ホームレスの正体(妊娠した女子高生)

[現在 砂漠の真ん中]

 俺がリサと再開したところまでをマックスに話したところでようやくマックスは口を挟んできた。

「何? リサが生きていたのか?」

 と、目を見開いたマックス。

「ああ。だけど、俺たちの知っているリサではない。別のリサだ」

 と、俺が言った。

「話を要約すると、姿を消したお前とほむらは新しい組織を見つけたんだな。そしてその組織のリーダーがお前だったと?」

 と、マックス。

「ああ。というか、『人魚の青い血』の後にも全部で五個の組織を見つけた。そしてその全ての組織のリーダーは同一人物だった。そう。この俺がこの世界に存在する全ての組織を作り上げた張本人だ。俺は一人八役演じていたんだ。この世界で殺し合いをさせていたのは俺だったんだよ」

 と、俺が事実をマックスに告げた。


[一年前 ユウ視点]

 俺は死んだはずの妹に再開すると、嬉しさや喜びは湧いてこなかった。戸惑いと焦りだけが全身を包んだ。リサが生きている? いや、リサは間違いなく俺の腕の中で死んだ。どういうことだ?

「どうしたのですか? ユウ様?」

 と、リサは不思議そうな顔をした。

「いや、なんでもない」

 俺は、不安と戸惑いを押し殺して平常心を保った。ほむらは驚きで声も出せていない。目を見開いてリサを見ている。

 落ち着け落ち着け。ここで取り乱したら怪しまれる。俺がリーダーならすべきことをするはずだ。

「俺がいなかった間の出来事を報告しろ」

 と、俺が言った。

「はい。これだよユウ兄!」

 と、リサのもう一つの人格勇気が俺に一枚の紙を手渡した。自分に話しかけられるのは変な気分だ。

 俺は紙を受け取ると、違和感を感じた。

『現在のゲーム参加人数四十二人。そのうち重大な病気にかかった人数は三十六人』

 いや、ただの気のせいだ。

「敵対グループの基地の場所はわかっているのか?」

 俺の考えが正しければ、このグループもどこかのグループと対立しているはずだ。

「ええ。もちろんです!」

 と、リサ。

「俺が指示したんだよな?」

「うん! その通りだよ! ユウ兄!」

 と、リサが言った。もう一人の俺のセリフは、まるで自分で自分を鼓舞しているみたいだった。


 そして俺たちは、敵対グループの基地のおおよその場所を聞き出すとそこへ向かうことにした。


 俺たちは、理由をつけて『人魚の青い血』の建物から出ると、砂漠を突っ切って常夜の世界に向かった。常夜の世界とはその名の通り、永久に昼が来ないエリアだ。砂漠から三日ほど歩いた場所だが、ほむらの能力を使って一瞬でワープした。


「ここが常夜の世界か」

 ほむらが夜闇に向かって呟いた。その名の通り、そこには暗くて星がたくさん浮かぶ不思議な場所だった。

「なあ。あの星やけに近くないか? 月の数もおかしい。三つも月がある。それに夜なのに、太陽が出ている」

 と、俺がほむらに聞いた。

「え? そうなの?」

 と、ほむら。

「そうなの? って夜空を見たことがないのか?」

 と、俺が不思議そうな顔で聞いた。

「ええ。一回もないわ」

 なんだ? 何を言っている? 前から疑問に思っていたけど、なんでほむらは常識が全くないんだ? それに、砂漠の中でコンビニエンスストアを見たときの挙動も変だった。

 俺は自分の中に疑問を押し殺すと、基地を探した。


 基地はすぐに見つかった。月と星と太陽の位置からなんとなくその場所を推測した。もし俺がリーダーなら、今までの経験上普通の場所には作らない。

 俺は、ビルとビルの隙間の暗い路地の入り口に立った。

 わかりにくいか、明らかに罠だと思える場所に基地を作って、他者の侵入を警戒するはず。

 この月明かりと、星明かりが常にこの辺りを照らしているとすると、ここだけは死角になっている。月の光も星の光も太陽の光も届かない暗い場所に向かって手をゆっくりと伸ばした。

 すると、俺は右手に何かを感じた。暖かい。目の前には暗い空間があるだけなのに。なんだこれは? 生き物みたいにほのかな熱を持っている。


[現在 砂漠の真ん中]

