第59話 奥の手

 ――予兆は朝から起きていた。


「回復アイテムが全部売り切れてる……?」


 6日目の朝。朝起きたユウジンの耳に届いた情報はおかしなものだった。


「あぁ。どの街も昨日、買い占められたんだとよ」

「……なんの為に?」

「さぁ……普通なら回復重宝するイベントじゃないからな。さっぱりわからん」


 実に不思議である。初級スタンピードは回復アイテムが必要不可欠であるほど、難しいものではない。


 誰が何のためにやったのか? ――その答えは見つからず、彼らはただただ首を捻るばかり。


 ――ノインたちか?


 ユウジンはそんな予感がし、ふと掲示板を見てみる。


【スタンピード(初級)途中経過ランキング

1位・『タイガートリガー』21,125pt

2位・『ノルズ』20,623pt

3位・『B』19,925pt

4位・『C』19,332pt

5位・『A』19,007pt


 だが、結果は変わらず……それどころか、ポイントも何も変わってない。


「……なぁんだ。もう諦めちまったのか」


 自分が落ちた時は必死に食らいつこうとしていたというのに――と、よほど自分の方が偉いなと感じる。


 しかしまあ、諦めたのであれば話は早い。このまま最後まで1位の座を駆け抜けていけばいいのだから。


 ――やめとけ。


 ふと、昨晩のノインの忠告が脳内に再生される。


 いや――今や、彼にとってあれは苦し紛れの負け惜しみでしかなくなっていた。


 ――そうだ、バグ技を使って何が悪い? ゲームってのはバグが付き物なんだ。利用しないやつが悪い。


「さて……みんなそれぞれのスタンピードに入ったな。俺たちも入るぞ」


 味方にそう告げると、ユウジンは掲示板を操作し始める。


【スタンピード(初級)・コアに参加しますか?

Yes/No】

【エラー:同じクランメンバーが別のスタンピードに参戦しているので、参加できません】


 ここまでは普通。他のメンバーが入ってるからこのエラー表記が出るのは当然だ。


 しかし――バグ技はここからである。


 ユウジンはエラー画面のままメニュー画面を開くと、おもむろにインベントリを操作し始めた。


【アイテム『発煙筒』を使用しますか?

Yes/No】

【エラー:ここでは使用できません】


 エラー画面が出たらメニュー画面まで戻り、またインベントリを開いて発煙筒の使用にYesを選ぶ。エラー画面が出たら、また最初の画面に……。


 端から見れば無意味な行為にしか見えない。だが、これこそ隠されたバグである。

 コツはただYesを選択するのではなく、YesとNoの間を選択すること。街では持つことが出来ない発煙筒を出現させることができれば、バグが発生した合図だ。


【アイテム『発煙筒』を使用しますか?

Yes/No】


「……よし」


 繰り返すこと数十秒。手元に現れた発煙筒を確認すると、そのまま街の外へ向かう。


 通常、スタンピードに参戦を選ばなくては、街の外へ出られない。


【スタンピード開始!】


 だというのに……ユウジンは何も防がれることなく、街の外へ出られた。

 そして流れるアナウンスに、ユウジンはニヤリと笑う。


 これこそがユウジンたちが使っていたバグ――通称、選択肢バグ。

 エラーを通り抜けて街では持てないアイテムを持つことによって、スタンピードのエラーも通り抜けることができるのだ。


「……さて。今日もポイント稼ぐか――」

「あれー?」


 と。

 第11階層に踏み入れたユウジンの耳に野良プレイヤーの呑気な会話が入ってくる。


「砦の耐久値、なんか低くない?」

「あっ、本当だ……こんな攻撃されてたっけ……?」


 気になってユウジンもそびえ立つ塔を見てみる。


【コアの砦・耐久値:35%】


 ――確かに低い。


 スタンピードは基本防衛戦。砦を守らずに、ただただ目の前の敵を倒し続けていれば、あっという間に耐久値が削られていく。


 だが……初級はモンスターのレベルが格段と低い。リスポーン地点まで攻め入ることができ、肝心の砦にはモンスターは一匹も出現しないという始末だ。故に、「初級のスタンピードはスタンピードをする側」だとも言われている。


