第一章 過去の記憶と転校生

story.1 思い出したくない記憶と転校生

「けほっ…けほっ…」

(これは…?)

黒煙が溢れかえる大きな館。道は焼けただれており、逃げ道は塞がれている。

(っ…此処は…。)

見たことのある光景。

聞いたことのある悲鳴。

感じたことのある感情。

「た、たすけて…!!」

あちこちから聞こえてくる救済を求める声。

「うっ…み、皆!こっち…!」

(この人は…)

一人の大人が子供たちを誘導している。子供たちは、その女性に続いて歩いていく。すると突然、一人の女の子の手を引っ張る男が現れた。

「…み、みんな…」

「何をしている!行くぞ、…××」

(…お、お父様…)

「お、…お父様、いや!」

「やめて!……を連れていかないで!」

「やめて!お父様!痛い!痛い!離して!離してよぉ…」

「うるさい!黙ってついてこい!こうなったのも、全部お前のせいだ!」

「待って…!」

「××…!!」

「皆…っ!」

「ねぇ…」


『どうして、僕たちを置いていくの?』



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「うっ…!そっ…それは…」

(…っ…)

「夢…?」

「はぁ…はぁ……なんて夢…。悪夢ね…。」

夜村サヨは、久しぶりにうなされている様子だった。息を荒らげて、手にはびっしりと汗をかいている。首には冷や汗をかいている。

(久しぶりに見たわ…あの夢。もう二度と出てこないと願って居たのだけれど…。私にとって、忘れたい記憶。…忘れなくちゃいけない記憶。

でも、あの頃の記憶は消えない。この先も、ずっと。あの幸せな日々はもう戻らない。私のせいで、全てが壊れた。言葉の通り、何もかも。…そう、全て私のせいで…。)

サヨは、考えれば考える程、自己嫌悪に至ってしまっている。サヨはもう10年も、この呪縛に囚われていた。

「…これ以上考えるのは良くないわね…」

サヨが起き上がった時、部屋のドアが大きな音を鳴らして、盛大に開かれた。

「サヨ!大変な事に…!!」


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(騒がしい主人が来たわね…。)

「はぁ…。」

サヨは思わずため息をついた。

「サヨ!キッチン!キッチンが~!」

サヨの主人━━━━━黒宮真梨(こくみや まり)は、小学生の様な見た目をしているが、26歳らしい。美桜を中心として活動する、「黒宮家」の娘として生まれた。両親が他界した今では、真梨が黒宮家のトップに君臨している。真梨は持ち前の才能と、弛まぬ努力で、黒宮家の経営している総本社「BLACKorBLACK」の代表取締役兼社長をしている。だが、そんな真梨にも苦手なものはある。それは料理だ。

サヨはまだ眠たい中、ゆっくりと体を動かした。

「…で?何の用ですかお嬢様。キッチンで出来もしない料理を作ろうとして失敗してキッチンが燃えそうなんですか?」

「…せいかーい。」

真梨は大の料理の腕が壊滅的と言っていいほどだった。真梨は何度も料理の腕を上げようと挑戦してはいるが、もれなく全て全て失敗している。また、今回の様なボヤ騒ぎも珍しくはない。

「はぁ…全く。仕方がないですね…。三分で片付けますよ。」

「三分!?流石に早すぎでは!?…っていないし!主人の話を聞かない従者が居て良いものかぁ?…全く…」


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キッチンは、サヨによってあっという間に消火された。だが、キッチンは改装し直す必要がある有様だ。

「はい、消化しときましたよ。」

「やっば…3分もかかってないじゃん…」

「本当ですか?記録更新ですね。」

「え、あんた記録なんか残してんの!?」

サヨの衝撃的な言葉に、真梨は驚いてしまった。

「ふふっ。ほんの軽い冗談ですよ。」

冗談のつもりで言った言葉をまんまと信じた真梨をサヨは微笑する。

「もう、サヨってば…。あんまり揶揄わないでよね!」

「すいません、つい。」

「も~!」

「…というか、どうしてお嬢様はそう何度も料理を作ろうとするのです?貴方、料理だけで人を半殺しに出来る程の料理下手でしょう?」

「うっ…は、半殺し…。で、でも!どうしても上手くなりたくて…」

サヨは、真梨のその一言に、ある疑問を抱いた。どうしてそこまでして料理をしようとするのか、サヨには分からなかった。

「それはどうしてでしょうか?」

「え?」

「だって、お嬢様は料理なんかしなくても、私に頼めばいいじゃないですか。」

「で、でも!サヨが学園に行っている間に、突然のお客様が黒宮館にいらっしゃることがあるの。一応私は、お茶位なら出すことは出来るけど、せっかくなら、出来たてのお菓子と一緒に食べてもらいたいでしょ?それに…。」

