第27話 vs第16階深層

 4人は予定より少し遅い時間から攻略を開始することにした。

 理由はもちろん、『蝦の爪』の存在である。


「偶然を装って攻撃されても困るからな。ここは先に行ってもらうこと方がいい」


 と、ノインが冷静に解説しだす。


「おそらく奴らの狙いは俺らよりも深層を早く攻略することだ。俺らの目的も奴らより先にクリアすることだが……まだ慌てなくてもいい。俺らは俺らのペースで攻略していこう」

「うん、攻略のペースを乱すのはよくないね」


 とリナは賛成する。彼女の経験則上、無理なペースで攻略を進めてもいい結果にならないということは目に見えてわかっているからだ。


「まあ俺らにはリナさんがいるからな、そこまで焦らなくてもいいだろう……ところで二人とも、ちゃんと話聞いてたか?」

「「――無理ぃっ!」」


 ふとスケルトンの攻撃をジャスガしながら首をかしげるノインに対し……ユキのみならず、龍矢もいつものキャラを捨てて攻撃を躱すことでいっぱいいっぱいだった。


「そういう話はっ! ちょっと後でにしてもらっていいですかっ!? 今、それどころじゃないのでっ!」

「し、死ぬ! 一撃でも食らったら死ぬ!」

「大袈裟だなあ、二人とも。大丈夫だって、今リナさんのバフかかってるからダメージ受けても700ダメージくらいだ」

「「それ、致命傷!」」


 二人は暢気なノインに声を揃えてツッコミを入れる。

 そもそも、レベル差が違うモンスターの戦闘中に雑談をしながら対処できるノインの方がおかしいのであり、二人の反応は至って正常なのだ。


「ちょっ……もう無理っ! 【バーサーク】!」

「あっ、せこいぞユキさん! 自分だけスピードあげたな!?」

「うるさい! バーサークモードになる度に自我を失うなんてスキルをつけてる方が悪いんですよっ!」


 文句を言ってくる龍矢をバッサリ切り捨て、スケルトンから距離を取るユキ。


 ――のだが。


「あっ……!」


 逃げた先に別のハイグレードスケルトンが待ち構えていて――今まさに彼女へと剣を振り抜いているところだった。


 頭ではわかっていながらも、体が硬直してしまう。


 剣はそのままユキの身体へと――


「よっと」

「……っ!」


 当たる瞬間……いつの間にかノインが割って入り、ジャスガしつつスケルトンに向かって蹴りを放っていた。


「ユキ先輩。バーサークモードで一時退避するのは悪くない手だが、あまり距離を空けない方がいいぞ。敵が一体じゃない時は何処から敵の攻撃が来るからわからないから、みんなと固まってないとな」

