プロになれたかな‥

@J2130

第1話 就職したら、システム室でした

 中学三年生の時、ふとしたことでクラスの全体写真を父に見せたことがあった。

「ふ~ん‥」

 ほんの数秒だけ見て父はすっと僕にその写真を戻して

「うちで採用するなら女の子ならこの子と、男の子だったらこの子だな」

 と二人を指差した。

 僕は指されなかったね。


 父は当時、都内の大学付属の病院の総務部、人事課長だった。毎年数えきれないほどの事務員、看護師、医師の面接をしていたようだ。


 仕事の話しはほとんどしなかったが、たまに芸能人や政治家がその病院でなくなると、マスコミから総務部にいた父の自宅,我が家に電話がかかかってきて、

「そうゆうことは病院で対応するから」

 と不機嫌に応えていた記憶があった。

「まったくな、マスコミから電話があってもそう言っといてな‥」

 と僕ら子供達や母親に伝えていた。


 クラス写真の二人、一人の女子は都内でも屈指の進学校の私立女子高に行った。男子は地元の県立の進学校にこれまた行った。

 頭のいい、素直な二人だった。

「なんで、なんで写真だけでわかったの」

 恐ろしいものを見た感じがした。写真だけでそれがわかる‥。

「ん‥」

 写真を僕に見せながら父は理由を言った。


「この女の子、座り方、姿勢がいいよな、手を重ねてる、右手が上だ、膝もしっかりとじていて、足もそろえてる。間違いないよ、素直ないい子で、親の教育もしっかりしている」

 うん、学級委員だった。

「この男の子、ただしく前を向いている立っている。両手もきちっと体についている。斜にかまえてない。目もしっかりとカメラをむいている、顎をひいてね」

 そう、しっかりものだよ。

「たつや、プロだぞ、俺は」

 プロというのはこんな小さな写真ひとつでそこまでわかるのかと、本当に恐ろしくなった。

 父親がなにかのプロという意識が初めて芽生えたときだった。

 プロというのは野球選手とかレスリングとかね、そうゆうものだけのイメージだったけれど、職業や職種、身近にもプロがいるんだな‥と思った瞬間だった。

 よくアイドルのオーディションなんかで、写真選考があるけれど、きっとそのプロが見ているんだろね。父と同じように見ているとしたら、そうは間違った判断はしないんだろう。

 プロは恐ろしいな‥、と感じた。僕も将来なにかのプロになれるのかな、でないと食べていけないよなと思った。


 大学を出て就職したのは、とあるベビー用品メーカーだった。

 文系でヨット部だったし、とりあえず体力には自信があったので、配属先は営業かな、“使いべりしません、なんでもやります”と面接でも言ったし。ふたをあけてみれば情報システム室の配属となった。


 一通りの新入社員研修のあと、品質管理に配属された吉沢さんと情報システム室に配属の僕は、そのあと生産部に行き、物流に行き結局六月の半ばまで研修を継続された。

 あとでシステム構築、メンテナンスに非常に役にはたったけれど、

「ねえ、お互い、いつまで研修するんだろうね‥」

 と二人で話していた記憶がある。


 やっと配属されたシステム室では、納品書や実績表の印刷のオペレーション、ようは紙を印刷機にかけたり、毎日のプログラムを起動させたりとね、ルーチンの仕事をやっていた。

 思えば、それくらいしか、新人にはさせることができなかったからね。


 そして空時間に、

「これ読んでおいて‥」

 と室長に渡されたのが、コンピューター言語のCOBOLの説明書だった。

 ほぼ一日中読んでいて、でもね、わからないことばかりだから眠くなって、寝てね。


 だけど、室長も誰も何も言わなかった。

 今思えば、

「寝るのもなんでも、本人しだい」

 と厳しくも暖かい目でね、見てくれていたんだと思う。

 起こしもされなかった‥。


 二週間後、システム仕様書、ようはプログラムの設計書を渡された。

「これ作ってみなよ、試しに」

 一か月半かかってね、最初はエラーばかりで、エラーが多すぎて、どれがあっているのかがわからなかったね。

「できました‥」

 と言ってプログラムを印刷してだしたら、赤ペンで、ほとんど真っ赤にされて、というか、悪意かと思うくらい塗りつぶされて、

「まあまあだよ、こんなもんさ最初は‥」

 さらに二週間かけて直して。


 当時は店頭公開、その後、二部、一部になっていく上場会社の社内の販売物流、経理、給与を担当するシステム室としては、僕と室長と先輩の小林さんの三人のシステムエンジニア兼プログラマーと、事務の女性が二人。計五人のきわめてきわめて規模の小さい職場で、若いころはしごかれた。

今思えば感謝しかないのですが、きつかったね。

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