「一人八役演じて殺し合いをさせただと? なぜそんなことさせたんだ?」

 と、マックス。

「みんなを助けるためだよ」

 と、俺が言った、マックスの目をじっと見つめて、ゆっくりと。

「みんなを助ける? 殺し合うことがどうして救いにつながるんだ! 答えろっ!」

 と、マックス。顔に不安の影がよぎっている。

「このゲームがなんで作られたかわかるか?」

「知るかよ! 趣味の悪い連中の道楽じゃないのか?」

 と、マックス。マックスは額から汗をかいている。

「いや、このゲームの目的は俺たちを助けることだ」

 と、俺が言った。自信はなかった。俺は、このゲームの正体について自信ではなく、確信を持っている。

「助ける? これのどこが助けているんだ!」

 マックスは、味方の死体を指差して言った。

「そいつらはもう転生権を獲得した。マックスがここに来る前に打ち合わせをして、計画通り殺したんだ」

 と、俺が言った。


[現在よりちょっと前 砂漠の真ん中]

 俺の目の前には、レイ、ジャック、ロックたちがいる。つまり、マックス以外の全ての生き残りメンバーが俺の前にいる。そして、そいつらは俺の顔を真剣な表情で見ている。

「いいか? 俺がさっき説明したことは全て事実だ」

 と、俺が言った。できるだけ説得力を持たせるために、語気を強めた。

「今から証拠を見せる。レイ? いいな?」

 と、俺がレイに聞いた。

「ああ。間違っていたらタダじゃおかないぞ?」

 と、レイ。当然の反応だ。

「俺は、レイに対して【痛みの代償(ノーペイン)】を発動する」

 そして、俺はレイの現世の苦痛を吸い取った。彼の苦悩、苦痛、苦しみ、苛立ち、不幸、不運、が濁流になって俺の体に流れ込む。情報の洪水が俺の体をかき回す。苦しみが溢れてこぼれ落ちそうだ。悲しみが俺を染め上げる。苦痛が俺の体を蝕む。だけど、俺にはそんな痛みどうってことなかった。

「見えた。お前の苦痛は今、取り除かれた」

 と、俺が笑顔を向ける。これで信じてくれるはずだ。

「ああ。プロテウス症候群が消えた。もう病気に苦しまなくていいんだ。目の前にウインドウのようなものが出たぞ? これはなんだ?」

 と、レイ。

「それは、お前の生前に関するヒントだ。あまり気にしなくてもいいんだけどな。そこに書いてあることは真実だ」

「俺の本名は、岩本輝。死因はプロテウス症候群による病死だそうだ。ん? なんだこれ? これか? これがそうなのか?」

 と、子供のように嬉しそうにはしゃぐレイ、いや岩本輝が言った。

「そうだ」

「やったぞ! クリアしたんだ! 俺の目の前に『おめでとうございます。あなたはこのゲームをクリアしました』と出た!」

 岩本輝(レイ)から満面の笑顔が溢れる。先ほどまでは苦しみが溢れていたのに、もう彼が苦しむことはないのだろう。ジャックとロックは、岩本輝(レイ)のゲームクリアを自分のことのように喜んでいた。

「なあユウ! ジャックとロックにも同じことができるのか?」

 と嬉しそうに俺に聞く岩本輝(レイ)。普通、自分が幸せになってすぐに人の心配なんてできるのだろうか? 俺には無理だな。岩本輝(レイ)は本当にいいやつなんだな。病気さえなければ、どんな人生だったのだろうか。

「もちろん。これからジャックとロックにも同じことをする」

 そして、俺はジャックとロックのゲームクリア条件をその場で無理やり達成させた。


 嬉しそうに三人で抱き合う彼らを横目に、俺とほむらは少し離れたところにいた。せっかく幸福を手に入れたんだ。もう少しこのままでいさせてあげよう。

「よかったわね」

 と、ほむら。

「ああ」

 と、俺がぼそりと呟いた。だけど、俺は素直には喜べない。まだたくさんやることがあるんだ。それに、ほむらのことだって。


 俺は、自分の使命を思い出し彼らの元に歩み寄っていった。

「お前たちに頼みがある」

 と、俺が言った。

「「「ああ。なんでも言ってくれ!」」」

 と、三人。

「これからお前たちを殺す! できるだけ残酷に! それもマックスの目の前で! 協力してくれるか?」

 と、俺が言った。

「「「ああ。もちろんだ!」」」

 と、三人。彼らの笑顔を見て、俺はほんの少し救われたような気がした。


 しばらく俺たちは作戦を練ってからマックスをおびき寄せた。

「マックスが来ました」

 と、岩本輝(レイ)。

「わかった 配置につけ!」

 と、俺が言った。ほむらと俺は黒いフードを被った。

 そして、残酷な演劇が始まったのだ。


[現在 砂漠の真ん中]

