第6話 最後の師弟勝負

 光の剣が伸び、射程距離外にいるノインに振りかざされる。

 すかさずジャスガ。


 第1形態が防御特化、第2形態が素早さ特化ならば、第3形態は魔法特化である。

 物理演算を完全に無視するこの形態は、今までノインを15,000時間ほど苦しませてきた。


 ティガヴァイスが光の軌道を描きながら、一気に距離を詰めていく。


 突撃をジャスガすると同時に、ノインは短剣を振るう。


『4』


 しかし、ダメージ量は先程よりも落ちていた。

 鎧がなくなったからって防御力がなくなったわけではない。むしろ溢れるエネルギーにより、第1形態の倍の防御力を誇っている。


「っとぉ!」


 ティガヴァイスが剣を天へかざした途端、ノインは大きく飛び上がって盾を地面に向けた。


 瞬間、地面から光のビームがノイン目掛けて放たれる。


 上からの攻撃に見せかけた下からの攻撃。完全初見殺しの技であり、初めは彼も見事に騙された。


 ティガヴァイスはバックステップをして距離を取ると、無数の光弾を放つ。


「ほいっ、ほいっ、ほいっ!」


 すべてジャスガしながら、ティガヴァイスまで接近。隙だらけの胴体に一撃。


 次の攻撃。


「……来たか」


 ティガヴァイスが光の剣を上空へ投げる。

 すると、光の剣は8本の剣へと変化。それぞれの剣は規則正しくノインの周りを回転する。


 完全ランダムの8本の剣。どの順番で来るのかは、予測不可能。


 ノインの周りを回っていた剣がピタリと一斉に止まった。


 それは攻撃開始の合図。


「右後ろ!」


 1本目の剣をジャスガ。

 すかさず、次の剣が振り下ろされる。


「左! 右前! 左後ろ!」


 2本、3本、4本。


 ノインは全ての剣を見ているのではない。肌で感じ取って、その方向に盾を向けているのだ。


「前! 左前! 後ろ! かーらーのっ! 右!」


 最後の剣を防いだノインは得意気な顔をしてみせる。


「もう克服したぜ師匠!」



 それから150時間。


『――!!』


 ノインの攻撃を食らったティガヴァイスはよろめく。


 しかし、これで終わりではない。よろめいたティガヴァイスは、地面から何かを持ち上げた。


 それは……第2形態時まで持っていた大剣。



 体力が半分になったことにより、二刀流モードへとスタイルが変わったのだ。


 ティガヴァイスは2本を構えると……ノインに突撃した。


 迫り来る猛攻をジャスガするノイン。


 片方は想像を超える魔法の剣。

 片方は地面をも砕く物理の剣。


 どちらも食らえば即死級の一撃が、目にも止まらぬ速さでノインに襲いかかる。


 2本の剣を振るう様子は、まるで獲物を狩る白虎。


「…………はっ!」


 もう無駄口を叩く余裕がなくなったはずだというのに……ノインは笑っていた。


「はははっ! はははははははっ!」


 迫り来る連撃を全てガードしながら、高らかに笑う。

 何万時間前にもこうして笑ったことはあるが……あの時の、やけくそになって笑うしかない状況になったわけではない。


「はははははははははははっ!」


 楽しいのだ。

 ひたすらに攻防を繰り広げていることが。

 この生死の瀬戸際をさ迷ってる状況が。


 彼は心の底から楽しんでいるのだ。


「最高だ! 最高だよ師匠! ――だからこそ! あんたに勝ちたいんだ!!」


 ジャスガして攻撃。

 ジャスガして攻撃。


 ひたすらその繰り返しが、彼にとっては幸せの他なかった。

 自身が尊敬する師匠と、本気で戦っていることが――何よりも幸せなのだ。


 しかし、彼は楽しいだけなのかというと――そういうわけでもない。


 猛攻を耐えるノインの頬には……一滴の涙。


 そう、彼は泣いてもいるのだ。


「はははははははははははははっ!」


 彼は幸せでありながら、悲しくもあった。


 これが師匠との最後の戦い。もうこの日常が失われるのかと思うと、悲しくて仕方なかった。


 泣きながら笑い、戦う。

 端から見れば異常者でしかないが、彼にとってこの一撃一撃には一つ一つの思い出があるのだ。


 それは、何度も食らっては死んできた斬撃。

 それは、今まで一番自分と向き合ってくれた者の重み。

 それは、真っ白い空間の中での唯一の思い出。


 二刀流との死闘を続け、100時間経過。

 だんだんと体力が消耗してきたティガヴァイスは、攻撃速度が落ちてくる。


 そして……体のバランスを崩し、足下がふらついた隙をノインは見逃さなかった。



「――いくぞ師匠おおおぉぉぉぉぉっ! 【ブラスト】ッ!」



 一気にティガヴァイスの懐まで忍び込む。

 完全なるゼロ距離。そして放つは……あの攻撃スキル。



 初めは期待を胸にこめてプレイし始めた。

