オモテ

まくらくまる

第1話

ぼくには友と呼べる人はいなかった。いままでもこれからもだ。

ぼくには友と呼べるものがあった。ある日突然に自覚した。それはぼくの中にあった。

友はぼくを"オモテ"と呼んだ。だからぼくは友を"ウラ"と呼んだ。

ぼく達の目は四つあり、ぼく達の耳は四つあり、ぼく達の心は二つあった。けれど体は、一つだけ。

目を閉じればいつだってウラはそこにいた。目を開いたらぼくの世界が広がっていて、しばしばぼくは目を閉じていた。そうしなくては、ウラに会えないからだ。

ぼくはウラに語りかける。

『 ねえウラ。ウラはさみしくないの。』

『寂しいのはお前だろう、オモテ。俺は寂しくなんてない。俺はひとりがいいんだ。 』

瞼の裏のウラは、いつだって素っ気ない。素っ気ないのに、ぼくをしっかり見てくれる。そして、答えてくれる。

『ひとりがいいのに、どうしていつもぼくの傍にいてくれるの。 』

ひとりがいいとそう言うのに、ウラはぼくに色々なことを教えてくれる。色々な人を見ていて、色々な知識があって、いつもぼくを助けてくれる。

ウラは胡座を組んでいた。そしてぼくを指さして笑う。

『俺の体がお前だからさ。俺はお前なのはお前もわかっているだろう、オモテ。 』

『 やめて、ウラはウラでしょう。見た目だって違う。』

『見た目はそうだな、格好良いだろうなあ。だって俺はウラだから。 』

『 どうしたらウラみたいになれるんだろう。ひとりでも寂しくなんかないって、ひとりが好きだって、言えるようになりたいんだ。見た目はまあ…ちょっとどうしようもない所があるかもしれないけど…。』

いつもこうやって、押し問答をする。ウラは嫌な顔ひとつせず付き合ってくれるのだ。

こんなぼくより、ウラがオモテだったらよかったのに。そうしたらぼくじゃなくて、ウラがオモテだったのに。

ああでも、ぼくがウラだったらオモテになったウラにはぼくは必要ないかなあ。

『 オモテ。お前最近ちょっと危ないぞ。』

真剣な顔で、ウラが言う。

ぼくの考えていることはいつもウラに筒抜けで、わざわざ問いかけなくたって会話が成立してしまうのは知っている。けれど、ウラは滅多にぼくの心を読んだりはしなかった。

『 …ぼくの心、見てるの。』

『 見なくったって俺には分かる。聞こえるんだよ、お前の声が。変な事考えるんじゃない、オモテ。』

すこし怒っているようなウラ。怒りたいのはぼくの方なのに。

『 変なことじゃない。だってほんとうのことでしょう。ぼくはウラに助けてもらってばかりだ。ウラはすごい、ぼくはなにも出来ない。それならウラがオモテなら…って、ぼくなんて『 オモテ!』』

さっきまで笑って、そしてすこし怒っていた筈のウラが、泣きそうな顔で声を張り上げた。

『 オモテ。聞いてくれ。お前が居るから俺が居るんだ。お前が居なきゃ、俺はいらないんだ、わかってるはずだろ?』

『 わからない、わからないよ!ウラがオモテならぼくはこんなに悩まなくったってよかったんだ。ぼくは疲れた、疲れたんだ。だれもぼくを見ない。見てくれるのはウラだけで、ぼくを理解してくれるのもウラだけだ。ウラ、ぼくを助けて…。』

声を張り上げ、しりすぼみに嘆いた。不思議な感覚があった。

力いっぱい叫び嘆いたぼくは、噴き出す激情のあまり目を開いたはずだった。そうしたら瞼の裏のウラの姿は消えて、いつものように日常が目の前に。

『あれ、…。』

『お前がそこまで言うなら。そこで待ってな、オモテ。 』

『 え、ウラ、ぼくは…』

ふ、と、意識がブラックアウトする。


ああ、ぼくはウラだ。






つづく。

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