
「ほっ、と」
連続して迫りくるボアの突進を全てジャスガしていく。
防がれたボアだが、突進を止めることはない。ガードされたことにより方向を少しずらしながら通り過ぎていく。
少し移動したボアがUターンをして、背後から襲おうとするが……既に計算済み。
「よいしょ――っと!」
ノールックで攻撃をジャスガしていく。
「……なるほど、ヤツの攻撃方法は突進のみ。速度と突進を止めるタイミングさえわかれば、ある程度は予測可能ということだな」
――とは言え、後ろを向きながらジャスガするなんて人間離れした技、できそうにないが。
戦闘開始から数分経過。激しい音につられてやってきたのは――。
「――サーベルタイガー!」
「……来たな」
遠くから殺気を放つサーベルタイガーにノインも気がついたようで、嬉しそうに微笑む。
タイガーは音を立てずにノインの背後へ回り込むと……一気に距離を詰めて襲い掛かってきた。
「ふっ――」
完全に死角からの攻撃のはずなのに……ノインは難なく躱す。
「さぁ――楽しもうぜ」
そこからは……ボアとタイガーの休む暇さえもない激しい攻撃。
一つ攻撃を防ぎ切ったかと思えば、すかさず二撃目がノインに襲いかかる。
そして……激しい攻防を繰り広げることにより、起こる現象。
――
止まぬ突進、死角をついて強烈な一撃。それぞれの攻撃が砂を舞い上げ、まるで煙のように立ち込める。
気がつけばノインの周囲は砂塵で覆われ、視界が防がれてしまっていた。
だが……ボアとタイガーたちには関係ない。自然界で生き残るための嗅覚が、聴覚が、確実に彼の位置を把握している。
普通のプレイヤーは、ここで防戦一方になる。
いや、そうでしかならないはず。
……だというのに。
「……な、何故だ?」
リーズの額に一滴の汗が伝う。
「何故――この状況で普通に攻撃できるんだ!?」
そう――ノインは今、防戦だけではない。
「右!」
『1,423』
防ぐ。
「左後ろ!」
『1,422』
防ぐ。
「左右同時――かーらーのっ! 正面!」
『1,421』『1,423』『1,235』
全て防ぎきる!
それだけではない。防ぐと同時に短剣を振るい、確実にダメージを与えているのだ。
「あ、あり得ない……! いくらジャスガしようともオーク・ボアが止まることはない……! 視界も防がれ、ランダムの方向から迫る攻撃を、何も見ずに防げるわけが――」
「ランダムじゃないんですよ……」
「……なに?」
あまりにもあり得ないプレイングに愕然としていると、ユキがポツリと呟く。
「ノインさんはただジャスガしてるんじゃないんです……防いだ後、敵がどの位置へ向かっていくのか――全部把握してるんですよ、あの人は」
「え……? 把握、してる……?」
さらりと告げられたとんでも発言に思わず目を丸くする。
「オーク・ボアの攻撃は一直線。ということは、攻撃を仕掛けてくるラインが見えてきます。そうなると、サーベルタイガーの動きもボアに重ならないところから仕掛けてくるという動きになるのです。だから、その……敵が見えなくても、攻撃タイミングを把握してるんです」
「いやいやいや、待て待て待て」
彼女の解説にリーズは慌てたように口を挟んだ。
「その戦法はおかしい。それを実行しているということは、オーク・ボアの動きを制御してるようなもんじゃ――」
「してるんですよ」
「……は?」
「ジャスガする盾の角度を変えて、行かせたい方向に誘導してるんですよ、あの人……」
ユキの言う通り……それぞれの防御する角度を微妙にずらすことにより、ボアの突き抜ける方角を制御しているのだ。
よくよく見れば、攻撃展開もノインに有利すぎる。
一定のリズムで攻撃を繰り返してきたり、突進が他のボアの体に当たってダメージを与えたり、四方八方で暴れまくるボアのせいでタイガーも上手く立ち回りができなかったり。
「………………あいつ、ヤバくない?」
「そんなのわかりきったことじゃないですか、ヤバいってことくらい……」
――あぁ、この感覚。懐かしいなぁ。
一方、ノインが思い返しているのは……師匠との戦闘で最も苦手だった技。
8本の剣が完全なランダムで襲いかかるというジャスガ不可能の攻撃。
タイミングが掴めるので、あそこまでの難易度はないが……全方位から攻撃が迫りくるそれは、あの時の攻撃を彷彿とさせる。
一見集団リンチを受けているように見えるが……その実、モンスターたちは彼の手の平の上で転がされているだけなのだ。
その証拠に……次の攻撃は5体同時のタイミングで襲いかかってくる。
「はっ――!」
だが、彼らの攻撃範囲にノインはいない。
「【ブラスト】!」
真上へ上昇したノインはそのまま盾を構え急降下。
そのタイミングは――まさに5体全員が一点に重なった時!
【反撃の盾が進化しました!】
【反動の盾 レア度:EX+D
攻撃±0 防御±0
盾を飛ばすことに特化した盾。ジャスガを連続成功させると攻撃が+5%される(最大50%)。】
「【メテオ】ォォォッ!」
オーク・ボアと同じ一直線の攻撃技だが……今の流れの主導権を握っているノインの攻撃からは逃げられない。
『48,102』『48,100』『48,103』『48,103』『47,987』
一気に地面へ叩きつけられ、まとめて光の粒子となっていった。
「ふぅー……よし」
戦闘を終えたノインが短剣を収めると、未だ唖然としているリーズの方を振り向く。
「まあ、こんな感じだ。バーサークモードも使ってないし、リーズも練習すればできると思うぞ」
「……ふっ。ふふふっ……」
「簡単だろ?」とでも言いたげな彼の涼しげな表情に、リーズから思わず笑みがこぼれる。
「なるほど……よくわかったよ」
「おっ、そうか」
「――全っ然、参考にならないってことがな!」
「えっ、そうか?」
人間を辞めてると断言していいぐらいの気持ち悪い動きを見たところで……同じ動きが練習するだけでできるわけがない。
「……だから言ったのに。やめといたほうがいいって」
どうせこうなるだろうなあ――と、最初からなんとなく予測できていたユキはため息をつくことしかできなかった。
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