「あっ……す、すみません……」

「いや、謝らなくてもいいぞ、バーサークモードは使い所だし。それに攻撃以外の動きに慣れるのも大事だからな。先輩は好きなように動いてみてくれ、俺がサポートするから」


 てっきり怒られたと思ったユキだったが、彼は怒るどころか笑みを浮かべている。


 ――情けない。『伝説の剣士になる』って、ノインさんに誓ったのに。


 羞恥心と反省で、だんだんと冷静さを取り戻していく。


「すぅ……はぁ……」


 一度深呼吸し……周りの状況を確認すると、鬼斬を構えなおした。



***



「ところで、さっきの話なんですが……『蝦の爪』はもうここら辺にはいない、ってことなんでしょうか?」


 ハイグレードスケルトンとの死闘から十数分後。

 格上の存在と戦うのは冗談抜きの死闘であり、ユキと龍矢は必死に逃げ続けているだけで、リナとノインの二人が全部倒してくれていた。

 ユキも何度か攻撃してみたが……何よりダメージ量が低い。リナに攻撃・防御・速度バフを最大限受けているというのに、200~300ダメージ程度しか与えられなかった。


 バーサークモードになるという手もあったが……万が一攻撃を一度でも食らったら即死してしまう。なので、通常の防御がフルの状態で戦うしか選択肢はなかったのだ。


 そんなこんなでやっと落ち着ける場所へとたどり着き、ふとユキがさっきノインが振ってきた話題を掘り返していた。


「あぁ、もうここにはいないだろうな。このフロアの大体は回ってみたが……もう奴らがいる気配は一切なかったからな。多分もう第17階の深層に潜ってるんだろう」

「ですよね……じゃあ、当然ここを通り抜けたってことですよね……」


 ユキは目の前に広がる巨大な石扉を見て、深いため息をつく。


 ――第16階深層中ボスの扉。


 ただでさえ道中の敵ですら倒せてないのに、4人の目の前にあるのは更に強大な敵が待ち構えているのだ。


「今までハイグレードスケルトンしか出てこなかったのに……どんなモンスターが出てくるのか、まったく予想がつきませんよね」

「……いや、ユキちゃん。私、多分わかったかも」


 と。

 見えない恐怖に怯えるユキにリナはふと眉間に皺を寄せて顎に手を当てる。


「本来の第16階層の洞窟内にいるのって、ハイゴブリンじゃない?」

「えぇ、そうですね」

「じゃあ、そのハイゴブリンの特徴は?」

「えっと、ゴブリンより背が高くて大体成人男性程度くらい、中には金属系の装備もしている個体もいて……あれ……?」


 話しているうちに、彼女も声をあげた。


「……気づいた? 今まで私が戦っていたスケルトンたちと特徴がどことなく被っていることに」


 そう――ユキが説明したハイゴブリンの特徴は長身、たまに立派な装備をしているという点。

 それはこの深層で戦ってきたスケルトンたちと特徴がまるっきり被っているのだ。


「……ふむ。つまり、この深層では元いたはずモンスターが肉体を求めて彷徨う死霊となって徘徊している、ということか?」

「まだ確定じゃないけどね。確率はかなり高いと思う」

「……と、いうことは」


 リナは黙って頷くと石扉に手を触れる。

 その瞬間、巨大な扉は重い音を立てながら自動的に開いていった。


「そう、本来の第16階層の中ボスはケンタウロス。もし私の立てた仮説が正しいのなら――」


 扉が開いた先にいたのは……まさに異形の存在。


 全身が骨状態なのはスケルトンと変わりないのだが、骨格が明らかに違っているのだ。


 上半身は人型なのに、下半身にも肋骨がある。尾椎も生え、蹄骨がある四本脚。



「ここにいるのは、ケンタウロス系統のモンスターってことになるね」


【ケンタウロス・スケルトン Lv.86】


 半人半獣のスケルトン――ケンタウロス・スケルトンが静かに佇んでいた。


 ケンタウロス・スケルトンは扉の開いた音で侵入してきた4人に顔を向けると……即座に弓を構え始める。


「――っ!!」


 ユキは身体を反応させるが……遅い。


 ケンタウロスの射抜いた矢は音速で4人に迫っていき――


「よっと」


 すかさずノインがジャスガした。


「とりあえず散開。俺とリナさんでヘイト稼ぐから、二人は俺たちと反対方向から攻撃を仕掛けてくれ」

「は、はい!」


 指示通り、ユキと龍矢はそれぞれ左右から大きくぐるりと回っていく。


「【タウント】!」


 ノインは盾を叩き、ケンタウロスの注意を引いた。


 ケンタウロスは弓を構え、ノインに向かって放つ。


 すると、放たれた矢が突然炎を纏った。


「おっと」


 ジャスガし舞い散る火の粉。


 続けて連続で放たれる矢が舞い散った火の粉にぶつかり、いずれも炎を纏ってノインに襲い掛かる。


「へぇ……面白い戦い方するんだな、お前」


 いずれもジャスガしたノインは楽しそうに笑みを浮かべた。

 それは獲物を見つけた野獣というより、新しい玩具を見つけた子供のような笑み。


「……【ブラスト】」


 ノインが完全にケンタウロスの攻撃を担っている間、ユキは静かに相手の懐まで忍び込んでいた。


「【鎌鼬】っ!」


 振り抜かれる居合は骨だけで作られたケンタウロスを確実に捉える。


『344』


 ――ブラストを使ってもこのダメージ量!


