古文オタクな分かりづらい告白なんて普通はお断りだから!
当事者の私を差し置いて、千野先生と遠藤先輩の交渉が続いている。
先生が茶道部の客寄せパンダになる代わりに、私との交際の隠蔽を手伝えって……そもそも、まだ付き合ってもいないからね?!
その上、婚約とか、話が飛びすぎ!
……なのに、口を挟めない私。
「分かりましたわ。ご協力致します。ただし! 条件があります!」
「あの、条件に条件重ねていくと、キリがないんですけど……」
かろうじて言葉を挟めそうな隙を見つけて、何とか食い込んでみた、けど。
「これが一番大事なの! ちゃーの貞操に関わるんだから!」
「て、貞操?!」
「そう。………千野先生、ちゃーに対する思いの丈は分かりましたわ。だからこそ! 先生にはちゃーの、中沢茶朋のバージンを守っていただきます!」
ば! ばーじん?!
先輩、突然なんて言葉を口にするんですか?!
「……それは、最終的な行為、と言うことでいいんだよな?」
ほら、先生の方が、まだぼやかして言ってくれて……いるけど、結構スゴいこと、言った?
「出来れば首から下はご遠慮願いたいですわね。でもまあ、タッチくらいは許しましょう」
いや! 遠藤先輩! 勝手に許可しないで!?
タッチくらいは、って、首から下は、って、どこのこと言ってるの!?
「分かった。ちなみに期限は?」
「ちゃーの卒業まで、と言いたいところですけど。まあ、私が協力出来るのが今年度だけですし。先生が無事婚約を取り付けて、ちゃーがオッケーしたら、あとは二人にお任せしましょうか」
よかった、一応、私にも拒否権がある……って、そこ喜ぶところじゃない!
「……先輩、ひどいです、勝手に」
「あら、ちゃーのために交渉してあげたのよ? でないと、ムードに流されて、あっさり先生に許しちゃいそうだし。もう、際どいところまでされていたんじゃないの?」
な、バレてる? 先輩、見ていたわけじゃないよね?!
「え? いや? な、何を」
「……やめとけ、中沢。言い訳するほど、お前はボロが出る」
「先生の方がよく分かっていらっしゃいますわね。あ、当然ですけど、校内でも慎んで下さいね。作法室も、なるべく避けていただいていいかしら? 新入部員も増える予定ですから」
高村先輩のお株を奪うような凶悪な笑顔でにっこりされて。
先生は渋々、うなづいた。
で、何故か。
「ちゃーちゃん、聴いたわよ? ファーストキスの通り魔さん、無事射止めたんだって?」
次の日登校してきた高村先輩に言われて。
「な! 何で高村先輩が? ちょっと! 遠藤先輩!?」
「……私が言ったわけじゃないわよ。と言うか、全部かむちゃんの遠隔操作だからね」
「え? どう言うことですか?」
「一昨日のちゃーの様子から、千野先生と何かあったのは分かっていたから、かむちゃんに相談したら、ちゃーの貞操と初恋を守るためには、あの方法がいいって言われて」
「だって、高村先輩、あの場にいなかったじゃないですか? あの展開、分かっていたんですか?」
「一応、20通りくらいシミュレーションしてみたから。でもえんちゃんが覚えきれないって言ったから、3パターンに絞ってみたけど」
「20通りって……それに3パターン?」
「一つ目、先生が全くの遊びパターン。二つ目、ちょっと気になっているけど、本気までなってないパターン。三つ目、本気でちゃーちゃんに惚れてるパターン、かな? まあ、教師であることの社会的規制や、人当たりのよさげな
「違いますよ。『ちの』じゃなくて『せんの』です」
「あら? 創始者一族の係累が、そうと言わずに学校に潜り込むなら、そのまま名乗るかしら? それに読み仮名だけなら、法律的には名乗ったもの勝ちなのよ。戸籍に読み仮名は登録されないから、厳密には偽名と言うわけじゃないし。まあ、職場で、しかも上層部が承知しているのだったら、簡単なことでしょうしね。あくまでも推論だけど。でも、創始者一族に繋がっているとしたら、多少強気に出るかも、って思ったのよ」
「先生が、創始者一族……?」
「だから、それは、もしかしたら、の話。でも、もし本当だったら、味方にしておいて損はないじゃない?」
「まあ、それなりにいいところのお坊っちゃまだってことは分かるよ。最初は作法を教え込んで、とりあえずお点前だけしてもらう予定だったけど、作法室に入って来たところを見て、ピンと来て、鎌かけたら大当たり。あの年で趣味程度とはいえ茶道を嗜んでいるなんて、ホントに創始者一族かも知れないね」
「まあ、えんちゃんの観察眼の賜物よね。それに私のシミュレーションだけじゃ、粗があるもの。臨機応変に対応できる、えんちゃんの度胸があればこそよ」
こ、怖い。
今までも何となく分かってはいたことだったけど、この二人を敵に回したら、エライことになる!