「じゃああいつらは進んでお前に殺されたっていうのかよ?」

 と、マックス。信じられないという顔をしている。

「ああ。でも痛覚はほむらの能力で遮断しているから、痛みは感じなかったはずだ」

 と、俺が言った。

「そういうことを言っているんじゃないんだ! それになぜ俺を騙すような形をとったんだ?」

 と、激昂するマックス。

「それは後で説明する。今からこの世界に関する全てのことを説明する。いいな? お前には聞く義務がある」

 と、俺が言った。

「ああ。言ってみろ。その代わり納得ができなかったらお前たちは二人共殺す!」

 と、マックス。目が本気だ。きっと今も俺を殺したいに違いない。

「それで構わない。まず、この世界は死後の世界だ。それは知っているな? 全ての参加者は前世でなにかがあって死んだ。そして、ここへ来た」

 と、俺が言った。

「この世界では病気が重たければ重いほど強くなる。人によって特殊能力に差があるんだよ。俺の特殊能力は【痛みの代償(ノーペイン)】。効果は、他人の痛みを吸い取って肩代わりすること。ほむらの特殊能力は【名無しの代償(ノーネーム)】。効果は審議会に掛け合って、可決された願いがなんでも叶うというもの。リサの能力は【あなただけの家族(ファミリーネーム)】。そして、お前の能力は【償う罪】だ」

 と、俺が言った。

「それがなんだ?」

 と、マックス。

「これらの能力は俺たちの生前のトラウマから生み出されている。これを使って俺たちは戦うんだ。だけど、ここには不自然な点があるんだ。ところで、マックスはポーカーのルールは知っているか?」

 と、俺が聞いた。

「知っているがそれがなんだ?」

 と、マックス。俺が唐突にポーカーの話をしたので少し戸惑っている。

「ならブラックジャックのルールはわかるか?」

「ああ! それがなんだ?」

「この世界での殺し合いはなんのために行われているかわかるか?」

 と、俺はマックスに聞いた。

「さっきから質問ばかりだな。さあ、知るわけないだろ。趣味の悪い奴の見世物かなんかだろ!」

「ポーカーもブラックシャックも公平なルールがあるから見世物として成立するんだ。だけど、この世界には公平なルールはない。明らかに偏った特殊能力の差がある。俺の能力は人を助けるだけ。それに対してリサは、空想のモンスターを好きなように生み出せる。露骨に病気の重い者に肩入れしてるように見えないか? このゲームは、見世物じゃないんだよ」

 と、俺が言った。

「じゃあなんだっていうんだよ! なんで俺たちは連れてこられたんだ?」

 と、マックス。

「この世界は、同情によって生み出されたんだ。つまり、不幸な人間のための温情措置だ」

 と、俺が言った。

「同情? 温情措置? この殺伐とした殺し合いの一体どこが温情措置なんだよ? これならこの世界になんてこなくていい。死んで楽になった方がマシだ!」

 と、マックス。

「いや、この世界は間違いなく同情で作られたんだ。その証拠に、この世界では全ての人間が死ねばゲームをクリアできるんだ。そもそもクリア人数制限も、他人と競う必要も一切ないんだ。最初から絶対に助かることが確定していたんだよ!」

 と、俺が言った。


[モニター室]