 やはりバーサークモードを使用してない分、ダメージはイマイチ伸びてない。


「ユキさん、離れてくれ! 【濃藍の涙が降ってくるレインアロー】!」

「っ!」


 龍矢の掛け声に合わせ、大きくバックステップするユキ。


『50』『52』『54』『53』『48』『52』『51』『55』『49』『51』


「ちっ……やはりダメージ量は低いか」


 矢の雨は見事ケンタウロスに命中したもののあまり効果的なダメージ量を与えられず、龍矢は思わず舌打ちをする。


「なら……【その一矢は地を穿つドラゴンテイル】!」


『188』


「――まだまだ!」

「ちょっと龍矢さん! そんなに攻撃したらこっちにヘイト向きますよ!?」


 ダメージ量に納得いかないのか、続けざまに攻撃しようとする龍矢をユキが慌てて止めた。


「心配はない。見ろ、ヤツはノインに向けて突進をしようとしてるじゃないか」

「それならいいんですが……」


 龍矢の言う通り、ケンタウロスがノインに向けて突進していく……のだが。


 突進中に180と、弓を龍矢たちに向けてきた。


「……え」


 普通ありえない可動域。だが、骨だけとなったケンタウロスなら可能な行動。


「う、うわああああああああ!!」

「だから言ったじゃないですかぁぁぁあああああ!!」


 悲鳴をあげる龍矢とユキ。

 ケンタウロスはしっかりとノインに突進をしながらも、狙いを龍矢たちに定められ。


「【アクアライン】っ!」


 ――その間に横から水柱が出現した。


 矢は水柱にぶつかると、水流で行き先が龍矢たちから逸れる。


 龍矢たちの危機を救ったのは……一人の魔女。


「ノインくんだけじゃなくて、私もカッコいいとこ、見せなきゃね!」


 淡色の魔女パステルウィッチのリナはそう宣言すると軽くウインクをしてみせた。


【名前:*・。リナ。.・*

メイン:ウィザード Lv.96

 サブ:ヒーラー Lv.92

 HP:1128/1128

 MP:1788/1788

 攻撃:61

 防御:1410

 魔功:4260

 魔防:2100

素早さ:660

スキル

【フレイムスロウアー Lv.9】【アクアライン Lv.10(Max)】【エターナルシェル Lv.10(Max)】【フローズンストール Lv.10(Max)】【サイクロンエリア Lv.8】【アースウォール Lv.10(Max)】【エレキフロー Lv.8】【ロストシャイン Lv.10(Max)】【シャインレイ Lv.8】【ナイトクラッチ Lv.10(Max)】【ナイトウォーク Lv.9】【エクストラヒール Lv.10(Max)】【ヒールエリア Lv.10(Max)】【パーフェクトリフレッシュ Lv.10(Max)】【クラウンバースト Lv.10(Max)】【オーバースプレス Lv.10(Max)】【クラウンシールド Lv.10(Max)】【オーバーブレイク Lv.10(Max)】【クラウントップ Lv.10(Max)】【オーバーラスト Lv.10(Max)】


「【フローズンストール】!」


 リナが星型のロッドをケンタウロスに向かって振ると、ケンタウロスの足元が凍り付いていく。


 が……ケンタウロスの蹄骨が発火し、たちまち氷の拘束は解けてしまう。


「うん、やっぱり炎属性だよね。さすがに氷技は相性悪いかー」


 ケンタウロスはリナにターゲットを変更すると、一心不乱に突撃してくる。


「――でも。そういう敵の為にもう一つ用意しているんだよね」


 彼女は一歩も動かず、次の技を繰り出した。


「【ナイトクラッチ】!」


 瞬間――ケンタウロスの動きが止まった。

 