 だから、ここまで耐久値が下がっているのはおかしい。普通なら、絶対あり得ないはずなのだ。


「……まぁ、全部倒せばいいし。問題ないな」


 違和感を感じつつも……あまり考えないことにした。


 ――それが命取りだということも知らずに。



***



 異変が起き始めたのは第3フェーズ後のインターバル時間内のこと。


「て、てめぇ! 何しやがる!?」

「上等じゃねぇか! もうお前らなんか知るか!」


 何やら言い争いのようなものが聞こえ、ユウジンは声の方向を見てみる。


「このまま負けるよりは、お前らからポイント奪うわ!」

「お、仲間割れか? いいぞ、もっとやれ」

「そもそも、お前らなんか最初っから信用してねぇんだわ! 全員、ワイの戦績の糧となれ!」

「返り討ちになっても後悔すんなよ!?」

「あぁ……やっぱ俺らに一致団結は無理なんやなって……」

「まぁ、所詮陰キャの集まりだからな……」


 そこには黒ローブの集団同士が罵倒と物理攻撃で醜い争いをしている姿があった。


 何故、バッタ派の連中がここにいるのか――という疑問はともかく。


 その内乱の中に、ノルズの四人が暴れまわる黒ローブの集団と戦っているのが、しっかりとユウジンの目に入った。


 ――予想通り!


 結局はスタンピード用に集められた急造チーム。ランキングから転落すれば、人間不信から仲間割れになることは、ユウジンも予想できていたことだ。


 こうなってしまえば、もはやノインたちが崩壊するのも必然。ユウジンはここから何もせずとも、勝利する未来が見えているくらいに。


 ――やっぱ、あいつらは派閥の少なさが良くなかったよなー。鷹派や虎派の人数をちゃんと確認してなかっただろ。だからお前は負け組人生なんだよ、ノイン……いや、マケル!


 人の不幸は蜜の味と言わんばかりに、仲間割れの様子を面白おかしく木の上から眺めながらニヤつきが止まらない。


「まったく……どういうことだよ!」

「あいつらから裏切るなんてな!」

「結局、俺らは敵同士ってことか!」

「……?」


 ふと聞こえてくる会話に首をひねる。

 彼らが指している『あいつら』とは、ノルズのことだろう。

 ということは、ノインたちが自らバッタ派をバラバラにしたのだ。


 ――でも、なんの為に?


 それだけではない。


「んん……?」


 ようやく彼は、徐々におかしくなりつつあることに気がついた。


「黒ローブじゃない奴らも争ってる……?」


 そう。ノインたちが戦闘をしている最中、黒ローブ以外のプレイヤーたちも何故か争い合っているのだ。

 鷹派と虎派の争いなら、まだ納得できる。今はインターバル、最高のPKタイムだからだ。


 しかし……ユウジンの見間違いでなければ、虎派同士のプレイヤーで戦っているのだ。


 いや、それだけじゃない。虎派と鷹派、虎派とバッタ派、バッタ派と野良、野良と鷹派、鷹派と鷹派……。


 ――何がどうなってる?


 事態は完全なバトルロワイヤル状態。いつ、誰が死んでもおかしくない緊張感が走る。


 ……さらに。


「――鷹隼騎士団が裏切ったぞ!」

「なっ――!?」


 連鎖するかのように、あの鷹派のリーダークランである鷹隼騎士団が裏切り行為に出た。


「……なんだ、最初からこうすればよかったじゃない」


 クロサはそんな独り言をぼやくと、紫のオーブを嵌め込んだ漆黒のロッドを大きく掲げた。


「……全員退却。他の鷹派クランはもうどうでもいいから」

「クロサ隊長の命令だ! 『レクロウス』と『蝦の爪』は退却せよ!」

「「「了解!」」」


 ――なんだ!? なんなんだ、一体!?


 次々と起こる予期せぬ事態。

 それもこれも、ノインたちの騒動から始まって――。


「あ、れ……?」


 未だに争いあう黒ローブの集団に目を向けると、ユウジンはあることに気がつく。


 ――ノインは、どこだ?


 そう。黒ローブ集団の中から、ノルズ四人の姿が忽然と消えているのだ。


 逃げたのか? 隠れたのか? それとも……やられたのではないだろうか?