 暗い部屋の明るいモニターの前に審議会のメンバーはいた。みんな一様に画面を見つめている。画面の中には、ユウとほむらとマックスが写っている。

 もちろん音声も部屋に届いている。静かな部屋に張り詰めた声が響く。まるで暗闇に向かって威嚇しているみたいだ。仄暗い空気の中で声だけが踊っている。

 その時、ドアを開けて男が部屋に入ってきた。これでこの部屋の中にいる人間は全部で七人になった。

「この子たちが最後の三人かい?」

 と、先ほど部屋に入ってきた男が言った。

「いいえ。正確には最後の二人よ」

 と、一番目に座っている女性が答えた。

「この子たちかい? この世界をめちゃくちゃにしたの」

 と、先ほど部屋に入ってきた男が言った。

「ああ。全くこんなことが起きたのは初めてだぞ。全く」

 と、別の男性が言った。

「はーあー。一体どうなっちゃうんだろうねー? まさか初の全員クリアー?」

 と、また別の男性。

「もしかしたら、この二人ならできるかもしれないわね」

 と、一番目に座っている女性が答えた。彼女はまっすぐにモニターを見ていた。どこか寂しそうで悲しげだった。だけど、彼女のその憂鬱は暗い部屋の闇に溶けてしまった。


[現在 砂漠の真ん中]

「最初からクリア確定していたのか? そんなバカな話があるか? じゃあ俺たちはなんのために戦わされていたんだよ!」

 と、マックス。驚きを隠せない表情が彼の真剣さを物語っている。

「俺たちが不運を乗り越えられるようにだよ。自分の過去の不幸と不運を向き合ってそれを乗り越えた時に目の前に、自分にしか見えない『ゲームクリア』のウインドウが出現するんだ! そしてその状態で死ねば転生することができる」

 と、俺が言った。

「なんでお前はそんなことわかるんだ!」

「俺が、姿を消していた一年でこの世界に存在する人間の全ての苦痛を吸い取ったからだ。そして、その全ての人間がゲームのクリア条件を満たせた! もし、クリア人数に制限があるならこんなに大勢助かるわけがないんだ! それに、俺はこのゲームの主催者の一人と話したことがあるんだ!」

 と、俺が言った。

「審議会ってやつか?」

 と、マックス。

「そうだ。そいつにいくつも質問したが答えは言えないの一点張りだった。だが、クリア人数に関しては、その中でも特に強く言えないと言っていたんだ! これは『全ての人間にクリアする資格があること』を悟られないためだったんだ!」

 と、俺が言った。

「誰なんだよ、その審議会のやつは?」

 と、マックスが言った。

「わからないのか? レジスタンスの人数は二十三人だった。だけど正しくは二十二人だ。つまり、一人多いいんだよ。一人審議会のメンバーがレジスタンスの中に紛れ込んでいたんだよ。そして、そのメンバーとは、お前だ! お前があの時俺と話した審議会の男だ!」

 と、俺がマックス、いや審議会のメンバーに言った。


「俺が審議会のメンバー? ならなんでその自覚がないんだ? それにどうしてそんなことわかる?」

 と、マックス。

「もちろんゲーム主催者が介入しすぎたらまずいから記憶は操作したんだろう。俺がお前の正体を見破ったのは消去法だ。この世界の全ての人間に【痛みの代償(ノーペイン)】は効果があった。だけど、お前だけ。お前だけは効かなかった。この世界で唯一お前だけはなぜか俺の特殊能力を無効にできたんだよ。ジャック達をお前の前で殺したのは、他の審議会メンバーに見せつけるためだ、俺たちはこの世界の秘密を見破ったってな」

 と、俺が言った。

「そんな。本当なのか?」

 と、マックス。

「ああ。ゲーム主催者が途中で殺されたりしたら、役目を果たせないからな」

 と、俺が言った。マックスは下を向いて黙り込んだ。

「マックス? ここから先はもっと辛い真実を言わなければならない。だけど、お前は聞く義務があるんだ。勝手に喋るぞ?」

 と、俺が言った。マックスは何も答えない。

 ほむらがそっと俺の横に来た。俺の肩に手を当てる。彼女が触れた箇所から温もりを感じた。俺に彼女が勇気をくれたような気がした。


「俺はこの世界に来て『レジスタンス』『アンチレジスタンス』というグループ。『人魚の青い血』『緋色の赤い花』というギルド。『オーダーオブフェニックス』『オーダーオブルーラーズ』という騎士団。『風神』『雷神』という族を作り上げた。それらの全てがペアを作り対立するようになっていた。目的は殺し合わせてゲームをクリアさせること。この世界には次から次へと死者が転送されてくる。だから俺一人で全員を救うことはできないと判断したのだろう」

