初恋ラブレター

星来 香文子


 下駄箱の下で、彼女はずっと、時が来るのを待っていた。

 校舎の入り口、登校した生徒が必ず通るこの場所に、ずっといるのに、誰も彼女に気づかずに素通りしていく。


(いつになったら、ここから出られるのかしら)


 初めは、下駄箱の下じゃなくて、上から3段目にいた。

 だけどその日はとても運が悪く、強い風が彼女を吹き飛ばしてしまって、床に落ちてしまう。


 床に落ちた彼女の存在を、誰かが気がつかずに蹴り飛ばしてしまった。

 何人も違う生徒が彼女の存在には気づかずに、靴を履き替え、時には遅刻しそうだと走り出すせいで、どんどんと彼女は下駄箱の下の隙間に入り込んでしまう。


(くらいし、埃っぽいし……声だけは聞こえて来るのだけど……一体、いまは何年の何月なのかしら?)


 彼女の体の表面に書かれた宛名の生徒は、もうとっくに卒業してしまっている。

 それでも、この手紙彼女を綴った生徒の思いは、こうして誰にも読まれないまま、募り積もって、意思を持つようになってしまったのだ。

 誰にも読まれず、見つけてもらえず、長い間、動けずにいたある日、事件は起こる。



「これはひどいな……水浸しじゃないか」

「おい、ちょっとこっち手伝ってくれ!」


 いつもならもう生徒も、教師も誰もいない時間帯に校舎内に大人がたくさんいて、清掃が始まったのだ。

 どういうわけか、校舎の窓ガラスは割れ、どこもかしこも雪や氷の塊が解けた後で水浸しになっていた。


 大人たちは協力しあって、彼女が下にいる下駄箱を持ち上げる。


(ま、眩しい……!!)


 急に光を浴びて、彼女は目が眩んだ。


「あれ……なにこれ、手紙?」


 彼女の目が眩んでいる間に、床に溜まった埃の中からひょいっと、彼女の体は持ち上げられ、フーフーと息を吹きかけて表面を撫でられる。


(あっ……ちょっと……気持ちい)


「ラブレター?」



 彼女を拾ったのは、男子にしては少し髪の長い黒髪で、右目の頬骨のあたりに、二つのほくろがあるこの学校の生徒だった。


 恐る恐る目を開けると、彼女はその生徒の綺麗な顔に驚いて、なんだか急にドキドキしてしまう。


(なんて、なんて素敵な殿方なの!! これは、これは、一目惚れってやつかしら!!?)


 それまで、誰にも読まれない、ラブレターだったはずの彼女の中で何かが起こる。

 そして、それと同時に彼女はラブレターの中から飛び出して、まるで人間のような姿に変化する。


 桃色のふわふわとした柔らかそうな髪のツインテールに、封筒の色と同じ桜色の着物。

 大きなパッチリとした瞳が綺麗で、人間であれば10代半ばといったところの美少女になった。


 だが、残念なことに、彼女が一目惚れをしてしまった男子生徒は————


「おい、れん! 何しとる! あっちを手伝わんか!」

「ごめんごめん! 今いくよ!」


 ————彼女の姿がまるで見えていないようで、拾ったラブレターをスラックスの後ろポケットにしまうと、その場を立ち去ってしまう。


(えええ!? 待ってよ!! 私が見えないの!?)



 その男子生徒の名前は、氷川ひかわれん

 祓い屋という、恋文ラブレターから生まれた妖怪である彼女にとっては厄介な家の跡継ぎ。

 しかし、残念ながら、彼にはその妖怪を見る力がないのである————







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