彼を探して走る。

 見つけた。

 でも。

 わたしは、声が出ないから。

 とりあえず、突進した。


「うわっ」


 彼が、よろめく。


「えっ。どうしたんですか」


 はいこれ。傘。忘れ物。

 喋ろうとしてみたけど、やっぱり、声は出ない。

 切ないけど、しかたなかった。

 彼の手に傘を押し込んで。

 逃げるようにその場を。


「おっと」


 うわっ。

 袖をつかまれたので、つんのめって転んだ。


「逃がさないですよ」


 いや。わたしは。傘を。

 うわっ。


「お返しです」


 みずたまり。

 綺麗だった服が。また、びしょびしょになる。

 彼のスーツ。ところどころ、まだ、綺麗。


「うわっ」


 水を投げつけた。これでどうだ。

 わっ。

 投げ返された。

 そうやって。

 ふたりで。

 意味もなく、みずたまりで遊んだ。

 お互いに。

 びしょびしょになるぐらい。

 服から綺麗な部分が、なくなるぐらいに。


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