 と、俺が言った。マックスはなおも俯いている。だけど俺の話はしっかりと聞いているはずだ。

「だから俺がいなくても勝手に殺し会うように仕向けたんだ。放っておいても何人かはクリアできるだろうし、何よりデメリットがない。この世界で再び死んでも記憶を失ってどこかにリスポーンされるだけだ。その証拠は俺とほむらが確かめてきた。リサが何事もなかったかのように生き返っていたんだ」

 と、俺が言った。マックスはようやく顔を上げた。

「だからリサが生き返ったのか?」

 と、マックス。

「ああ。だがもう死んだ。ちゃんとクリア条件を満たさせてから、優しく殺したよ。あと、リサは俺の姉だ。生前生き別れたんだろう。まあ死んだ時の年齢のままここにくる訳ではないから、俺が兄に見えるけどな。もし、すごく幼い状態で病気になって死んでしまったら戦えないから、調整されたんだろう」

 と、俺が言った。

「そうかリサは転生できたのか」

 と、マックス。

「ああ。今頃第二の人生を歩み始めているはずだ。病気なしで」

 俺は精一杯の笑顔をマックスに向けた。

「そうか。それは良かった」

 と、マックス。まるで自分のことのように嬉しそうだ。無理もないな。

「マックスはリサの病気を知っているか?」

 と、俺が聞いた。

「ああ。多重人格だろ? 虐待やそれに順する辛いことから逃れるために自分の中にもう一人の人格を生み出す。それがどうした?」

 と、マックス。

「リサの人格は全部で四人。父親と母親と弟である俺とリサ自身。あいつは、自分の中に自分だけの家族を作っていたんだ。あいつの特殊能力名は【あなただけの家族(ファミリーネーム)】だ。『もし病気がなかったら、みんな優しくしてくれたのかな』そう思って、それがリサの中に分身を生み出したんだ」

 と、俺が言った。

「そうか。彼女も辛かっただろうな」

 と、マックス。まるで自分のことのように辛そうだ。それもそうだろう。

「彼女の死因は虐待死だった。父親に虐待されていたんだ。俺の先天性無痛無汗症のせいで両親は離婚した。俺は母方に連れて行かれて、リサは父方に連れて行かれた。そして、離婚のストレスで父親はアルコール依存症となり虐待を始めた。リサはそれによって多重人格者となった。それが、父親の怒りをさらに強め、悲しい結末に至ったんだ」

 と、俺が言った。

「そうか。わかった。だけど、なんでリサの話をするんだ? もうそんな辛い話聞きたくない」

 と、マックス。マックスは泣いていた。心から苦しんで涙を流している。当然だ。

「いや、お前はこの話を聞く義務がある! なぜならお前はリサを虐待死させた張本人。お前の正体は、甲斐谷俊介だ! お前がリサを殺したんだ! お前が俺の父親だ」

 俺は、痛みを感じない。恐怖も感じない。苦しみも感じない。だけど、俺は胸が軋んだ。瞳から苦しみがこぼれ落ちた。痛みを感じない病気のはずなのに、俺は全身を襲う苦しみを感じた。

 そうか、きっとこれが『痛み』なんだ。



「今からお前の身に何があったかを全て説明する。その後でほむらの能力を使ってお前の記憶が戻るように審議会に掛け合ってみるよ」

 と、俺が言った。

「この世界で俺は八つのグループを作り上げたことはさっき説明したな。あれはゲーム参加者を殺し合わせる以外にも、この世界の情報を収集するという目的があった。俺はこの世界の統計データを部下に取らせた。心もとない少ない情報だった。だけどその情報は今ここで使わせてもらう」

 俺は、懐から八枚の紙をを取り出した。


『現在のゲーム参加人数百六十七人。そのうち重大な病気にかかった人数は百三十九人』

『現在のゲーム参加人数百七十人。そのうち重大な病気にかかった人数は八十八人』

『現在のゲーム参加人数四十二人。そのうち重大な病気にかかった人数は三十六人』

『現在のゲーム参加人数二十二人。そのうち重大な病気にかかった人数は四人』

『現在のゲーム参加人数八十八人。そのうち重大な病気にかかった人数は七十人』

『現在のゲーム参加人数九十一人。そのうち重大な病気にかかった人数は六十九人』

『現在のゲーム参加人数百八人。そのうち重大な病気にかかった人数は百人』

『現在のゲーム参加人数百三人。そのうち重大な病気にかかった人数は百一人』


「これがなんだ?」

 と、マックス。

「俺の部下たちが必死で集めたデータだ。一見なんの価値もないように見えるが、俺は共通点を見つけた。二十八、八十二、六、十八、十八、二十二、八、二。今いった八つの数字は全体の参加者と重大な病気にかかった人間の数の差だ」