 いや、やられていて欲しい。ただ単に彼の実力不足で、仲間に裏切られ、惨めったらしく地面に転がって、敗北してほしいのだ。



 じゃないと――さっきから猛烈に嫌な予感がしてならないのだから。


 ――お願いだ、負けていてくれ……!


 しかし……ユウジンの切なる願いは、唐突に流れてきたアナウンスによって打ち砕かれた。




【ステップの砦が破壊されました】


「………………は?」



 一瞬、意味がわからなかった。


 これはスタンピード。モンスターに攻撃されて耐久値が0%になれば、砦は破壊される。ごく普通のアナウンスだ。何もおかしなことはない。


 だが……ここは初級で、しかもインターバル中。レベルが低い相手に負けるはずがないし、そもそも今はモンスター自体リスポーンしない。


 では、何故砦が破壊されたのか?


 ……答えはただ一つ。


 初期のスタンピードには砦を攻撃しまくったプレイヤーがいたという。所謂荒らしというやつだ。


 今回のも明らかな荒らし行為。だが、不思議なのは今になって行われたということ。砦が破壊されれば報酬も減るし、その街のスタンピードも受けられなくなるので、誰も得しない行為のはず――


「――ハッ!?」


 と。

 ここでユウジンはあることに気がつく。


 砦を破壊することによって得する人物はいる……というより、ユウジン自ら生み出してしまったのだ。


【ネクストの砦が破壊されました】


 そう、それは……である。


 砦が破壊され、スタンピードが受けられなくなれば――ユウジンたちのバグ技は使えなくなるのだ。

 つまり、ランキング入りを狙うプレイヤーにとっては……タイガートリガーの勢いを抑えることができるメリットがある。


 ――まずい! まずいまずいまずい!



 やはりノインは敗れたわけじゃなかった。

 ユウジンの嫌な予感が当たってしまったのだ。


「全員、砦へ戻れ! 破壊されるぞ!」


 慌ててメンバーに指示を出す。

 幸いにも、コアの砦はまだ破壊されてなかった。周りには事態に気付いてない者、もしくは破壊関係なく争いあってる者で溢れている。


【ナイトの砦が破壊されました】


「っ!!」


 ――来る!


 ステップ、ネクスト、ナイトの砦が破壊された。

 残るはコアとロードの2つだけ。全て破壊してしまえば、そこでスタンピードは失敗となり終了してしまう。


 だから、どちらか――いや、必ずコアの砦を狙ってくるはずだ。

 確証はない。だが、ノインならこっちの砦を狙うだろうと確信を持っていた。


「全員、リスポーン地点で構えろ!」


 第11階層に入る時のプレイヤーのリスポーン地点でタイガートリガーの面子が構えを取る。


 程なくして、リスポーン地点から光の粒子が集まってきた。


 ――今だ!


「やれ!」

「【フリーズバレット】!」

「【電光アロー】!」

「――【ソニッククロー】!!」


 人影が現れた瞬間、同時に攻撃を放つ。



 ……が。


「おっと」

「……は?」


 あり得ないことが起きた。


 絶対回避不能のリスキル攻撃。

 その攻撃を、出現したプレイヤーは《《全てジャスガしきっていたのだ

》》。


「俺の狙いがわかったみたいだな」


 禍々しい盾を構えたプレイヤー――ノインは楽しそうに笑う。


「【バーサーク3rdモード】!」


【名前:ノイン

メイン:ディフェンサー Lv.52

 サブ:バーサーカー Lv.46

 HP:1/1

 MP:0/0

 攻撃:5007

 防御:0

 魔功:0

 魔防:0

素早さ:4548

スキル

【シールドスラッシュ Lv.5】【バーサーク Lv.7】【ブラスト Lv.4】【プレス Lv.6】【タウント Lv.4】【アクセル Lv.3】【メテオ Lv.2】


『47』『47』『46』

「なっ――ぐぁあ!?」


 反応する前に、ノインは動いていた。

 高速で短剣を振るわせると、確実に攻撃を与えていく。


「や、奴から離れろ! 広がって攻撃するんだ!」


 ユウジンの指示にメンバー全員が広がり、ノインに攻撃を加えていく。


 ……しかし。


「な、何でだ……!? 何で当たらねぇ!?」


 いくら攻撃を仕掛けようと、彼は全てジャスガして退けるのだ。


「お前がヒーラーだな?」

「っ!」


 ノインがヒーラーへと一気に距離を詰める。


 ――狙いはそれか!


