第26話 深層の状況整理
「……おかしい」
「えっ、何がです?」
第16階深層。
ユキをおんぶしながら、スケルトンの攻撃をジャスガしたノインがふとぼやく。
「いや、さっきから思ってたんだけどさ。まだレベルが1も上がってないんだ」
「……確かに」
確かに――それはおかしい。
ユキと合流してから、少なくとも10体以上のスケルトンを倒してきたことは知っている。そして、その全てがLv.80を超えていたことも。
現在、ノインはLv.46。いくらレベリングが大変だとはいえ、1つも上がらないのは明らかに異常だった。
「もしかしたら深層が原因かもな」
「深層が……ですか?」
「ああ。普通、こういう裏のダンジョンって普通のダンジョンとは違う要素があるだろ? 何か特定の行為が出来なくなったりとか……それがもしかしたら経験値獲得なしなんじゃないかって思ってさ。っと、先輩。フィニッシュ決めるからしっかり捕まっとけよ――【ブラスト】!」
「あっ、はい!」
ノインの合図にユキが身体を密着させる。
「よいしょっ、と!」
瞬間、両手を離し剣を振るう。
『2,597』
ノインの一閃を食らったスケルトンはそのまま崩れ落ち、宝箱へと変化していった。
【ドロップアイテム
・25,630ゴールド
・ハイスケルトンの上魔骨 レア度:A
質の高い魔力が込められたハイスケルトンの骨。
】
「んー……さっきから骨ばっか。いらねえな、こんなに」
「ノインさん……お願いですからそういうのはとっといてください。使う機会がなくても絶対高価なので……」
「そうか? まあ、ユキ先輩がそこまで言うなら」
とノインは首を捻りつつも、インベントリにドロップアイテムを仕舞っていく。
「ここら辺ハイグレードスケルトンしか出てこないんだな。もっと面白そうなのが出てきてもいい感じなのに」
「……っていうか。私を背負いながら普通に動けるって、あらためてヤバいですね」
しかも格上相手に1回もダメージを受けてないという点が尚更。
「いやいや、チュートリアルの頃に比べたらそうでもないさ。素早さなんて3rdモードで7,500以上になるんだぜ? むしろ速すぎるくらいだ」
「……そうですかね?」
もはや常人じゃない彼の感覚は理解し難かった。
「で、話は戻るんですが……第16深層が経験値縛りだとしたら、私たちにとって相当きつくないですか?」
ユキもLv.45。ノインのような動きが出来るわけでもない彼女にとって、経験値が入らないのはこの上なく歯痒いものである。
「んー、そうか? ユキ先輩も慣れればいけると思うんだがな」
「いや、そんな簡単に慣れる気はしませんよ……?」
「ああいや、別に敵を単体で倒すとかじゃないぞ? 相手の攻撃を躱すだけとかなら、いけそうだろ?」
「それは……まあ」
少し悩みながらも頷く。
いくら高レベルの相手とはいえ、ユキでも攻撃がまったく見えないというわけでもないのだ。確かに慣れてしまえば、避け続けることはできるだろう。
……それに。
「ノインさんが見ている景色って……いつもこんな感じなんですね」
ここから見る景色だからこそ、改めてわかったことがある。
彼がどんな動きをしているのか、何を見ているのか、どのくらいの速度で反応しているのか。
肩越しに見える景色すべてが新鮮であり、やはりユキとは格が違うということも身を以って知った。
「私もこのくらい動けるようにはなりたいです」
「ああ、なれるさ。ユキ先輩なら絶対に」
ユキの目標を否定することなく、ノインは全てを肯定してくれる。
自分の夢を晒すのが怖くて仕方なかったこの前とは違い、どこか心地よささえも彼女は感じていた。
しかし……そう幸せが永遠に続くとも限らない。
「……もし」
「ん?」
「もし、私がノインさんくらいに動けるようになって、肩を並べられるようになったら。その時は――」
――その時は、どこかへ行っちゃうんですか?