 と、俺が言った。

「それがなんだっていうんだ?」

 と、マックス。横にいるほむらが少し辛そうな顔をした。だけど、言うんだ。

「よく見ろ。なぜか、ゲーム参加者の中に、病気にかかっていない人たちがいるんだ。そして、その人数は必ず偶数なんだよ」

 と、俺が言った。ほむらの手が少し震えている。

「偶数だったらなんなんだ?」

 と、マックス。

「こいつらは生前に病気になんてなっていないんだ。この世界は病気によって死んだ人が来る場所ではない。なんらかの不幸によって死んだ人間が来る場所だったんだよ。だから病気で死んだ人がたくさんいたんだ。病気で死んだからここにきたんじゃないんだ。不幸な理由で死んで、その不幸がたまたま病気だっただけだ。そして、不幸でも病気でもなかった人間がここには一定数いるんだ」

 と、俺が言った。

「そしてその人数は偶数! ということは?」

 と、マックス。

「そう。不幸な目にあった人間と、不幸な目にあわせた人間がペアで連れてこられていたんだよ」

 と、俺が言った。そう。ほむらに生前起きた不幸は誰かに人為的にもたらされたものだ。そして、その不幸をもたらせた人間がこの世界にいる。

「俺は、リサを不幸な目(虐待)にあわせた人間だと言うことだな」

 と、マックス。

「そうだ。お前は、いやお前たち審議会のメンバーはこのゲームの元参加者だ。今もどこかで俺たちのことを見ているんだろ?」

 と、俺が言った。


[モニター室]

「こいつらここまでやるとは思っていなかったわ。あの時もっと何かできたはずなのに!」

 と、一番前に座っている女性が言った。

「まさかー。審議会の俺たちのことまで見抜くとはなー。これからも、こんな奴がこの世界にはたくさん来るんだろうなー、ただ病気だったからと言う理由で差別された人間たちがー!」

 と、男性が言った。

「甲斐谷くんをこっちに戻した方がいいんじゃないですか? 全く」

 と、別の男性が言った。

「いや! ダメよ! 最後までやらせましょう。私たちは彼らを助けるべき存在。ここで彼らを邪魔したら。私たちは彼らにとって病気や不幸と同じになるわ」

 と、一番前に座っている女性が言った。

 そして、審議会のメンバーは全員で画面をひたすら見つめた。


[過去 野原の真ん中]

 甲斐谷俊介の目の前に『ゲームクリア』の表記が現れた。

「結局娘には会えなかったな」

 彼は、野原の真ん中で一人で呟いた。贖罪のために必死で頑張ってきたのに、その努力は報われなかった。『ゲームクリア』の表記をじっと見つめていると、文字は徐々に別の文字に変わった。

『あなたには特別な選択肢が与えられます。一つ目の選択肢は、現世に転生するというもの。記憶は消され人生を再スタートできます。二つ目は、このままこの世界に残りゲームの主催者側になるというもの。その場合永久にこの世界にいてもらいます』

「何? そんな選択肢があるのか? 俺の答えは決まっている。もちろんここに残るよ」

 そして、甲斐谷俊介は終わることのない職務に就いた。


[現在 砂漠の真ん中]

「お前たちは昔このゲームに参加していた。お前たちのクリア条件は、『罪と向き合うこと』とか『過去を悔い改める』とかそんなとこだろう。そして、自分の罪と向き合ったお前は、ゲームの主催者側(審議会)となって不幸な目にあった人を助ける役目に就いたんだ」