 ヒーラーを先に倒すことにより、パーティーの回復役がいなくなる。典型的な戦法だ。


「させるか! 全員、集中攻撃だ!」


 ヒーラーが消えてしまってはマズい。他のメンバーもその戦法は重々招致していて、必死にノインへ攻撃を繰り出していく。


 ……だが。


「よっと」

「がぁあっ!」


【ひみる@大福饅頭

HP 0/2673

MP 396/512】


『You Are Dead』


「……は?」


「ていっ」

「ぐぅっ!?」


【アイスクリィィィム!!

HP 0/2653

MP 126/662】


『You Are Dead』


「は?」


「おらっ!」

「ぐがぁっ!」


【夜之風

HP 0/2015

MP 846/1260】


『You Are Dead』


「はぁあっ!?」


 絶え間ないノインの攻撃により、次々と倒されていく。


 そう……ヒーラーを攻撃することによって他のメンバーが集まるのはノインにもわかっていたこと。

 だから――


 本来ならヒーラーが回復を務めるはずなのだが……彼の猛攻に、味方の援護まで対処できていない。


「ハ、【ハイキュアー】! ……ハッ!?」

「魔力が尽きたみたいだな」


 そして起こるガス欠。


「終わりだ! 【プレス】!」

「く、くそっ――ああぁあ!!」


【暴走兵器ボルボルザーグ

HP 0/1682

MP 6/1324】


『You Are Dead』


「……ふぅ」


 五人もいたタイガートリガーは、たった数分で壊滅状態に陥ってしまった。


 そして残るは……あと一人。


「……さて」

「ひぃっ!?」


 圧倒的すぎる強さを目の当たりにし、すっかり戦意喪失してしまったユウジンは情けない声を上げながら後退りする。


 赤いオーラと稲妻を纏いながら歩いてくるノインが、得体のしれない化け物のように見えた。


 ――その時、ノインの背後からやってくるプレイヤーたち。


「っ! お、お前ら……!」


 ユウジンは目を見開く。

 そう、ノインの後ろからやってきたのはトリプルクライシス。彼の味方である。


「は、ははっ……! ノイン、やっぱりお前のやり方は間違ってた! 味方が多い方が有利なんだよっ!」

「…………」


 戦況が再び有利になった途端、ユウジンが勝ち誇ったように笑い出す。


 ノインは武器を構えるトリプルクライシスに背を向けたままだ。


「やれ!」

「――【ダブルスラッシュ】!」


 ユウジンの命令と同時に攻撃が繰り出された。


 ――砦に向かって。


「……あ?」


【コアの砦・耐久値:32%】


 砦の耐久値が削られる。


「こっちは任せろ。そっちは任せた」

「おう、任された」


 トリプルクライシスはそう言うと、全員砦に向かって走っていった。


 その任せたプレイヤーは……ユウジンではなく、ノインである。


「……な、な、何してやがるんだ、てめぇら!!」


 怒りで拳を握りしめたユウジンが怒号を飛ばし、駆け出す。


「おっと」


 それにいち早く気がついたノインは彼の前に立ちはだかった。


「どけぇっ!! 【ラッシュ】!!」


 ノインに向かって連続の拳を叩きつけていく……が。


「っ!? なっ、なっ!?」


 目にも止まらぬ連撃を全てジャスガされてしまったのだ。


「あ、ありえねぇ! こんなの、ありえねぇ!」


 ノインにまったく歯が立たない。

 ユウジンにとってあり得ないこと。彼は常に格下であったのだから。


「おらっ」


『53』『54』『54』『53』『52』


「あぁあっ!?」


 ノインはすかさずカウンターとして短剣を振りかざす。


 その一振りでユウジンに5連撃を見舞う。


「うっ……ぉおお! おい! こいつを倒せ!」


 ユウジンの命令口調にトリプルクライシスのリーダーがふと振り返る。


「やなこった」

「なっ――!?」


【コアの砦・耐久値:26%】


 だが、返ってきたのは明らかな拒絶だった。


「なんでだ!? なんで――」

「ユウジン。お前、バグ使ってポイント稼いでたんだって?」

「っ!!」


 ユウジンの体が強張る。


