朽ちゆく竜と機械仕掛けの姫

森川 蓮二

朽ちゆく竜と機械仕掛けの姫

 あるところにとても長生きな竜がいました。


 赤く硬い体に無数の皺が刻まれ、大きな翼は苔むしていましたが賢者のような聡明さと落ち着きを持った竜でした。

 ですがその長い寿命ゆえに竜は代わり映えのしない世界に飽きていました。


 ある時、竜が気まぐれに空を飛んでいると湖のほとりに小さな家を見つけました。


 人がいなくなり、建物が次々と緑に覆われる中、綺麗に手入れがなされた一軒家の前に降りたつと一人の少女が出てきました。


 竜は少女に問いました。


「お前がこの家に住んでいるのか?」

「いいえ、私はこの家を管理しているだけです」


 少女は首を振ります。

 その時竜は日の光に照らされた少女の肌が透けていることに気付きました。


「お前、人間ではないな」

「はい、私はロボットです。ですが私はこの体が嫌いです」

「嫌い? なぜだ」

「私が人間ではないことを見せつけられるからです」

「お前は人間になりたいのか?」


 竜の問いに少女は目を背けました。

 そんな少女の反応に竜は大きく笑い、翼を大きく広げました。


「人間になりたいロボットとは面白い。暇つぶしにはちょうどいい。ならばお前が人間になれる手がかりを探しに行こうではないか」


 竜は少女を背中に乗せると翼を羽ばたかせて空へ浮き上がり、人間になるために旅に出たのです。


 ―――――


 竜はまず北へ飛びました。

 かつて遥か北に人間の町があるという話を耳にしたことがあったからです。


 町にたどり着くと、竜は人間の姿に化け、「人間の肌と同じものを作り出せる人はいないか?」と町の人々に訊ねました。

 すると多くの人々が町のはずれに暮らす仕立て屋にお願いすればいいと教えられました。


 竜は仕立て屋のいる町はずれのボロ屋に向かい、仕立て屋に問いました。


「この子を人間と同じ体にできないか?」

「できる、だが対価が必要だ」

「なにが欲しい?」

「動物の皮が欲しい。虎、狼、象。なんでもいいが珍しい皮だ」


 それを聞いた竜は「明日には持ってくる」と仕立て屋に告げ、その場を去りました。


 その日の夜。

 竜は月光の中で元の姿に戻ると自らの皮を掴みました。


「やめてください。私のためにあなたがそこまでする必要はないでしょう」


 竜の行動を見た少女はそう言いましたが、止めようとはせず、ただ黙って見ていました。


 楽しみなどなくいつ死んでもいいと思っていた竜にとって、自分の体の一部を差しだすことなど些細なことでしたし、体を張って止められないのは好都合でした。

 そして竜は自らの皮を剥ぎ取りました。


 次の日。

 竜は自分の皮を渡し、仕立て屋は対価として両手で抱えなければならないほどの大きくて重い包みを渡してきました。


「これを持って東の町へ行け。そこにいる博士と呼ばれている女にこれを渡せばうまく使ってくれるはずだ」


 包みを受け取った竜と少女は仕立て屋にお礼と別れを告げると東へ向かって飛んでいきました。



 ―――――



 長い長い飛行の末、竜と少女は仕立て屋の言っていた村に辿り着きました。

 竜は少女と共に博士の住まう家に向かい、彼女の前に包みを置きました。


「仕立て屋からこれを預かった。この子を人間と同じ体にできないか?」


 初老に差しかかるくらいの年齢の博士は包みを広げました。


 包みの中には肌色の生地のようなものが入っており、それが人の手によって作られた人間の皮膚だと竜には分かりました。


「できる、だが対価が必要だ」

「なにが欲しい?」


 竜が対価を訊ねると博士は両手を広げ、恍惚とした表情で答えました。


「翼が欲しい。遥かな大空を高く、早く飛べる大きな翼が欲しい」


 博士の言葉を聞いた竜は夜のうちに元の姿に戻ると自らの背中に生えた一対の翼に手をかけようとしました。


「もうやめてください。あなたが自分を傷つけることはないのです」


 そこでも現れた少女に止められましたが、どうでもいいとばかりに竜は自らの翼を引きちぎりました。


 次の日。

 竜は博士に翼を差し出し、博士は手術で少女に仕立て屋の皮膚を縫いつけました。

 そして少女は人間と同じ体を手に入れたのです。



 ―――――



 竜は少女とともに故郷を目指して歩きました。


 竜の翼はすでに失われていましたが些末なことでした。

 人の姿で故郷へと向かう間、竜たちは様々な街を訪れ、そこに住む人間たちと交流しました。


 しかし、交流と重ねれば重ねるほど何故か少女の顔は雲っていきます。


 ある時、竜は問いました。


「人間になりたいという君の目的は達せられた。なのに何故そんな浮かない顔しているんだ?」

「人と同じ体になったはずなのに満たされないのです。彼らと同じようにしているつもりでもそれができていないのです」


 少女の言葉に竜は首を傾げましたが、あることに思い至りました。


 人間と同じ体を手に入れた少女の顔からは人間のような感情を読み取ることが出来なかったのです。


 少しの間とはいえ行動を共にし、少女のちょっとした動作からその感情を読み取れるようになっていた竜は自らの失敗に歯噛みしました。


「まだ本当の人間になりたいか?」


 竜の問いかけに少女は頷きます。


「なら俺が本当の人間にしてやろう」


 そういうと竜は元の姿に戻ると少女をひと飲みし、その場でうずくまるようにして眠りにつきました。


 まるで死んだように動かなくなった竜は眠り続けました。


 そしていくらかの年月が経った頃。

 竜の体を裂いて何かが生まれました。


 竜に飲み込まれた少女は久しく見ていなかった外の世界に思わず感動し、自分が笑っていることに気づきました。


 そして竜が自分を飲みこんだ理由が、竜が自らの魂を捧げ、自分に感情を表現することのできる完璧な肉体を与えるためだと理解しました。


 望んだものを与えてくれた感謝とそれを伝えられない悲しみを胸に少女は涙を流して竜の骸に寄り添いました。

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