 と、俺はマックスに言った。この時、審議会の他メンバーがどこかでこちらを監視していることを意識して喋った。

「つまり、俺はリサへの虐待をちゃんと後悔したんだな?」

 と、マックス。

「たぶんな。それがお前の能力【償う罪】の由来だ。そして、お前は俺とほむらを手助けしつつ、この世界にマックスとして現れた。お前の役割はおそらく、こちらの人間が現世に戻って自分の情報を調べることを防ぐと言うものだ。その証拠に、俺は現世についてすぐに他でもないお前に捕まった。俺が現世に行くのを見て、審議会に報告したんだろ?」

 と、俺が言った。俺が現世への抜け道を見つけたのは偶然で、その偶然を修正したかったのだろう。

「悪いが。記憶がない」

 と、マックス。

「記憶があったら完璧に演技しきれないからな。おそらく有事の際だけ甲斐谷俊介に戻るようにしておいたんだろう。そして、現世から帰ってきた俺にお前は『現世で自分の過去を調べるな』と念を押した。『現世に行くな』ではなく『調べるな』だ。おかしいだろ? あんな目にあったのに、現世に行くこと自体は止めなかった。それは、心のどこかで家族がもう一度現世で揃うのを見たかったからだ」

 と、俺が言った。

「そうだったのか。俺はなんてことをしたんだ」

 と、マックス。

「お前はそのまま、後悔し続けろ。永遠にここで罪を償い続けるんだ」

「言われなくてもそうする。だけどそんなことをしても俺の罪が許されるなんて思っていない」

「罪が許される? 俺は永遠にお前のことを許すつもりはない。お前のことを父親だと思ったことは一度もないし。これからも思うことはない。別の人が父親だったら良かったな」

「ちょっと。ユウ。それは言い過ぎじゃない?」

 と、ほむら。

「いや、いいんだ。悪いのは俺だ」

 と、マックス。

「子供は親を選ぶことはできないし、親も子供を選ぶことはできない。生まれた時から障害や病気がある子もいれば、そうでない幸運な子供もいる。甲斐谷俊介。お前には病気はない。障害もない。だけど心に傷がある。目に見えていないだけだ。さっきも言ったが、俺はお前のことを許すつもりはない。だけど、応援はしているよ」

 と、俺が言った。マックスは何も答えない。

「ほむら? 【名無しの代償(ノーネーム)】を使ってマックスを甲斐谷俊介に戻すようにお願いしてくれ」

 と、俺が言った。もうマックスに用はない。甲斐谷俊介として罪を償ってほしい。

「ええ。わかったわ」

 と、ほむら。


 そして、マックスの姿は徐々に薄れていく。

「さよならだ。ユウ」

 と、マックス。

「俺の名前は甲斐谷勇気だ。多分あなたがつけてくれた名前だ」

 俺はそういうと、下を向いた。

 目を上げる頃には、マックスはいなくなっていた。そこには、いつか見たスーツ姿の若い男性がいた。きっとこいつが甲斐谷俊介だ。

 俺は実の父親のすぐそばまで来るとそっとあること彼に耳打ちした。


 そして、甲斐谷俊介は何も言わずに消えた。きっと、審議会のメンバーのみが行ける場所に行ったのだろう。現世へと通じる道がある基地は破壊された。もう誰かが現世に迷い込むことはない。


「ほむら。今この世界に存在しているのは俺とお前だけだ。俺たちが最後のゲーム参加者だ。そして俺もお前もまだクリア条件は達成していない」

 と、俺が言った。

「ええ。なら一緒にクリアしましょう」

「ああ。そうできればいいんだが。だけどその前に一緒にこの世界を回ろう。最後に君と一緒にいたい」

「ええ。喜んで」

 ほむらの無邪気な笑顔は、とても痛々しく、苦しそうに見えた。


「審議会! 聞こえているか? 今すぐこの世界を作り変えろ! どこまでも続く病院のようなビルや、自然食ばかりの世界はもういらない。いつまでも病人扱いするな!」

 と、俺が言った。空に向かって俺の声はこだました。

『具体的にはどんな世界にしてほしい?』

 と、目の前に俺にしか見えないウインドウが見えた。

「健常者が普通に暮らす普通の世界だ。遊園地、水族館、動物園、公園、山、海、川、そして体に悪い食べ物が食べられて、不健康な生活が送れるような世界だ。俺たちを弱いモノ扱いしないでくれ」