「というか、高村先輩、ひいおじいさまのお葬式の最中に、こんなことにかまけていてよかったんですか……あ、忘れていた。この度は御愁傷様でした。あと、我が家のお饅頭、お役に立ちましたでしょうか」
「ええ。とっても美味しかったわ。ひいおじいちゃまも、『なかざわ』のお菓子は大好きだったから。なくなったのは、悲しかったけど、ちゃーちゃん救出作戦ついでに茶道部救出作戦考えていたら、気が紛れたし。ひいおじいちゃまの大好きな『なかざわ』の『小さい嬢ちゃん』の大切な恋と茶道部を守るためなら、許して下さるわ、きっと」
……一応、私が主なんですね、で、茶道部がついで、と。
それに、『なかざわ』が大好きだって言って下さる思いも、ちょと嬉しい。
まあ、何となく先輩達に言いくるめられてしまった気もしないではないけど。
結果的に、千野先生とのお付き合いを承諾してしまったようなものなんだ……けど?
あれ? そもそも、私、先生にお付き合いって、申し込まれたっけ?
何か、「外で会おう」とかは言われたけど。
遠藤先輩には、「付き合っている」って宣言していたけど。
私本人には、まだ何も言われてませんけど?
もしかして、あれかな? 先生からの宿題。
『思はぬに妹が笑ひを夢に見て心のうちに燃えつつぞ居る』
調べてみたら、『思いがけず君の笑顔を夢で見た。あんな風に夢で笑ってくれるなんて、君は僕が好きなんだよね? それを知ったら君への思いが、ますます心のうちで燃え続けているよ』って意味らしい。意訳だけど。
この時代は、夢に出てくる人は、自分が相手を好きだから、じゃなくて、相手が自分を好きだから、夢に出てきてくれた、って解釈なんだって。
それって。
『中沢の夢に、渡って行っちゃったかな? 俺の心』
あの言葉が、渡って行った心が、恋、だってこと、なのかな?
ついでに、養護の先生が言っていた『頼みそめてき』も調べた。このキーワードだけで本で調べるのは、ちょっと無理だったんで、ネットで調べたよ。
『頼みそめてき』『小町』『古今和歌集』で調べたら、すぐヒットした。
『うたたねに恋しき人をみてしより夢てふものは頼みそめてき』
小野小町。この意味は古典初心者の私にもすぐ分かる。
『うたた寝していたら夢で恋しい人の姿を見たから、夢というものを頼みにするようになってしまいました』
うん。養護の先生の言う通り、こっちの方が分かりやすい。
でも、千野先生は、あえて『自分が好きだから相手の夢に現れた』ってことにこだわったのかな?
私が千野先生の夢を見たのは、千野先生が私を好きだからって?
これ、告白のつもりなのかな?
分かりにくすぎ!
いや、先生、こんな古文オタクな告白、普通引くからね?
何でもあんなに色々ストレートにしてきて、告白だけ分かりづらい方法取るのよ?
見ず知らずの人だったら、絶対お断りするから!
……先生だから、しないけど、さ。
和歌を喩えた告白なんて、ちょっと雅じゃない?
なんて、惚れた欲目で見ちゃうから。
悔しいけど。
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