ひとりで何でも解決しようとするとすれ違いを生むのでホウレンソウが大切ですね
「まあ、そんなやりとりがあって、実は兄さんらしい、ということになって。でも、
「どうして……? 私の留学は1年ほどだ。
「………だって、苳子さんは、久弥さんのことがずっとお好きだったんでしょう? それに、久弥さんも」
「は?」
「戸籍上は兄妹だけど、本当は血のつながりがないって……だから、せめて久弥さんの血を引いた利久を引きとりたいんだって。それを聞いて、私は大恩ある苳子さんの思いを踏みにじてしまったんだって。それに、久弥さんにとって、苳子さんの身代わりだということも、あまりにもツラくて」
「ちょっと待て! いったい誰がそんなこと……」
「いったいどうしてそんなこと?!」
理事長とリクのおか……紛らわしいから、もう苳子さんでいいかな? 声を揃えて、お師匠さまに詰め寄る。
「……
「はあ?! 由利恵さん、あんなバカの言うこと、真に受けたの?」
「そんな言い方ないわ。明久さんは、本当はずっとあなたのことが好きだったのよ。でも、苳子さんは久弥さんが好きで、久弥さんも苳子さんが好きで。けれど戸籍上とはいえ兄妹である以上添い遂げることはできないから、諦めて自分に嫁ぐことを受け入れたんだって話していたもの。久弥さんが苳子さんに全て任せたって、そう言うことなのか、って、納得できたし」
「そんなバカなこと! 確かに母親は違うけれど、私たちはれっきとした兄妹よ。兄として慕ってはいても、それ以上の感情なんてないわ」
「そんな……」
っていうか、リクは明らかに伯父、もといお父さんに似ていて、でも苳子さんにもそっくり。
そう、理事長と苳子さん、よく似てるんだ。
どう見たって血が繋がっているよね?
若い頃はもっとそっくりだったんじゃないのかな?
性別が違うし、これだけ美形だと、分かりづらかったとか?
まあ、妊娠したり衝撃の事実(嘘だったみたいだけど)を聞かされて、冷静な判断が出来なかったのかもしれない。
「あと、あの年中発情根無し草のバカダンナが浮気する時に相手の女を口説く時の常套手段なのよ、それ。相手の同情を引くために。報われない恋に準じた妻を見守る夫、でも本当は寂しい、虚しいって。そんな設定が付くだけで、悲しいまでの優しい男に見えるらしいのよ。ただの甲斐性なしなのに」
「……そ、う、なの、ね」
思い当たる節があったのか、お師匠さま、硬直気味になる。
「そうよ。由利恵さんも言い寄られたでしょう?」
「……時々、そんな空気は感じていたけれど。でも、妊娠が判る前には、二人きりにはならなかったから」
「滝本達が、気配を察して注意していてくれたのよ。あの人、結婚前から由利恵さんのこと、イヤらしい目で見ていたし。だから本当は、私が結婚する前に縁談を決めたかったのだけど、兄さんがうんと言わなくて」
「当たり前だ。どうして私が由利恵と他の男を取り持たなくては行けないんだ? そんなことしなくても大丈夫だと散々言っていただろう?」
「心配しなくても来年には決まるから、なんて言われて分かるもんですか?! どうしてハッキリ言ってくれなかったのよ? 由利恵さんも、どうして訊いてくれなかったの? というか、いつの間に、そんな話を」
「妊娠が分かって、お仕事を減らしてもらったから、一人になることが増えて。そんな時……。でも、その頃には、お腹に利久がいたから、それ以上のことは……」
「伏線を張っておいて、出産後に口説くつもりだったのかもね。甲斐性なしのくせに、そういう知恵は働くんだから。利久が産まれた後も、そこに『せめて愛する兄の血を引く子を自分で育てたいと引き取った、自分との夜の生活は拒否されている』って設定が加わったし。本気にした浮気相手に何人も同じ内容で責められたんだから。ふざけないでほしいわよ。子供ができなかった原因は明久さんだって分かっているのよ。おかげで利久の義理の兄弟の出現も起きずに済んでいるけど」
「え?」
「なまじな名家だから、結婚前にブライダルチェックもさせられたし。まあ、結婚前に私の瑕疵を見つけて、あわよくば弱みを握って破談にしようって思惑もあったのかもしれないけれど、結果は男性不妊。なのに、結果を隠していたのよ。由利恵さんのことがあって、病院に問い合わせて分かったけど。……それで、兄さんの子供なら千野の血筋を引いているし、むしろ好都合だって話になって」
「ちょっと待って!? 久弥さんの子供ならぜひって、そういう理由で?」
「だって、由利恵さんが兄さんとは結婚できないって言うから、てっきり他に好きな人がいるんだと。だからてっきり、一夜限りのお相手としてもてあそばれたんだと。だったら、
高宗って、確か理事長の名字だ。
なのに、引き取ったのは千野さんちなんだ?
家関係ごちゃごちゃしてきた。
「だからなんで一言確認してくれなかったんだ?! 国際電話でもなんでも、手段はあっただろう? お前なら由利恵をおかしな虫から守ってくれるって、信じて任せて行ったのに」
「そりゃ、言われなくても守るつもりでしたけど! でも、だったら、なんでちゃんと説明していってくれなかったの?」
「それは……恥ずかしいじゃないか。妹の友人にいつの間にか手を出していたなんて」
恥ずかしいと言えばそうだけど……そこは話していくべきだったと思いますが。
「そこは話していくべきだっただろう……」
そっくり同じ言葉を、リクが言う。
顔に出てたかな?
