第3話 誤解と間に合わせ婚約者


 泣いて泣いて、泣き明かして数日。

 私は、心を決めた。単純な自分にちょっと笑ってしまう。


 私は人の感情を読み取るのが得意。ということは、人の感情に振り回されやすいということ。


 でもね、ある時学んだのだ。

 だからと言って、相手の言うこと、思うことをすべて優先する必要はないのだということを。


 私が間違っていた。


 レンの問題じゃない。私がレンをあきらめきれないのだ。


 絶対無理。レンが頑張れないなら、私がレンの分まで頑張ってしまおう。

 今、レンの気持ちが足りなくても、それは今だけのことでしょう?

 これから気持ちが大きくならないわけじゃない。


 私がレンにもっともっと好きになってもらえばいいだけ。レンが頑張りたいって思えるような私になればいい。


 私は、レンのことをお父様に伝えに行くことにした。




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 でも、お父様に機先を制されてしまった。


「レイア。ベネデッティ侯爵家から婚約の打診だ。

 お相手は、ベネデッティ侯爵家嫡男のクアッド=ベネデッティ様。

 お前はあまり社交の場にでないからわからないかもしれないが、今年デビューされたばかりの方で、容姿・性格・頭脳、何をとっても申し分なく、今年一番注目されている方だ。

 レイアを是非にと、打診があった。」


 お父様の声は明るくない。めでたい話をしているのに、ちっともうれしそうじゃない。


 私は体から血の気が引くのがわかった。


「・・・私、その方に会ったこともないわ」

「ああ、だろう」


 父もわかっているのだ。


 この打診が婚約破棄前提の間に合わせ婚約者の打診だと。


 そんな立派な方なのだ。婚約者を立てなかったら大変なことになるのだろう。

 間に合わせ婚約者だとしても、婚約者がいる間は、今、決める気がないというアピールになる。

 しばらく猶予ができるし、婚約にかかわるわずらわしさからは解放される。


 私は爵位の低い男爵家の3女。跡取りのお兄様もいるし、上の二人のお姉さまは子爵家と男爵家へお嫁に行った。

 平凡な容姿で18にもなってもまだ婚約者がいない。

 家ではお荷物扱いだろうし、慰謝料も払われるこの申し出はむしろ喜ばれるに違いないとでも、思われたのだろう。


「お断り、できないのよね。お役目は、どのくらいなのかしら」


 爵位のこんなに離れた方からでは、断ることなど不可能だ。お父様もつらそうだ。


 半年?1年?2年?


 ……レン。レンはどうなるの?


 私は指先が白くなるまで手を握り締めた。

 でも、途中ではっと気が付いた。


 そうだ。これは、実はチャンスなのでは?私はごくりと喉をならした。


「あの、あの、お父様。お願いがあります。お役目お受けします。でも、無事お役目を果たしたら……」



--------------


 翌週、いつもの場所。


 ちょっとだけレンが来てくれないかも、と心配したが、レンは来てくれた。


 無表情だが、雰囲気は柔らかい。この間とは違う。


 先週飛び出してしまったから、あの時レンが何を考えて、そのあとどんな気持ちになったか、私は想像することしかできない。でも、大丈夫。


 そう、来てくれさえすれば、話さえできれば大丈夫!


 もう何も心配がないのだ。

 

 お父様からはちゃんと約束をもぎ取った。少し先になるけど、私たちは幸せになれる。


 私の気持ちを伝えよう。レンならわかってくれる。

 わかってくれなくても何回でもお願いするのだ。それだけの信頼と絆は、私たちにはあるはずだ。



「レン、あの、こないだは急に帰ってしまってごめんなさい」

「俺も、びっくりした。何も言わなくて悪かった」


 沈黙が落ちる。

 ちゃんと、説明しなくては。私は意を決した。


「レン!」

「レイア」


二人で同時に話しかけてしまった。


「いいよ、レイアが先に言って」


 年上の私がしっかりしなければ。


「あの、あの後、色々あったの。それでね、順番に話をさせて。

 私、レンが好き。この間、すごくうれしかったの。私もレンと一緒になりたい。

 それで、レンは心配かもしれないけど、男爵家って、そんなにすごいものではないのよ。

 お父様は、私を大事に思ってくれてるし、二人で頑張って話をすれば、時間はかかるかもしれないけど、きっと認めてくれるって思ってたの」


 レンの嬉しそうな表情に、私は気をよくする。


「ただ、ただね。そのあと、また色々あって……」


 私は一生懸命言葉を紡ぐ。 早くレンに伝えたくって。

 お父様が認めてくれない、許してくれない、そんな心配すらなくなったんだって。


 お父様はレンのことをすごく喜んでくれてる!


 婚約破棄されて傷物扱いになった私でも、一緒になってくれるなんて人がいれば、相手が平民でも安心だ!お父様の様子を思い出すと笑みがこぼれる。


「婚約が決まったの。とても爵位の高い方で。クアッド=ベネデッティ様。

 なんと侯爵さまになる方よ。素敵な方なんですって!

 非常にもてる方で、社交界でもとっても人気だとか」


 私はまた浮かれてしまっていた。


 そのせいでいつもならすぐに気が付く彼のちょっとした表情の変化に、気づくのが遅れてしまった。


「俺に、あきらめろってこと?」


 レンの声が固い。


 あれ? なんでそうなるの? レンは何を言っているんだろう?


 はっと気づいた。

 貴族の間で格差婚約と婚約破棄が流行だって話、レンは知らないのかもしれない。

 私、この婚約を喜んでるように見えてしまった?


 私はあわてて続ける。


「あのね、レン。そうじゃなくって……」


 私は間に合わせの婚約者なの。これはお役目なの!


 でも、それが言葉になる前に、今度は、レンが駆け出して行ってしまった。





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