「それに?何ですか?」

真梨は、少し黙りこくった後、事の経緯を話し始めた。

「…料理が出来るようになれば、私の社員からの好感度は更に上がって、商談も上手くいくかもでしょう?」

「はぁ…全く。お嬢様、仕事熱心なのはよろしいですが、程々にして下さいね。」

真梨は仕事熱心な故に、厄介事を持ち帰ってくることは少なくない。だがしかし、部下からの信頼は厚く、社長に就任してから9年、たくさんの功績を残している。

「はいはい!分かってますよー!」

「もう…仕方ない人ですね。私でよければ、お嬢様がオフの日に教えてあげますよ。」

「ほ、本当!?…あ、でもサヨ、ただでさえ忙しいのに…悪いよ…。」

「何言ってるんですか。忙しいのは貴方も同じでしょう?それに、私は別に構いませんよ。それとも、私はそんな要領の悪い人物にお見えで?」

「ううっ…そういう訳ではないけど…。」

「じゃあ決まりです。ご予定が空いたら教えて下さいね。」

「はーい。」

「…ではそろそろ学園に向かいますね。ここは少し山の方ですから、遅刻するといけませんですし。」

「はいはい、いってらっしゃーい!」

「行ってまいります。…それとお嬢様。」

「え?何~?」

「くれぐれも、面倒事を起こさないように、ココ最近はアレも無くなりましたが、またいつ起こるか分かりませんですから。」

「もう!分かってるよ~…」

サヨは、真梨に厳重注意を下した後に、自身の通う「御蔵学園」へと向かった。


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サヨは、自身の通う「御蔵学園」へと向かっていた。御蔵学園は、150年続く中高一貫の名門校で、頭脳派から、武闘派まで、幅広い生徒にが通っている。どのようなジャンルに置いても、全国トップレベルの人間が在籍している。右を見ても左を見てもエリートだらけの学園だ。教師も、その教科ごとのプロが多く就任している。しかしその面、校則は大分緩く、一日での授業スピードも早い為、夏季休暇、冬季休暇は長く、生徒たちの過ごしやすい環境を心がけているため、受験数は未だ後を断たない。

サヨが門を通り、教室についた頃。後ろから声をかけられた。

「おはよー!」

「あら、おはよう。」

声の主は、サヨの友人である酒谷ミサだった。

酒谷ミサ。居酒屋の娘で、明るい性格の女の子だ。自他ともに認める運動能力の持ち主で、男性10人程度なら一人で相手をできる程、その腕は確かだった。

「相変わらずテンション低そーだね~サヨは!」

「別にそんな事無いわ。ミサと居るのは、退屈しなくて良いものよ?」

「て、照れるなぁー!」

ミサは、照れくさそうに、飛んだり跳ねたりしてみせる。

「ってゆーか、サヨってさ~偶にそーゆー事言うよね~」

「あら、どういう事かしら?」

「マジ無自覚なのが怖いよね~」

急におかしな事を言い出すミサに、サヨは、頭の中に「?」を浮かべた。

「ま、そこがサヨの可愛い所なんだ・け・ど♡」

「…良く分かんねぇけどどつき回すわよ?」

「本当すいません!!!」

サヨは、思わず昔の名残で、暴言を吐いてしまった。サヨは咄嗟に口を抑える。サヨは、一時期荒れていた時があるそうだが、その頃のサヨの詳細を知る者は少ない。

「サヨ、生徒会長がそんな口調は良くないよ~…」

「別に、滅多にあの口調に戻らないから良いでしょう?」

「いや、サヨが思う10分の1位は頻度高め。」

(そんなに?まさか。ミサの勘違いに……決まっている…はずよね?)

サヨは自分に言い聞かせるようにした。そうでもないと、「あの頃」を思い出してしまうからだ。

「そーいや、サヨって転校生の噂、知ってる?」


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「転校生の噂?」

ミサは、話を続けていく。どうやら、今日来る転校生が、御蔵学園中で話題になっているらしい。

「何かね、今回の転校生、ヤバそうって噂、流れてるんだよね~」

「ヤバい?どういう事かしら?それに、ただの転校生が、どうして学園中の生徒が興味を湧くって、相当よね?」

「もー!それが説明出来たらとっくに伝えてるよ~、今回の転校生は、うちにもわからんレベルで、ヤバそうなの。だって、あの蒼先が━━━━」

「皆、席に着いてー。HR始めるよー。」

ミサが話を続けていた時、サヨ達の担任が来てきた。2人は急いで自分の席へと戻る。

「ねぇねぇ、今日ちょっと早くない?」

「もしかして…」

『例の転校生!?』

(例の転校生ね…。顔も知らない誰かが、自分の事を噂していて、更に"例の転校生"などと言われていると知ったら、その転校生はどんな顔をするのかしら?私がその立場だったらとても耐えられないわね。)