「そうよ。だから、てっきり、遊びなんだと思っていたし。それに兄さん、案外執着するから、いざ逃げるとなったら、追いかけてきそうで。だから、こっそりかくまおうと思って」
……うわ、リクもかなりヤキモチやきだけど、理事長も?
というか、なんなの、これ?
「……結局、それぞれが勝手に判断して、突っ走って。本来なら単なる『出来ちゃった結婚』になるだけだったのに……はあ、いい大人のコミュニケーションエラーで、俺、20年以上、翻弄されてきたのかよ」
リクがぐったりとして。
くたびれ果てたリクに、執事風おじさまがお茶を差し出す。
「ああ、ありがと」
「全く。久弥さまも久弥さまです。この滝本が、何度もご連絡差し上げても、一向にお返事なさらず。国際電報までお送り致しましたのに」
「へ? あ、いや、どうせ母の愚痴か小言だと……」
このおじさまが、滝本さんらしい。
「こちらのお嬢様も呆れていらっしゃいますよ。利久ぼっちゃままで置いてきぼりにして、好き勝手にお話しされて」
「……いや、事情はすごく分かったから、まあ、それはいいけど。……頼むから、ぼっちゃまは、ヤメテ……」
リクが恥ずかしそうに滝本さんに言うけど、この期に及んでまだ手を離さない方が恥ずかしいんだけど。
「そもそも大奥さまも大奥さまです。高宗家でと言いながら、結局千野家の跡取りにちょうど良いと、いつまでもご実家に介入しすぎでございます。逆に奥さまは、もう少し旦那さまに毅然となさいませ。いくら気安いとはいえ、大奥さまや久弥さまにばかり愚痴を仰って、当の旦那さまには何も仰れず。なのに肝心なことはお一人で決めてしまわれる」
滝本さん、使用人という立場とはいえ、じいやさんみたいなものなのかな?
ズバズバ言ってくれて……まあ、気持ちいい。
「きちんと事実関係を確認なさいませと、あの時もご忠告申し上げました。ですのに、ナイーブな問題だから、とうやむやにされて。それに由利恵ちゃ……いえ、由利恵さま、あなたも一人で思い悩んで何も言わずここを出て。何事も相談なさいとお教えしたはずです。男の私に言いづらかったのは分かりますが、せめて、みやこさんにでも伝えて欲しかったと思いますよ」
滝本さんにお説教されて、理事長も苳子さんもお師匠さまも、みんなシュンとしてしまった。
みやこさん、って言うのは、今は引退してしまったけど、ずっとこの家で勤めていた、滝本さんの前任の使用人頭だってリクが教えてくれた。
滝本さんがじいやさんなら、みやこさんは、ばあやさんみたいな存在らしい。
「ここまで申し上げましたから、もうひとつ。明久さまは、確かにフラフラ落ち着きもなく、決して誠実な方とは言えませんが、決して嘘つきではありませんよ」
「だって、あることないこと、由利恵さんや、他の方に……」
ちょっと口を尖らせて、苳子さんが言いかけるけど。
(というか、そういう仕草がすねてるリクにそっくりで、ちょっと笑えるし、とってもかわいい)
「ええ。事実無根でございます。ただし、明久さまにとっては本当なのですよ。血が繋がらない云々は、半分しか、という言葉が抜けておりますが。……ずっと、苳子さま、あなたに恋されていたのですよ、明久さまは」
「そんなハズないわ! だって、結婚する時に、お前はどうせこんな家に嫁ぎたくなかったんだろう、久弥兄さまに頼めば破談になったから、頼めばよかったのに、って」
「ええ。明久さまは、ずっと久弥さまに嫉妬しておられましたから。容姿も勉学もスポーツも、ありとあらゆる面で敵わないことを、ずっと僻んでおられましたから。苳子さまが久弥さまのことを自慢げにお話しされる度に、この滝本に八つ当たりされましたからね。大奥さまが強引に縁談をまとめたこともあって、世間一般のように苳子さまが望まぬ結婚だと、思い込んでおられましたから」
「そんな……。それは自慢したけれど、それは出来ないからってすぐに投げ出してしまう明久さんに発破をかけていたつもりだったのよ? 兄さまだって、こんなに頑張って結果を出していらっしゃるんだって、努力が必要なのよって」
「ええ、確かに。もっとも苳子さまらしく、遠回しでしたので、明久さまには伝わっておりませんが」
あれ? もしかして。
ここにも行き違い? 今の感じだと、実は相思相愛っぽかったのかな?
「……それに、由利恵さんにもちょっかい出していたじゃない?」
「あれは、苳子さまの気を引きたかったようです。どちらかというと、苳子さまが由利恵さまばかり構うのに、ヤキモチを妬かれていたと思いますよ」
何だか、ホント、リクには申し訳ないけど。
何だか、高宗さんちも千野さんちも、めちゃくちゃ立派な家系なのに、妙に一途で、なのに思い込みで突進してしまって、すれ違いで。
そして、確実に、リクにはその血が流れていると感じるよ。
思い込んだら話を聞かないとことか、よく考えたらそのままじゃない?
「……あの、なに考えているか、分かるけど。これからは、ちゃんと、相談するから。今までのことは、まあ、ごめんなさいってことで」
何か言う前に、先にリクに謝られてしまった。
うん、報連相は大切だよね、やっぱり。
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