「……あっ! おーい、二人とも!」
「っ!」
つい不安になってそう言おうとした時……ノインとユキを呼びかける声が聞こえ、彼女は慌てて口を噤む。
見ればリナと龍矢の二人がこちらに向かって元気よく手を振っている。
「無事だったんだね! よかったよかった」
「ああ。そっちも無事そうで何よりだ」
リナは二人を見るなり安心したような表情をする。
当然だろう。こんな高ランク帯にいきなり投げ出されて無事でいるだなんて普通ありえないのだから。
それよりも……ユキはちらりと静かに佇む龍矢を見やる。
「龍矢さんも大丈夫だったんですか?」
と問いかけると、彼は当然というような顔で語りだした。
「ふっ……俺はいつだって闇に溶け込める。時には気配を殺して獲物も殺す――アーチャーとしては当たり前の動きだ」
「ああ、なるほど。つまり、ずっと隠れてたところをリナさんに助けてもらったんですね」
「…………」
ユキの解釈に何も言い返せない龍矢。どうやら図星のようだ。
「あはは……彼とは割とすぐに合流できたよ。敵を倒してたらものすごい勢いで走ってきてさ。涙目で『助けてくれ』って縋ってきて」
「リナさん、それは言わないでくれ!」
「なんだ、案外可愛いところあるんですね。普段もそうしてればいいのに」
あまりの恥ずかしさに赤面する龍矢だが、ユキとしては今までの彼の中で最も好印象なエピソードである。
「まあ、そんなこんなで龍矢くんもここまで来れたってわけだよ」
「なるほど……」
「……ところで。ユキちゃんだって、彼のこと馬鹿に出来ないんじゃない?」
「へっ?」
「だって、ねぇ?」
リナにニヤニヤとした表情で見つめられ、疑問に思いながらも自分の姿を改めて確認する。
……ノインにおんぶされている、この状況を。
「わわっ、わっ!」
ようやくこの姿で二人と合流してしまったことに気が付き、急に羞恥心がこみ上げてくる。
「っとと。先輩、いきなり暴れ出さないでくれ。離しちゃうだろ」
「も、もう離してもいいんですっ!」
「えー? 私ももうちょっとその仲良し姿を見てたいなぁ」
「い、いや、これは違うんですよっ! その、さっきまでずっとこうだったから、ちょっと感覚が麻痺していたというか!」
「ほうほう? 感覚が麻痺するくらい、彼の背中は居心地がよかったんだねぇ?」
「~っ! もうっ! からかわないでくださいっ!」
さらに赤面し声を荒げるユキだったが、その後もしばらくリナにからかわれ続けるのであった。
***
「……そっか。やっぱり経験値が入ってないんだね」
リナは椅子に腰掛けながら顎に手を当てる。
無事合流できた4人だったが、「攻略は少し休んでからにしよう」ということになった。
理由として想定以上に敵が強いためと、一度状況を整理するためである。
そうと決まれば話は早い。リナはインベントリからテントなど野宿用の道具を次々と出して準備をし始めた。
「あぁ、なるほど。テントがあれば快適に過ごせるんだな」
「……ん? ノインさん、リナさんがテント持ってなかったらどうするつもりだったんですか?」
「え? ああ、大体1日で終わるかなあって」
「終わらなかった時は?」
「そのまま床で横になれば寝れるだろ? だってここ、VR空間だし」
「…………」
本当にリナが一緒に来てくれてよかったと思うユキ。
そんなこんなである程度のことは済ませ、一段落したところで4人は情報提供をし合った。
それぞれの持ち物、今まで歩いてきた場所の大まかなマッピング……そして、この深層で起きた戦闘についてのこと。