「俺らがタイガートリガーより上位だった時、嫉妬してたのは知ってたが……まさか、そんな卑怯な手段に出るなんてな」

「な、な、なんでそれを――!」


 ……いや。

 いるではないか、目の前に。

 ユウジンのバグ技を知る人物が。


「全部教えてくれたよ、彼が……これを買ってな!」

「っ!!」


 そう言って見せてきたのは――いくつもの回復アイテム。

 なんてことはない、ただのアイテム。ただし……今朝の情報を知っていると、事情が変わってくる。


「全部半額にする代わりに協力する……ま、砦を破壊するまでの期間だけだがな」

「あぁ。これが終わったら遠慮なくかかっていいぞ」


【コアの砦・耐久値:12%】


「――っ!」


 ノインは半額で回復アイテムを売ったわけじゃない。

 


 そしてユウジンはようやく気がつく。


 ――まさか! まさかまさかまさか!


 回復アイテムを買い占めたのも。

 砦の耐久値を下げたのも。

 自らバッタ派を裏切ったのも。


「全部全部――お前の作戦かぁぁぁっ!!」


 『蝗害』というものをご存じだろうか。

 群生行動をしているバッタは農作物に限らず、全ての草本類をあっという間に食い尽くしてしまい――食べるものがなくなれば、


 話に乗った者、裏切った者、反旗を翻した者。


 派閥から離れ、独立したプレイヤーたちは――全員、バッタ派へと寝返ったと同意義なのだ。


 これがノインの奥の手である。


「や――やめろぉぉぉ! 【オーバーソニック】!」


 いよいよ後がなくなったユウジン。なりふり構わず砦を守ろうと駆け出す。


「おっと、行かせねぇよ」

「――っ!!」


 しかし、彼の前にノインが立ちはだかる。


「ど、どけぇぇえ!!」


 怒りを込めた拳を振るうが……。


「くそっ、くそっ! なんで当たらねぇんだよ!?」


 目にも止まらぬストレートも。

 渾身のアッパーも。

 不意を突いたローキックも。


 全て見切っているノインにより、全てジャスガされていく。


「【アクセル】!」


 瞬間。

 ノインの姿がブレた。


『53』『52』『52』『53』『54』『53』『53』『53』『54』『52』


「うっ――ぁああ!?」


 ユウジンも速度を上げている状態。だというのに、ノインの姿が目も追えなかった。


「ぐっ――ぅう!」


 猛攻に堪らず、大きくバックステップする。


【ユウジン

HP 623/2982

MP 568/568】


 ユウジンのメインジョブは|Kn(ナイト)。【心眼】を捨てた代わりに【攻撃速度上昇】で手数を増やし、自動回復の効率を上げたファイター型。

 しかし……攻撃が全て無効化される上にヒーラーもいない状態では、せっかくのジョブスキルが生かしきれていない。


 だが、彼に回復手段がないわけではない。


「舐めるなよ! こっちだって回復アイテムくらい、常備してる――」


 インベントリからポーションを取り出そうとし――ピタリと、その手が止まる。


 スタンピードまであと2日。

 回復アイテムは品切れ状態。

 そして……ノインと対峙する度に、どんどんと消費するであろう回復アイテム。


 なら……今持っている回復アイテムはそう易々と使っていいものではないのだろうか?


 一瞬の迷いが、勝敗を決めた。


「【ブラスト】!」

「――っ!」


 ロストバスターで上空に舞い上がったノインは最後の技を繰り出す体勢になる。


 武器を盾に替え……ユウジンに向けて蹴りを放った。


「【メテオ】ォオッ!!」


 飛来するノインの必殺技。


「くそっ――くそぉぉぉっ!」


 体を動かすことが出来ず、悔しげに叫ぶことしかできず、そして――。


『1,096』

「あああぁあッ――!!」


【ユウジン

HP 0/2982

MP 568/568】


『You Are Dead』


【コアの砦・耐久値:0%】

【コアの砦が破壊されました】


『GAME OVER』

『防衛失敗しました』


 こうして、スタンピード初級は6日目にして波乱の展開を迎えた。

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