 見えない何か……いや、足下から影のような手が何本も出現し、ケンタウロスの足をがっちりと掴んでいるのだ。


「ノインくんっ!」

「オーケー! 【バーサーク3rdモード】!」


 この隙を逃さず、ノインは一気に間合いを詰め、ケンタウロスの頭上へ飛び上がった。


「【プレス】!」


『1,064』


 盾を真上から叩きつけられ、地面に潰される。


「【オールオーバー】!」


 リナの反撃は止まらない。ノインが離れた瞬間にデバフ技をケンタウロスにかける。


 ウィザードのジョブスキル、【複合魔術】。スキルを複合し、一度に使用できるという魔術師にうってつけのスキルだ。

 今、リナが掛け合わせたのは【オーバースプレス】、【オーバーブレイク】、【オーバーラスト】。攻撃、防御、速度を全て下げたのだ。


「二人とも、今!」

「っ! は、はい!」


 ユキは刀を握ると、動きが止められているケンタウロスに向かって駆けだす。


「【オールクラウン】!」


 すかさずリナが全てのバフ技をユキと龍矢にかける。


「【八咫烏】!」

「【その連撃は天を割くドラゴンクロー】!」


『262』『266』『265』

『560』『554』『562』『558』


 リナのバフにより、二人の与えたダメージは跳ね上がっていた。


 と、ケンタウロスは反撃とばかりに弓を剣のように振るいながら立ち上がる。


「う、わっ!?」


 近くまで近づいていたユキが反応しきれず攻撃を受けてしまうが……。


【ユキ

HP 744/774

MP 240/240】


「……あ、あれ?」


 思ったよりダメージが少なく、首を捻る。


「ふっふっふ……今の状態じゃ、ユキちゃんに大したダメージも与えられないようだね!」


 得意げな顔をしながら解説するリナ。

 つまり彼女が発動したデバフ技とバフ技により、ケンタウロスのダメージは著しく下がっているのだ。


「さて、可愛いユキちゃんを回復してあげないとね――【ヒールエリア】!」


 リナが発動したのは自動回復持続魔法。


【ユキ

HP 774/774

MP 240/240】


 効果時間は30秒。発動したエリア内にいる味方を1秒に30回復、最大900回復させる強力な回復スキルである。


「まだまだ行くよ!」


 そこからは一方的な蹂躙だった。


 連続で放たれる魔法攻撃とその合間に繰り出されるノインの連撃。二人で隙を作ったところでユキと龍矢が

攻撃を繰り出す。


 Lv.86とはいえど、ケンタウロス・スケルトンも十数分で弱っていった。


「フィニッシュは私がもらっちゃうよ!」


 そしてケンタウロスの動きが鈍くなった時、リナが高らかに宣言する。


「【サイクロンエリア・ラインフロー】!!」


 スキルを唱えると、ケンタウロスを水の竜巻が包み込んだ。


 攻撃系の複合スキル。【サイクロンエリア】と【アクアライン】で水の竜巻を作り出し、そして決め手となるのは――水流に迸る紫電、【エレキフロー】!


「経験値になりなっ!」


『9,987』『10,001』『9,956』『9,968』『9,939』


 決め台詞と共に繰り出される大ダメージ。


 紫の光に包まれたケンタウロス・スケルトンは一歩二歩よろめくと、一本ずつ骨が取れていく。


 そして最後に頭蓋骨が地面に落ちた時、光の粒子となり宝箱が現れた。


「……ふぅ。カッコいいとこ、見せられたかな?」

「か、か、かっこよかったです!!」


 戦闘が終わりリナが一息ついてそう言うと、ユキが目を輝かせながら答える。


「やっぱりリナさんは凄いです! サポートだけじゃなくて攻撃技もすごくて! さすがトップランカーって感じでした!」

「うむ。色鮮やかな攻撃に多彩で完璧なフォロー……淡色の魔女パステルウィッチの名は伊達じゃないな」

「なるほど、これは先輩もこんなに慕うわけだ。強いんだなリナさん」

「……えへへぇ。ここまで褒められると、悪い気分じゃないね」


 ユキに続いて龍矢とノインも褒めると、リナは照れ臭そうに頭をかく。


「んじゃ、次へ行こっか!」


 こうして4人は第16階深層を突破し、第17階深層へと潜っていくのであった。

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