 ジョブ選択をミスったと後悔した時もあつた。

 ログアウトできない絶望に、必死に動きを学んできた。

 無理ゲーだと思って、何もかも諦めたこともあった。

 それでも変わらず全力を尽くしてくれる存在に惹かれた。

 それから、何度も何度も死闘を繰り広げた。



 ノインの、師匠の……全ての想いを乗せ。



 ――終わりを告げる一撃を放つ。




「――シィィィールドォ……スラァァァッシュッ!!!!」



『――ッ!』



 渾身の一撃を食らったティガヴァイスはヨロヨロと後退する。


 そして物理剣を大きく振りかざすが……もう大剣を持つ力さえなくなり、頭上まで持ち上げた剣をそのまま手放してしまった。


 宙に浮いた大剣は……そのままティガヴァイスの胴体を貫く。


『――ッ』


 ――それが白銀の鎧、ティガヴァイスの最期だった。



「…………」


 ノインはバーサークモードを解き、青白い光に包まれていくティガヴァイスの元へと歩む。


 足下からだんだんと消えていく自分の師匠を見つめ……大粒の涙が溢れ出てきた。


「……うっ! うぅっ……!」


 もうこれで終わりなのかと。

 今までの日常はもう戻らないのかと。


 ノインは膝から崩れ落ち、ティガヴァイスに抱きつく。


「今まで……今までありがとう、師匠……! あなたがいてくれたから、俺はここまで来れた……!」


 ゲームに於いてNPCはただのデータ。

 ましてや敵キャラなど、プレイヤーにとって倒す対象でしかない。


 しかし……ノインにとっては師匠であり、尊敬する存在であった。


「こんなにも強くなったのは、師匠のおかげだ……! 俺を見放さなかった師匠が、いてくれたおかげだっ……!」


 こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。

 とめどなく溢れる涙で、顔がぐしゃぐしゃになっている。


 本当は倒したくなかった。

 ずっと一緒にいたかったし、一緒に冒険したかったのだ。


 しかし……彼はあの時から約束していた。


 『いつか師匠に勝つ』と。

 だから、倒さないということは師匠を裏切ることに直結しているのだ。


「俺、約束するっ……! もう、諦めないっ……! もう、逃げ出さないよっ……!」


 師匠を倒すことが師匠の期待であり、『期待に応える』ともノインは約束したのだから。


「街に行っても、ジョブは変えないっ……! 絶対変えないからっ……!

 みんなが初心者だろうとおごらないし、上級者だろうと逃げないっ……!」



 ティガヴァイスに返事は当然ない。

 もはや立ち上がる気配もなく、ただただ体が全て消えるのを待っているかのようだ。


「本当に――本当にありがとうございました師匠!」


 ……それが最後に伝えられた言葉だった。


 宿命之白帝・ティガヴァイスは完全に消え、ノイン一人だけとなる。


【レベルアップ!】


「――っ!!」


 軽快な通知に息を呑む。


【名前:ノイン

メイン:ディフェンサー Lv.2→5

 サブ:バーサーカー Lv.2→5

 HP:40/40→100/100

 MP:6/6→15/15

 攻撃:22→55

 防御:36→90

 魔功:2→5

 魔防:30→75

素早さ:24→60

スキル:シールドスラッシュ Lv.1

    バーサーク Lv.7

    ブラスト Lv.1

【スキルレベルアップ!】

【シールドスラッシュ Lv.1→2

 ブラスト Lv.1→2】


 明らかにおかしな通知。

 Lv.100を倒したというのに、レベルが3しか上がってないというのはおかしいのである。


 だが、ノインのこれは明らかなバグ。本来ならプレイヤーのレベルが5になる為のモンスターが出現するはずだったのだから、これで正しいのだ。



 ……しかし、そうではない。


 ノインにとっては上がったレベルなど、どうでもいい。


 レベルアップしたということは――本当に自分の師匠を倒したという証明。


 もう二度と会えないという通知を意味しているのだ。



「うわああああああっ! ああああああああああっ! あああああああああああああああっ!!」


 子供のようにノインはしばらく泣きじゃくっていた。



 最後の戦闘時間――415:30:15。

 総プレイ時間――50,086:55:45。


 こうしてノインは、ようやくチュートリアルをクリアした。




 ――もしもLv.2のプレイヤーがLv.100のモンスターに挑んだら、どうなるのだろうか?


 答えは、当然死ぬ……とは限らない。

 揺るぎなき信念と光輝く精神を手にした時、きっといつか勝てるだろう。

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