「やっぱり、ってことはリナさんも気付いていたのか?」
「うん。龍矢くんもレベルが上がらないって言ってたからもしかしてって思ってね」
なるほど、リナはともかく龍矢もレベルが上がらないとなればもう確定だろう。
「そんなことより、君の方に興味あるかな」
「俺に?」
「聞いた限りノインくんは深層モンスターを何体か倒したみたいだけど……なんで普通に倒せるの? まだLv.46だよね?」
「……それは俺も気になっていた。ノインの動きはもはや完成されている。普通ならもっと上位者にいていいはずの存在だ」
「あー……」
二人の追及にノインは頬をかく。
「信じられないかもしれないけど……俺、チュートリアルで50,000時間プレイしてたんだよ」
「「……え?」」
そこから彼は語った。
師匠との出会いと別れの思い出を。
普通なら真っ白な空間に50,000時間も閉じ込められただなんてただの地獄でしかないはず。
……なのに、師匠の事を語るとどこか懐かしそうな表情を見せるノイン。
その横顔を最初に見た時、「どうしてそんな顔をするのかよくわからない」というのがあの時のユキの気持ちだった。
なぜ、そんな嬉しそうに語るのだろう。
なぜ、そこまで憧れを抱いているのだろう。
なぜ、それほどまでに心を許せたのだろう。
――でも、今は。
「……ちょっと、わかるかも」
「ん? 何がだ?」
「あっ、いえ、なんでもありませんっ」
思わずぼやいてしまい、慌てて誤魔化すユキ。
「……うんうん、なるほどね。もしそれが本当なら、色んな事に筋が通るかな」
リナは納得したように頷き、ノインの装備を指さした。
「初めて会った時不思議だったんだよ、『明らかに初期武器なのに、装備は立派だなぁ』って。初めは自分で作ったのかなって思ってたけど……それ、例のチュートリアルで倒した時のレアドロップでしょ。しかも相当レア度の高いやつ」
「ん? あぁ、確かSSって書いてあったな」
「「え、SS……!?」」
思わずユキと龍矢が目を見開く。
SSレアといえば、トップランカーの中でも持ってる人は少ないと呼ばれる最高レア。そんな誰もが喉から手が出るくらい欲しいモノをノインは装備しているのだ。
――いや、なんかカッコいい鎧だなとは思ってたけど! まさかSSレアだなんて!
今度ふれぃどさんに会ったら教えてあげようと心に誓う。武器と装備をこよなく愛するあのおっさんなら、死ぬほどびっくりするに違いない。
「んで、ユキちゃんを背負ってまで平然と戦えるその実力。むしろ君の話を信じた方が納得することが多いね」
「……そうか」
リナの言葉を聞き、ノインは少し安堵する。
ユキの時は信じてもらうが為に話したけど……これを話したところで本当に信じてもらえるのだろうかと内心不安だったのだ。
師匠の事を信じてもらえないのは、ノイン自身にとっても辛いものだから。
「ところでノインくん。ハイグレードスケルトンを結構倒したんだよね? ちょっとドロップしたアイテムを見せてもらえないかな?」
「ああ、構わないぞ」
そう言って彼は自分のインベントリ画面を表示する。
【インベントリ
…
・ハイスケルトンの上魔骨×8
・青銅の鎧片×12
・魔石 Lv.9×3
・魔石 Lv.8×6
…
】
「相手がハイグレードスケルトンしかいなかったから、これくらいしかないけど」
「いやいや、十分すぎるくらいだよ。魔石が9個もあるのはラッキーだね」
「この魔石っていうのは何かに使えるのか?」
「うん。クラフトでは欠かせないアイテムだよ」
――クラフト!