 と、俺が注文した。

『わかった』


 そして、一瞬で世界は顔を変えた。そこには山があり海があり、街があった。普通の人から見たらなんの変哲も無い、普通の世界。だけど俺たちにとっては、すごく新鮮な新しい世界だ。

「さあ。ほむらはどこに行きたい? 水族館なんてどうだ?」

 と、俺が言った。

「水族館って何?」

 と、ほむら。やっぱり知らない。俺は胸の奥に感じる『痛み』を押し殺した。

「魚がいっぱいいるところだよ。動物園にも行こう。動物がたくさんいるところだ」

「うん! 私全部行ってみたい! 水族館にも動物園にも行ったことないもの!」

 と、元気に答えるほむら。その無邪気な明るさが俺の弱い体に追い打ちをかける。


 そして、まるで普通の人間がするようなことを普通にした。俺たちはいろんなところに行った。俺たちはいろんなことを喋った。俺たちはいろんなものを食べた。

 俺の中に複雑な感情が溢れ出て、俺はその中で溺れてしまったみたいだった。


「ほむらはもし、普通に生きていたら何になりたかった?」

「何ってどういうこと?」

「どんな仕事をしたいってこと」

「仕事って何?」

「仕事っていうのは、人間の役割分担みたいなものだ。食べ物を作る人、病気を治す人、何かを教える人、色々な種類の仕事があってそのどれかを選べるんだ」

「なら私は誰かを助けたいわ」

「どうして?」

「だってあなたのことを助けられたかもしれないから」


「ほむらは転生したらどんなことをしたい?」

「私は家族が欲しい。今まで家族がなんなのかわからなかったから」

「ほむらなら素敵なお母さんになるよ」

「旦那さんはユウだったらいいな」

「俺でいいの?」

「うん! だってこんなにずっと旅してきたのよ?」

「そうだな。家族になれるといいな」

「絶対になりましょう。約束よ」

「ああ。約束だ」

「子供には私が名前をつけるわね」

「え? ほむらがつけるの?」

「ええ。だって私はこの世界に来ていきなりホームレスだなんて変な名前つけられたのよ。それに本名はないって言われた。だから子供にはちゃんといい名前をつけてあげるの」


「ほむらは生きていれば、今頃どんな暮らしをしていたのかな?」

「さあ。普通に暮らしていたんじゃないかしら?」

「そうだな。普通に暮らしていたらそれでいいな」

「きっと、ユウだって、病気がなかったら普通に生きていたわよ」

「うん。俺も普通に生きていたかもな」


 “もし、たら、れば”そんな言葉を使わないと会話ができない自分に無性に腹が立った。

 そして、その時は来た。俺たちは、この世界を散々回って隅々まで探索し尽くした。実際には遊んでいただけだったけど、いつまでもこの世界にいるわけにはいかない。

 俺とほむらは、最初に出会った廃ビルの屋上に来た。風が俺の頬を撫でる。その心地よさが俺にとってはどうしようもなく不快だった。

 そして、俺は重い口を開いた。


「ほむら。君は普通の人と同じような人生を送れるはずだった。生前の君は、病気も障害もなく、いたって健康だった」

 俺の喉が熱い、焼けるようだ。

「そうだったの?」

 と、ほむら。【痛みの代償(ノーペイン)】によって知った真実だ。きっとほむらもそのことはわかっているのだろう。情報の出所は聞いてこなかった。

「普通に学校に行って、普通に恋をして、普通に結婚して、普通に仕事をして普通に死ぬはずだった」

 ヒリヒリとした空気が張り詰める。見えないピアノ線に身体中を縛られているみたいだ。

「そう。でも、そんなことどうだっていいわ。私は今がすごく楽しいもの」

 と、ほむら。

「いや、そうもいかない。君のクリア条件は、自分の過去と向き合うことだ。だから、言わないといけない」

 できることなら、彼女の苦しみを肩代わりしてあげたい。

「言うって何を?」

 ほむらの声が震えている。

「君は、動物園がなんなのかわからない。水族館がなんなのかわからない。仕事がなんなのかわからない。夜空を見たことがない。そして、本名がない。君は、それらを知る前に死んだんだ」

 もし痛みを感じることができたら、こんなこときっと言えないのだろうな。きっと普通の人に、こんな残酷な話はできない。俺がやるしかないんだ。

「なんで?」

 と、ほむら。

「君の正体は………………」

続く。


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