サヨは、その例の転校生に少し興味を持った。それと同時に、期待を胸に乗せた。だがしかし、その一瞬の期待は崩れることとなった。


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「今日は、転校生を紹介する。」

担任の、御蔵蒼音(みくら あおね)が口にした途端、教室が騒がしくなる。

「転校生!?」

「やっぱ例の…」

「男子かな!?女子かな!?」

「ていうか、うちのクラスに来るんだ!」

クラスメイトが騒ぎ始める。話題になっていた転校生が、自分のクラスにくるのだ。騒がしくなるのは必然と言えるだろう。

「…。」

蒼音による無言の圧により、クラスがしんと静まり返った。

「はい、転校生君、入って」

「…はい。」

教室のドアが開かれた瞬間、サヨは青ざめた顔になった。それもそのはず。サヨにとって、不都合な事が起きたからだ。

「殺宮優です。よろしくお願いいたします。」

「嘘…で…しょ?」

(なんで優が?もうこの街には戻って来ないと…そう思っていたのに…。いや、それより今はまず、優は私、そして蒼音に気づいているのかしら?それが一番気になるわ。それに大分雰囲気が…というか蒼音は気づいている筈よね?だとしたらどうしてよりによってここのクラスに配属させたのかしら?)

サヨの脳は突然の情報量についていけなくなった。

「うっ…」

考えれば考える程、サヨは頭を抱える。

「なんで…居るの…よ…。」

(蒼音は一体…何が目的なの…?)

次の瞬間、サヨは倒れ込んでしまった。

「え?ちょっとサヨ!?サヨ!!」

(ミサ…?)

サヨは、遠のく意識の中で、ミサの声がうっすらと聞こえていた。そしてサヨはそのまま、床に倒れ込んだ。

「えっと~…ごめん皆。一旦優君の自己紹介は中止。またの機会にやってもらうわ。」

「蒼先!夜村、どんどん顔色悪くなっていってるぞ!」

「保健委員、今すぐにサヨを保健室へ。」

「はい!分かりました。会長、大丈夫ですか?」

「うっ…」


「…何、あの人。大丈夫な訳…?ねぇ先生、あの人…」

転校生である優は、蒼音に問うが、蒼音その声すら聞こえていないのか、無言でサヨの方を見ていた。

「…。」

「…先…生……?」


~放課後~


「優!!!」

「あ!目、覚ました!!」

「え?」

(ミサ…?ここは…保健室?それに今は何時?もう大分薄暗いけど…)

「サヨったら、転校生来て早々ぶっ倒れたんだよ」

「そうだったのね…。」

ミサは、サヨにその時の状況を詳細に教えた。また、サヨが倒れた事で、予定されていた生徒会会議が延期になったことを知らせた。

「会議が延期…皆には申し訳無いことをしたわ。」

「取り敢えず、無事で良かった!」

「心配かけたわね。申し訳ないわ。」

「いえいえ!サヨが無事で何よりだよ~!」

ミサは、安堵の気持ちを言葉にして伝えた。あまり保健室で騒げないからか、先程のように飛んだりはせず、手をヒラヒラと振るだけで抑えている。

「ねぇ、ミサ。」

「どうしたの?」

「今って何時なの?もう外も大分薄暗いし…。」

「6時32分。」

「…え?」

サヨは思わず耳を疑った。そしてミサはもう一度サヨに時刻を教えた。

「だから~6時━━━」

「どうして起こさなかったのよ…はぁ…。」

サヨは深いため息をつく。本日2度目だ。

ミサは、てっきり感謝されるかと予想していた為、サヨの予想外なセリフに耳を疑った。

「お嬢様の食事の準備しないといけないのに…。お嬢様今頃腹空かしてるわね…取り敢えず、心配してくれてありがとう。私もう帰るから、ミサも早めに帰るように。」

(お嬢様のティータイムの時間もとっくに過ぎてる…こんな私はメイド失格ね…。)

サヨは荷物を持つなり、下駄箱の方へと走っていった。

「え~…今すっごい理不尽に怒られたよね~?ま、いっか!サヨは時々あんなんだし!2人も待ってるだろうし、帰ろ~っと!」

ミサはそうして、保健室を後にした。

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