自分で武器や装備品などを製作できる要素。システムがよくわからず、あまり触れてこなかったユキだが……少し前から興味があり、子供のように目を輝かせる。
「クラフトなら、俺も多少の心得はあるぞ」
「おっ、龍矢くんもクラフトガチ勢?」
「ガチ勢って程じゃないが……今俺が装備しているモノは全て自作だ」
「めっちゃガチ勢の域じゃないですか、それ……」
全装備を自作しているプレイヤーなんてガチ勢以外滅多にいないのだ。
というのも、普通の装備等でもデザインはプレイヤー間で高く評価されている為、そのまま使用しているプレイヤーの方が圧倒的に多い。
そんな中、全装備をわざわざ自作する者は余程のクリエイター魂がないといけないと言われている。
「うーん、クラフトか……まあ、少し興味あるかな。龍矢、今度教えてもらえるか?」
「ふっ……この深層の旅を終えたら、俺が知り得ていること全てを教えてやろう。ノインも蒼茫の旅人へと誘う為に」
「……龍矢さんのそのよくわからないセンスは教え込まないでくださいね?」
ノインなら問題ないと思うが……これ以上中二病が増えてしまうのは非常に困る為、ユキは龍矢をじろりと睨み釘を刺しておく。
「さて……これで大体の情報が出揃ったね」
と、リナがまとめに入る。
「今、この深層でまともに戦えるのは私とノインくんの二人。ユキちゃんと龍矢くんはサポートに回るってことで。
で、私のテントは複数人用の大きなサイズだから問題なし。でも、食料は4日分ってところかな。細かく分けても1週間は持たないだろうから5日間でクリアすることを目標にする……ってことで、どう?」
「問題ないぞ」
「俺も異論はない」
「私も構わないのですが……あの、ノインさんは食料持ってきてませんでしたよね? どうするつもりだったんですか?」
「えっ? ああ、大体1日でクリアできるかなあって」
「終わらなかった時は?」
「心配するなって先輩。俺も50,000時間飲まず食わずだったけど、死ななかったぞ。だってここ、VR空間だし」
「…………」
改めて、本当にリナが一緒に来てくれてよかったと心から感謝するユキだった。
***
朝――と言っても、洞窟内だから太陽なんて昇ってこない。
メニュー画面に表示されている『07:20』の数字を見て、ユキは眠い瞼を擦りながら辺りが暗くても朝が来ていることを知った。
普段なら6時前に起きるのが彼女のルーティンだが……昨日は新記録の夜更かしをしたせいか、思いっきり寝てしまっていたみたいだ。
上半身だけ起き上がらせると、両手を高く上げて伸びをし、体を起き上がらせた。
「……さて」
ユキはパジャマからいつもの和服へと装備を変更する。
RROはVR空間内。故にそのままの格好でも寝れるので、あまり着替えないプレイヤーも多いのだが……そこは乙女としてのプライドが許せず、彼女は毎日のように夜はパジャマで寝るようにしているのだ。
テント内を見回してみると……龍矢は熟睡しているものの、ノインとリナの姿は見えなかった。
――もう起きてるのか、早いなあ。
きっと二人は外にいるのだろう。
暖かい朝日の光を浴びれないのは残念だが……贅沢は言ってられない。
「――ふぇっ?」
少し新鮮な息を吸おうとテントから外へ顔を出した、その時――不意にユキの身体が後ろに倒れた。
最初、立ち眩みかと思ったが……そうではなく、どうやら何かに正面から押されたような感覚だ。
幸いにも後ろには布団が敷いてあるので問題なかった……が。
ほぼゼロ距離にノインの顔があるのは問題大ありだった。
「…………~~~っ!!」
自分が何をされているのか、徐々にわかってきたユキは一気に目が覚める。
本当はそのまま叫びたかったところだが……ノインが彼女の小さな口を塞いでいて、声をあげることすら許せなかった。
――わ、私……ノインさんに押し倒されてる!? だ、ダメダメ! 男女のこーゆー行為はちゃんと順序を踏まないといけないんだから! 大体、ノインさんがしてることは普通通報もの! あ、いや、ノインさんを信用できないわけじゃないから別に不安じゃないし、こうされるのも悪い気分にはならないし……ってそうじゃなくて!
「すまない先輩。今はちょっと静かに」
ぐるぐると頭の中で思考を巡らすユキに、ノインは囁くような声で指示を出す。
彼の表情には煩悩はなく、至って冷静で真剣な瞳で外を睨んでいた。
「――『蝦の爪』が近くを探索してる。どうやらあいつらも深層に来てたみたいだ」
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