天狗の国
天狗に会ったことがないから、天狗のことがわからないのだと罵られた。私は天狗のことをずっと調べていたので腹が立った。けれども彼は確かに天狗の国に行ってきたようだった。天狗を救うために様々な活動をしている。天狗基金を創設して、天狗の実態を訴える講演をしている。私は呼ばれた。そして罵られた。彼だけではない、彼を信奉する人々、彼を支援する人々から罵られ続けた。知識がないから動かないのだと。経験がないから同情しないのだと。罵倒には様々なスタイルがあるという知識を得た。
果たして彼の主張は正しいのだろうか。私は天狗についての様々な情報を知っている。確かに彼は天狗に会ったようだ。彼は様々を感じただろうか。私は自信を持っている。机上から得られる知識を頭の中で整理することを。そこから自らの頭で思考することを。けれども彼に言わせれば、机上で得られるのは正しい知識ではないのだ。私は腹が立った。それならば天狗の国に行ってみようではないか。
天狗の国に着いた。天狗の少年が道案内をしてくれた。天狗の町は荒廃しており、衣食住すべてに困っていた。確かに私の知らない話も聞いた。けれども私はもっと知りたくなって、別の町、別の村へと渡り歩いた。あまり私を快く思わない人もいたが、そのうち私はコツをつかんで天狗たちの懐に入っていった。次第に、天狗たちの歴史を聞くこととなった。かつては別のところにいた天狗が、安住の地を求めてここに移ってきたのだ。この地に住んでいた妖怪たちは追い出されそうになり、激しい争いが起きた。勝利した天狗たちだったが、土地を奪い返したいものとの争いはしばしば起こるのだという。
私は、困惑した。資料の中には、少しだけそういうことに触れているものもあった。しかしそんなことは例の彼からは全く聞いていなかったのだ。確かに今、目の前に救いを求める天狗たちがいる。しかしその敵もまた、救いを求める者たちなのではないか。最初に合った天狗の少年を救うために私が動けば、誰かを敵に回すことになる。追い出された妖怪たちのことを想えば、天狗たちを蔑むことになる。けれども、誰かに同情して、誰かを傷つけて、それでも自分が正しいと信じ続けられるだろうか。
私は帰国して、本を書くことにした。私の知ったことをもっと知ってもらいたい。そして、私の知らないことも多いと知ってもらいたい。そう思ったのだ。本を出してしばらくして、彼からとても罵られた。嘘をつくなと言われた。私も敵だと言われた。人間の国にももちろん、いろいろな事情があるのだ。覚悟を決めて今日も私は、机に向かう。
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